第15話:5人目の部員
「ギュオ……オオオオ……」
首から腹にかけ、身を裂かれて尚、タラントスは生きていた。
肉塊と化しつつある体を奮い立たせ、刺激毛をパラパラとまき散らしながら威嚇している。
「ヴォオオオオオ!!」
その虚勢に全く怯むことなく、翠玉の飛竜が吼える。
その咆哮に呼応するように、胸の鮮やかな宝玉が強い光を放つ。
「これは……!」
眩さに目を細めながら、驚愕する蒼。
その光は極めて強力なプラスエネルギーの反応を発していたのだ。
そして、この濃密なマイナスエネルギーの空間において、それは全く減衰することなく、力強く輝いている。
「ヴォオオオオオオオ!!」
雄叫びと共に放たれた閃光のブレスは、タラントスの肉体を粉々に消し飛ばし、跡形もなく消滅させた。
「ティナちゃん……なんだよな?」
余剰エネルギーを口内で燻らせながら、雄々しく仁王立ちする飛竜に、蒼が問いかける。
その声に応え、飛竜がゆっくりと首を傾け、その美しい翠玉色の瞳を彼に向けた。
「あ、はい。わたしです……。多分……」
これまでの野太い咆哮が嘘であったかのように、間の抜けた愛らしい声が飛竜の口から泳ぎ出た。
■ ■ ■ ■ ■
「すごいわティナちゃん! 大戦果じゃない!」
御崎が大喜びでティナを抱き上げてて振り回している。
タラントスを倒すとダークフィールドは消え、3人は駆け付けたSSTの救護班によって無事救助された。
もはやお馴染みとなったSST救護室にて、今回の戦闘報告が行われる。
「あの魔法陣には生体強化の術式が入力されていました。恐らく、わたしが飛竜の姿になったのはその影響かと思います」
あっさりと人の姿に戻ったティナが、今回発生した事態について、己の知る限りのことを解説する。
あの空間を生み出した魔法陣は、ティナの世界ではよく使われる術式を改造したものらしい。
本来、強化の糧とするのは大地のマナなのだが、あの魔法陣は「恐怖」や「悲しみ」等の強力なマイナスエネルギーを糧とするように構成されていたらしい。
そして、結界を張る術式を応用した魔法陣と、それを結合させることで、強力なマイナスエネルギーが充満したフィールドを作り上げたようだ。
充満したマイナスエネルギーが、強化の術式によりその場の全員の体に浸透し、それが香子に多大な負担をかけたと推測された。
「そんで今コイツこんなことになっちゃってるわけか……」
香子は治療を受けた後、蒼の背にしがみついて離れなくなってしまった。
高濃度のマイナスエネルギーで弱体化を強いられ、恐怖を植え付けられ、さらにトドメとばかりに毒液と恐怖エキスを注入されてしまったためだろう。
震えが止まらない様子だ。
「コイツ昔から結構怖がりなとこがあったけど……。こんなになっちまうとはなぁ……」
「わたしも凄く怖かったですよ。竜に変身してからは殆ど何も感じなくなりましたが、それまでは指先一つ動かせませんでした」
「怖がりで悪かったわね……。むしろアンタはなんで平気なのよ……」
蒼の背後から震えた声がする。
蒼はその声に応えない。
「ねぇ……? なんで……」
反応しない蒼を不安に思ったのか、香子が彼の顔を覗き込む。
「わっ!!!」
「ひうっ!」
突然大声を出した蒼に驚き、香子は縮こまり、蒼の服をますます強く握りしめた。
「あははは! ゴメンゴメン! 前にされたカラインの物まねのお返し!」
「ううっ……意地悪……」
「せんぱああああああい!!」
廊下をドタドタと走る音が聞こえたかと思うと、詩織が凄い勢いで部屋に突っ込んできた。
「大丈夫ですか!? 何か敵が凄い新技使ってきたって聞きましたけど!?」
補修終了後そのまま急いできたのだろう。
補習ドリルがバッグからはみ出してる。
「ひい!」
血相を変えて飛び込んできた詩織だが、涙目で蒼の背中にべったりとしがみつく香子と、蒼の顔を交互に見ると、気まずそうに表情を一変させた。
「あ~……。戦いの後に絆を深めてる最中だったりします?」
「いや、笠原は愉快なことになってるが、普通に忌々しき事態だからな」
一応、今集まれる限りの全員が揃ったところで、本格的な会議が始まった。
■ ■ ■ ■ ■
大まかな戦闘内容は以下のとおりである
・敵の出現
・現場に到着
・リザリオスによる術式発動
・ダークフィールド(御崎命名)の発動
・香子、蒼戦力ダウン
・香子、被弾(この際に現在の症状を発症)
・ティナ巨大飛竜化、敵撃破
・ダークフィールド消滅
「このダークフィールドがとにかく厄介だ。魔法少女は変身可能だけど、マイナスエネルギーが流れ込んできて、能力が大幅に低下しちまう。あと、そこに敵からマイナスエネルギー注入されるとこうなる」
「うう……」
指を指され、涙目で震える香子。
「でも先輩、そっちの方が可愛いかも……」
