第18話:溶解! 魔法少女 対 ゼリカヅラス
夏休み開始まであと2日と迫った休日の昼どき。
香子と詩織は見回りがてら街をぶらぶらしていた。
「いよいよ夏休みですね! 夏休みはみんなでどこか行きましょうね!」
「そうね。でもいつウボーム魔獣が現れるか分からないから、あんまり遠方には行けないわよ。それと、新里さんは補習あるんでしょ? 遊んでばっかりじゃダメよ」
「うう……。世知辛いです……」
光風高校に入学した者がまず陥る落とし穴。
中学時代とは比較にならない程早く進む授業と、ハイレベルな問題集。
そして一定以下の点を取った生徒に問答無用で課せられる無慈悲な補修。
地域トップの学力を誇る生徒たちの影には、こういった外からは見えない努力があるのだ。
詩織のように中学3年の受験シーズンが始まってからの猛チャージで合格ラインに滑り込んだタイプは、夏の補修祭りで泣きを見るのが通例となっているのである。
ちなみに魔法少女部2年組は、頭脳明晰な香子や、サイコブレインの蒼は当然として、脳筋娘の響も補習を回避している。
意外と言っては失礼だが、彼女も真面目に勉強しているようだ。
「このワンピ可愛いですね。高瀬先輩との温泉デートにどうですか? あ痛っ」
ショーウィンドウに飾られた、可愛らしいフリルが付いた水色のワンピースを指さす詩織。
顔を赤らめながら、その頭目がけてチョップを繰り出す香子。
「からかわないの……。それにアタシ、あんまり可愛い系の服似合わないから」
「そんなことないですよ! 笠原先輩背高いし、ボンキュッボンだし、何でも似合いますって! これでお泊り温泉デートなんて行ったらその日の夜はCくらいまで……。 痛たたたたた!!」
えらく古風な表現をする詩織の頬を引っ張り、茹でダコと化した香子はその店の前を後にした。
その頭上、大城市の空に、滲みのようなものがゆっくりと覆いかぶさっていたが、気づくものはいなかった。
■ ■ ■ ■ ■
「おっ! あいつらは……」
ジム帰りの響が、聞き覚えのある叫び声がする方を見ると、頬を抓られた詩織が中心街の裏道に引っ張られていくところだった。
響は一瞬、香子による後輩いびりかと心配したが、彼女の顔が真っ赤になっていたので、おおよそ詩織が恋愛ネタでからかったのだろうと推察できた。
彼女は、香子は後輩いじめたりするようなヤツじゃないよな。と、安心しながら、左腕のデバイスを見る。
蒼が作ってくれた自分用の支援装備なのだが、これがなかなかにモノが良い。
防水、防塵どころか、多少の爆発にも耐えてくれるし、心拍数や血圧まで測定してくれる。
カラビナフックを付ければ、運動中でも邪魔にならない。
何より、蒼による完全オーダーメイドの、世界中どこにもない逸品であり、彼女はかなり気に入って使っていた。
「12時半か……」
そんなお気に入りのデバイスに表示された時刻は、ちょうどいいランチタイムだった。
せっかくなので3人で昼でも食べようかと、二人に声をかけるべく、軽く駆け出した響。
その足元に、紫色の光が妖しく光った。
「これは!」
とっさに大きくバックステップし、光の帯から飛び退く響。
まさにその直後、彼女の眼前に黒紫色の壁が生じた。
その壁は見る見るうちに大城市の中心街を覆い、響が立っていた場所を境に、巨大なダークフィールドのドームが形成された。
「マジかよ!? あいつら閉じ込められちまった!」
■ ■ ■ ■ ■
「何ぃ!? 香子と新里が!?」
『ああ! 今ウチはその壁の目の前だ! 何とか壁壊せねえもんか殴ってみる!』
SST格納庫で新車両、ブラスターイージスのシールドシステムの接続作業を手伝っていた蒼に響から緊急連絡が入った。
