第4話:襲い来る怪異
「へー!魔法少女のエネルギーにはゼルロイド追尾機能もあるのか!」
「ほむへふ……むほいへひょ……」
「いや飲み込んでからでいいから……」
旧工場地区を一通り探索した後、二人は遅い朝食、及び早い昼食をとっていた。
流石に公衆の面前で魔法少女だのウィングだのと話すのは憚られるので、物静かな公園のベンチに蒼オススメの店のサンドイッチをテイクアウトした。
「他の人たちがどうかは知りませんが、私の攻撃はゼルロイドにある程度ホーミングしてくれるんですよ。それを利用して地面にエネルギーを流せば、隠れているゼルロイドを炙り出せますね。」
「この能力は俺の知る限り新里だけだよ。光線、光弾を使う魔法少女は多いけど、追尾するようなのは見たことないからな。君は手数と精度は抜群なんだな。攻撃力低いけど」
「むー……。技の威力低いの悩んでたのにぃ……。先輩一言多いんだよなぁ……」
ガクッと肩を落とし、項垂れる詩織。
どうやら相当気にしていたらしい。
「おっと! 悪い悪い! 褒めてるつもりだったんだが……。ま、君の弱点は俺がある程度カバー出来るから、力を合わせて戦えば向かうところ敵なしだよ!」
「もー。あれくらいの敵倒したくらいで調子よすぎますよぉ。でも……ありがとうございます」
これからはもう一人ではない。
その事実は早くも詩織にとって大きな支えになっていた。
「ん~!しかしこの公園いい場所ですね~。サンドイッチも美味しいし……。先輩って意外といい趣味してますね」
人工ではあるが小さな川が流れ、新緑の木々が日差しを適度に遮り、春の暖かい風が肌に心地よい。
サンドイッチもこだわりの食材を使っているらしく、非常に美味しい。
セットの紅茶も素朴な味わいのそれによく合う。
「意外とって……。まあ休日と放課後は魔法少女探して町中隈なく歩き回ってるからこの街のことは滅茶苦茶詳しい自信はあるよ」
「前言撤回します」
彼が友人からサイコ扱いされているというのも頷ける。
「えぇ…俺そんな趣味悪いかな…。まぁ受験が終わって中学から高校に上がると自由度が上がって放課後や休日は格段に楽しくなるよ。他にも美味しい店とか過ごしやすい場所とかいっぱいあるから、これからも部活がてら案内してあげるよ。でも奢るのは今日だけな」
「えー…先輩のケチー!」
「ははは…ところでさ…これどう思う?」
ふと蒼がサンドイッチの包み紙を手で隠すように差し出してきた。その行動に違和感を覚えた詩織が包み紙を見ると、殴り書きの文字列が目に入った。
“お前のうしろのコカゲからずっとこっちを見てるヤツがいる”
■ ■ ■ ■ ■
その後、二人は何事もなかった風を装いながら、公園を出、下町エリアへと歩を進めた。
「この先俗にいう下町エリアなんだけどさ、廃ビルと暗渠化された川がどうも怪しいんだよね」
(やっぱりつけられてるな カーブミラーにチラチラ見える)
「ええ、あの中途半端に崩れた廃ビルは私も気になってました」
(魔法少女でしょうか…?さっきの話を聞いてたんですかね?)