「……」
「じょ……冗談ですよ!」
詩織のその言い草には、流石の香子もムッとした顔になった。
詩織が慌てて取り繕う。
「まあそれは置いといてさ。ダークフィールドは一度発動したら、術式の中心となった敵を倒さないことには解除不能。次元の障が作られちゃって、外部からの侵入も現状では不可能だ。通信も通らないから救援もサポートバードも呼べない。まあ、呼べても入ってこれないから意味ないんだけど……」
「そのリザリオスが投げた球を破壊したら防げるんじゃないですか? あと、その魔法陣が作られる前に敵を倒すとか……」
詩織の意見は非常に合理的である。
「それもいい考えだと思うけど、今回みたいに必ずしも敵が俺達にアピールしてくれるわけでもなさそうだし、場所によっては一気に殲滅するのが厳しいこともあるんじゃないかな……」
そう、今回の戦いは状況だけ見ればこちら側に極めて有利な状況だったのだ。
これから新兵器を使うと公言してから使用する敵、巻き込む人がいない旧ベッドタウンエリアの端、魔法陣展開まで待ってくれていた敵。等々……
「先手を打って撃破が可能な状況ならそれを実施するとして、それが不可能な状況でどうするかが問題ね……」
先ほどまでティナを抱き上げて褒めちぎっていた御崎も、今はノートパソコンを開き、真面目に話に参加している。
「SSTの対応策を挙げさせてもらうけど、前使ってたレーダー車両のレーダー部を強化して、ダークフィールドの次元境界探知、及び妨害波によるフィールドの破壊が可能か検証中よ」
以前、ウメボシイソギンチャクゼルロイド戦で一定の成果を上げたゼルロイドセンサー車。
それに使用されているマイナスエネルギーレーダーシステムを応用しようというのだ。
レーダーの原理はザックリと言うと、こちら側が発した電波、音波、赤外線などの「波」が対象に反射し、戻ってくることで、その距離、形、位置などを知ることができるというものだ。
周波数によって捉えられるものの得手不得手が存在し、マイナスエネルギーのようなエネルギー体に対して殆どのレーダーは無力である。
だが、蒼の開発した、彼のエネルギーを波として撃ち出すシステムを用いれば、マイナスエネルギーの周波数を検出することが出来る。
その周波数を打ち消す波形をそこに撃ち込めば、次元障壁に穴や裂け目を作り出すことが、理論上は可能なのだ。
それが実現すれば、捉えられた者の救助や、サポートバード、SST車両の突入も可能となり、非常に心強い。
「でもまぁ……。そんなすぐには完成しないわ。しばらくは手持ちの札だけで戦わざるを得ないことに違いはないわね」
「手持ちの札となると、あの空間で明らかにパワーアップするティナちゃんがキーじゃないかな」
現状、ダークフィールドに対する策で、SSTと魔法少女部の手札は少ない。
その中で切り札となり得るものは、やはりティナだろう。
ウボームのキメラゼルロイドと同様の(と思われる)方法で翠玉の飛竜と融合した彼女は、ダークフィールドによる精神ダメージを負いつつも、身体が巨大な飛竜に変化し、戦闘を行える。
さらに、強力なプラスエネルギーを纏った攻撃も行えるので、キメラゼルロイドに対して優位に戦うことが出来るのだ。
「プラスエネルギーの生成過程はちゃんと研究しないとダメだと思うけど、君無しにウボームとの戦いは乗り越えられないと思う」
蒼がティナに歩み寄る。
「せっかく平和な世界に来れたのに、戦いに参加させるのは正直忍びないんだが……。ティナちゃん。魔法少女部の一員として、一緒に戦ってくれるかい?」
そして、彼女に片手を伸ばして見せた。
「相変わらず調子の良いこと言って……。魔法少女部に勧誘する口実探してただけじゃないの?」
「ギクッ!」
本音を見破られたのか、蒼がビクッと肩を揺らす。
「これまで大概扱いに困ってた風だったのに、有用と思ったら歩み寄りを図るって、なんかいやらしくないですか?」
「うう……耳が痛い……」
悪戯っぽく詩織が言うと、蒼は肩をさらに縮こませていく。
伸ばす手も腰辺りまで引っ込み、控えめなツッコミポーズのようだ。
「えへへ……。やっとわたしを必要としてくれましたね……」
だが、ティナはそんな彼らを見ながらくすりと笑い、目じりに涙を浮かべた。
「わたしも魔法少女部の正式なメンバーにしてください! そして世界を守る戦いに加わらせてください!」
蒼の出した手をがっしりと掴み、引っ込んだ分を引っ張り出すように、強く振るティナ。
その笑顔には、これまでの弱気な雰囲気は微塵もなく、戦巫女としての自負と誇りが満ち溢れていた。
「ティナちゃん……。ありがとう! それじゃあ早速再検査だ!」
蒼が魔法少女部スキャナーのリモコンを取り出した瞬間、ティナの表情は泣きべそに早変わりしてしまったのだった。