「高瀬くん! 今大城市の中心街を覆うダークフィールドが出現したわ!」
ワンテンポ遅れて、御崎が血相を変えて走ってきた。
「ええ、今響から連絡が来ました。香子と新里がその中にいます」
「そんな!」
御崎の顔がサッと青くなる。
あの二人がいない今、SSTと魔法少女部の戦力は半減したと言っても過言ではないからだ。
ダークフィールドへの攻撃をかけるにしても、作戦の選択肢が大幅に狭まるのである。
「今響がダークフィールド殴ってますが……。それだけで破壊するのは……」
『ああ!! こりゃ厳しいぞ! まるで手ごたえがねぇ! しかも殴れば殴るほど力が……抜かれていく感じだ……! クソっ!!』
響が、状況の過酷さを告げてくる。
真っ青になりながら沈黙する御崎。
蒼も険しい表情で、ブラスターイージスを見上げる。
いつかのバスタークロスと同じく。未塗装の武装がルーフに載っている。
だが、砲さえ使えれば必要十分だったバスタークロスと異なり、ブラスターイージスの役割はダークフィールドの破壊。
レーダーシステムとシールドシステム、そして砲撃システムの全てがアクティブにならないと、ダークフィールドへの干渉波を発生させられないのだ。
「間に合わせるしかないですね」
静かに、だがしっかりと通る声で蒼が御崎に言った。
幸いにも、ハードウェアはほぼ完全に出来上がっている。
あとはシステムの調整だけだ。
「みんな! 他の車両の整備は後回しでいいわ! ブラスターイージスのシステムを1時間……いえ、30分以内に完成させるのよ!」
蒼が言い終わるが先か後か、御崎は格納庫にいる全員に大声で声をかけて回っていた。
「私は研究室のみんな連れてくる! 高瀬くんはエネルギーシステムの調整をお願い!」
「了解です!」
■ ■ ■ ■ ■
「シュトライフリヒト!!」
「ライトニングミラージュ!」
闇に包まれた大城市中心街。
香子の閃光がリザリオスを薙ぎ払い、詩織の刃が敵を切り刻む。
ダークフィールド内ではエネルギー場が展開されないため、二人は魔法少女の姿で戦うことが出来る。
だが、エネルギーの供給を断たれたこの空間では、攻撃を放つたびに体内のエネルギーを消耗する。
それどころか、ただ立っているだけで闇の粒子が体を蝕み、力を奪っていく。
恐怖と絶望が満ち満ちた空間で、二人は絶望的な消耗戦を強いられていた。
周囲では、ダークフィールドの瘴気に当てられて、泣き叫び、発狂し、逃げ惑う人々が多数。
彼らを庇いながらの戦闘は、二人から戦う力を確実に奪っていた。
「先輩……!」
「新里さん!」
時折、二人は手を握り、不安と絶望のエネルギーに蝕まれた心を癒し合う。
彼女たちに人々を放置して物陰で震えながら助けを待つほどの弱さがあれば、どれほど楽だったであろうか。
使命感や正義感を持つ者は、いつの日も恐怖に立ち向かう苦行を強いられるものだ。
そして、僅かながら、彼女達の戦いを助けるものがあった。
「お姉ちゃん!頑張ってー!」
「応援してるよ! 負けるんじゃないよ!」
「うおー! 黄色の魔法少女! 俺ファンなんだ! 頑張ってくれー!!」
なんとか正気を保っている人々の声援である。
一部正気なのか分からないものも混じっているが……。
彼らから発せられる微かなプラスエネルギーは、少しではあるが、彼女達の体を蝕むマイナスエネルギーを緩和し、二人は恐怖で立てなくなるようなダメージを受けずに済んでいたのだ。
「この空間を生み出してる敵が絶対いるはずよ! そいつを倒すことが出来たら……くっ……。ここから出られる……はず……」
「はい……! 頑張りましょう!」
フラフラになりながらも、1体、また1体と、確実にリザリオスを撃破していく。