「この路地も気になるなぁ…実際昔ここで変死事件あったんだよね」
(分からん 背丈や体格的には男のそれじゃないな)
「写真撮っておきましょう」
(廃ビルまでつけて来たら捕まえて問いただしてみましょうか)
町の探索を続けるふりをしながら、写真を撮ったり、マップを見ると見せかけてスマホのメッセージアプリを使い、相互にメッセージを送り合う。
木造住宅立ち並ぶ道を抜けると、5階建ての廃ビルが見えてきた。
元々は観光ホテルとして繁盛していたらしいが、今ではフロント/ロビーのエリアが崩落し、1~2階の内部が剥き出しになってしまっている。
建物自体も僅かに傾き、もはや廃墟探索の若者すらも危険ゆえに近寄らない。
敷地内に入ると、埃っぽい風と共に何か焼けこげたような臭いが漂ってきた。
「うーん…近くで見るとやっぱり異様だなぁ… 写真撮っとこう」
(まだいる 敷地に入ってきたところで俺がウィングと合体して退路を絶つ)
「傾いてて危なそうですね…この辺では戦いたくないかも…」
(分かりました、そのタイミングで変身して捕まえます)
スマホで写真を撮るふりをし、インカメラに切り替えて自分の背後を確認しながら、タイミングを計る蒼。
既にウィングはデバイスの遠隔制御で発進させている。
二人のあとをつけて来た怪しい人影が廃ビルの敷地の門を素早くくぐるのが見えた。
「ウィング合体!!」
「変身!」
二人ほぼ同時に戦闘態勢をとる。
高速で人影の背後に回り込む蒼。
エネルギー場を展開し、人影の前に躍り出る詩織。
「何者かは知らないが、黙って後をつけられたらいい気分じゃないな! ……ん?」
「観念して何者か明かしなさい! ……ってあれ?」
二人で挟み込んだその人影は小さな少女のように見えた。
その姿に思わず拍子抜けしてしまう二人。その少女は二人を交互にキョロキョロと見ると、蹲ってしまった。
「あれ~……? なんか俺たち小さい子虐めたみたいになっちゃってる……?」
「ご……ごめんね! お姉ちゃんたち悪い人じゃないから!」
慌てて少女に駆け寄る二人、少女がふと顔を上げると、その顔は人間のそれとは思えないほど歪み、巨大な黒一色の目が嬉しそうに笑っていた。
「なっ!!ウッ!! ぐ…」
その顔から伸びた赤い光線が蒼の体をウィングユニットごと貫き、鮮血と砕けたウィングの破片が激しく飛び散った。
「せ……先輩!!きゃあああ!!」
蒼に駆け寄ろうとする詩織。しかしそのその少女の姿をした化け物の口から伸びる光線を浴び、叩き落される。
「く…ライトニ……ガッ!!」
必殺技を放とうとした詩織だが、異様に伸びた敵の髪に巻き付かれ、大の字で拘束されたまま宙高く吊り上げられてしまった。
「く……離しなさ……きゃあああああ!!」
化け物の髪の毛が紫色に光り、詩織は全身を灼熱の火に焙られるがごとき苦痛に苦しみ喘ぐ。
「う……あああ!」
火あぶりの刑に処される罪人のような姿勢で身を焼かれ、詩織の体中から白煙が上がる。
魔法少女のコスチュームがいたるところから焼け落ち始め、彼女の身を守る力が限界に達しつつあることを示す。
エネルギー場の輝きも徐々に淡くなっていく。
詩織が苦しむ様を楽しむかのように眺める化け物。
「あ……あぁ……」
悲鳴すら上げる力をも失い、ぐったりと宙に吊られる詩織。とどめとばかりに化け物が大口を開け始めたその時。
「エナジー……キャノン!」
蒼の背に残された一門の砲が火を噴いた。
ひび割れた砲身をバラバラに引き裂きながら放たれた光線は、化け物を掠め、虚空へと消えた。
「アハハハハハハハ!」
化け物は笑い声のような不気味な咆哮と共に髪を大きく振り回し、捕えていた詩織を遥か上空へ投げ飛ばした。
意識を失う寸前の詩織は廃ビルの2階部分まで吹き飛ばされ、受け身も取れずに巨大なコンクリート壁に叩きつけられた。
朦朧とする意識の中で詩織が見たものは、腕を大顎に変化させ、蒼を食らおうとする化け物の姿だった。
「せ……ぱ…い…逃…げ……」
詩織が意識を失うと同時に、周囲を覆っていた僅かなエネルギー場もまたサラサラと霧散していった。