突然、詩織目がけて巨大な槍が飛んできた。
「きゃあ!!」
間一髪、それを回避する詩織。
香子が詩織を庇うように前面に出、槍の飛んできた方向を睨む。
「ゲゲゲゲゲ! 罠ニカカッタナ! 魔法少女ドモ」
中心街のアーケードの上から、こちらを見下ろす、通常のものより二回り以上大柄なリザリオス。
ゼル・リザリオスであった。
「罠!? こんな無差別攻撃のどこが罠なのよ!」
「コウイウコトダ! イケ!」
その声に応えるように、闇に閉ざされた上空に巨大な白い濁りのようなものが浮かび上がった。
■ ■ ■ ■ ■
「ボーダーブレイカー、シュート!!」
「駄目だ! 別の周波数!」
作業員、研究員たちの尽力で、20分で使用可能状態までこぎつけたブラスターイージス。
だが、異次元の境界を突き破るというのは、並大抵のことではなかった。
「理論上は可能」は、得てして様々な要因に阻害され、実現できない場合が多い。
ダークフィールドの境界は、折り重なった次元障壁の複合体で、一つの妨害波では破壊できなかったのだ。
なので、現場で周波数を手動調節し、地道に表面から削っていく手段を取らざるを得なくなってしまったのだ。
ダークフィールドは僅かではあるが陥没を始めており、この繰り返しで突破することは不可能ではなさそうだが、どれほどの時間がかかるか分かったものではない。
「オラー!! テリャー!!」
それと並行し、響はひたすらに障壁を殴っている。
力は消耗するが、エネルギー場からのエネルギー供給がある限り、すぐに回復して殴り続けられるのが彼女の強み。
延べ1時間超も休むことなく殴り続けられるのは、仲間を救いたい一心からである。
「香子……新里……もう少し待っててくれ!」
ブラスターイージスにエネルギーケーブルで合体し、エネルギータンクと化した蒼に出来ることは、二人が1秒でも長く持ちこたえてくれることを祈ることだけであった。
■ ■ ■ ■ ■
「ああ……くぅっ!!」
「ん!! うああああ!!」
中心街の上空。
香子と詩織は透明な筒の中に閉じ込められ、もがき、苦しんでいた。
空中から出現した、ウツボカヅラ型ウボーム魔獣「ヅラカヅラス」とクラゲ型ゼルロイドのキメラ「ゼリカヅラス」の放った無数の触手の不意打ちを受け、二人はウツボカヅラのような捕食器に飲み込まれてしまったのだ。
「うあああ!!」
「きゃああああ!!」
足元から染み出てくる、濃密なマイナスエネルギーを含んだ溶解液。
彼女たちはまるで皮膚を剥がれ、そこに塩を塗り込まれるような激痛に、絶叫する。
「お姉ちゃんたちが……負けちゃった……」
地上からかすかに聞こえた、絶望の呟き。
その声は徐々に大きくなり、無数の嘆きが、恐怖が、深く、深く塗り重ねられていく。
「ゲゲゲゲゲ! サア、絶望セヨ! 嘆ケ! 貴様ラノ嘆キデコノ街ヲ溶カシツクスノダ!」
「くっ……何を……するつもりなの!!」
「オ前タチノ上ヲ見ロ! ゼリカヅラスガ絶望ノエネルギーヲ使ッテ生ミ出シタ酸ノ塊ダ! アレヲ降リ注ガセ、一帯ヲ跡形モナク溶カシテヤルノダ」
「なっ!!」
「オ前タチ魔法少女ノ公開処刑デ絶望ノエネルギーヲ集メル作戦ダッタガ、オ前タチガコト切レル前ニ酸ガ溜マリソウダ。眼前デ死ニ絶エテイク人々ヲ見物サセテヤロウ!」
「やめ……なさい!! くっ……このっ!!」
「みんな……! 諦めないでください……! 私たちは絶対に……負けません……!!」
必死に身を捩り、脱出を試みる香子。
眼下の人々に懸命に呼びかけ、絶望のエネルギーを僅かでも緩和しようと叫ぶ詩織。
だが無慈悲にも、ゼリカヅラスの頭部には、猛毒の酸が着々と溜まっていくのであった。





