第11話:響のサポートバード
「だから言ったろ~! ウチのサポートグッズ早くしてくれって!」
「ごめん……」
土曜日の魔法少女部部室。
仁王立ちの響に責められる蒼。
香子があわや丸焼きになるところだった前回の戦いでは、彼女のコンバータースーツとサポートバードが無かったことで、SST車両護衛チームは大苦戦を強いられたのだ。
詩織が多勢に無勢の様相を呈する中で、コンバータースーツの無い響は援護することが出来なかった。
詩織と響が変身を交替し、詩織がスーツを装着することで戦力の拡充、敵戦力の分散ができたが、対多数戦が苦手な響では敵をまとめて撃破することが出来ず、詩織も能力が低下し、戦闘の長期化を招いてしまったのである。
その結果、蒼を呼ばざるを得なくなり、その間に香子は捕えられた。
「まあ捕まっちゃったアタシも不用心だったとは思うけど……。佐山さんのサポートユニットの製作は急いだほうがいいと思うわ」
「今後もデカい敵とリザリオスが同時に出てくること増えそうですしね。全員が相互にサポートし合える状態にしておくべきだと思います」
香子も、詩織も蒼を責めるまではしないが、響のコンバータースーツとサポートバードを早急に作るべきという点については響と同意見である。
「俺も流石にまずいと思ってさ。コンバータースーツは作って来たよ。ほれ」
「サポートバードはまだ全然発想が出てこないんだけどな~」等と苦笑いしながら、蒼が赤い装飾を施された腕時計型デバイスを取り出す。
最新型のためか、詩織や香子のそれに比べてデザインがオシャレだ。
「おお! じゃあさっそく……装着!」
響が腕のデバイスのダイヤルを「ウィング」に合わせると、黒いエネルギースーツが生成され、全体に炎のような赤いラインがボワァと浮かび上がった。
「わぁ! すごい! 響先輩スタイルいいですね! しかもマッチョ!」
その姿に詩織が歓声を上げる。
がっしりとした上半身、大きな胸、バキバキに割れた腹筋。
その腹筋から腰にかけてはグッと絞り込まれ、どっしりとした腰、太腿とのコントラストが、そのくびれを尚更美しく強調している。
ピッチリとしたスーツが炎の紋様とも相成って、まるで女子プロレスラーのようである。
(二人の時は思わなかったけど……。このスーツって割とエロいな……)
蒼ですらも性欲を喚起される良い体。
鏡を見ながらいろいろなポーズを取る響はそのエロさには気づいていないようだ。
珍しくスケベ心から、彼女の姿をぼーっと見つめる蒼。
そんな彼の視線に気づいた響がズイっと近寄って来たかと思うと……
「いい感じじゃん! すぐ作れるんならさっさと作れよな~!」
「んぐ!!」
蒼を思い切り抱きかかえたかと思うと、ヘッドロックの姿勢に固め込んだ。
見惚れるほどに美しく、がっしりとした温かい肉体に抱かれ、ほのかに香る制汗スプレーの香りに包まれ、普通なら蒼のエナジーキャノンが仰角を取ってしまっていたことだろう。
だが、彼女の豊満なバストに後頭部が当たる感触に、蒼は衝撃を受ける。
(!? か……固てぇ!!)
脂肪の塊と思っていたその双峰は、恐るべき硬度を誇る筋肉の岩盤だったのだ。
二の腕も同じく岩のように固く、「二の腕はおっぱいの感触」というエロ中学生理論が嘘ではなかったことを裏付けている。
蒼がどれだけ抵抗しようとも、全く揺るがない鋼のような肉体。
少し力を加えれば、蒼の頭をぐしゃりと潰してしまいそうだ。
もはや性的興奮など通り越し、恐怖を抱き始めた蒼の脳裏に、ある風景がフラッシュバックし始めた。
いつのことだろうか……。
父の背に抱えられ、ある廃工場の解体現場横を通り過ぎた時。
恐竜のようなマークで彩られた巨大なパワーショベルが、破砕アームで頑丈なコンクリートの柱を砕き、屋根を引きはがし、大きな工場を跡形もなく砕いていく様。
幼い日の蒼は、テレビで見た怪獣が街を破壊する様子を重ね合わせ、大いに怖がった。
そんな蒼に、父は「蒼が悪いことしてると、あれがやってきて君をグチャグチャに潰しちゃうんだぞ~!」と言いながら、ヘッドロックをかましてきた。
抵抗できないパワーに抱えられ、恐怖に泣き喚いたあの日……。
それが響の胸に締め付けられる今に徐々に重なっていく。
響の力強い低音を奏でる鼓動が、あの日の音にクロスフェードしてくる。
記憶が心を揺らし、蒼の鼓動も、響のそれに合わせて高鳴り、そこから何か……。熱い力が溢れてきたような感覚を覚える。
彼女のパワーと同調し、悪いやつをぐちゃぐちゃに潰す自分……。
そのイメージがやがて、蒼のインスピレーションを生き生きと働かせ始めたのだ。
「これだああああああ!!!」
突然、大声を上げ、響のヘッドロックを振りほどき、部長机にダイブする蒼。
「えっ! えっ!?」
困惑する響。
本気ではないにせよ、自分の腕を力づくでこじ開けられるとは思わなかったのだ。
彼が握っていた部分がほんのりと赤くなり、少し痺れた感触も残っている。
「お……おい……」
蒼に何が起きたのかを訪ねようとするが、すでに彼の意識は設計図面に旅立っていた。
「あーあ……。こうなったらなかなか戻ってこないわよ」
「わたし達だけで見回りがてらお昼行きましょうよ。夕方には終わるんじゃないですか?」
既にこの状態を経験している二人は、外出準備を始めている。
初見の響は、蒼の頭をツンツンしたり、椅子を振ってみたりしているが、反応は殆ど返ってこない。
頬をつねっても冷たく振り払われ、響は少し寂しさすら覚えた。
「佐山さんも行きましょ?」
「お……おう」
香子に誘われ、響も財布をポケットに突っ込み、部室から出ていった。
その後すぐ、蒼が設計図を作るカチカチという音が止み、精密工作機が勢いよく動き始めた。
■ ■ ■ ■ ■
「おふほんおひいいれふ……」
「飲み込んでから話しなさい……」
一方、見回りがてら早めの昼食をとる魔法少女チーム。
今日のお昼は香子お勧めのうどん屋である。
コシが強いさぬきの麺に、関東特有の濃いカツオ出汁を合わせたぶっかけうどんが名物で、この暑い中行列ができる人気店だ。
ゼルロイド早期警戒システムのおかげで、町中を見回る必要性は殆ど無くなっているので、今の魔法少女部における「見回り」は美味しいお店の食べ歩きと化している。
なにせ蒼、香子は学業面で、響はスポーツ面でかなりの数のランチチケットをもらっているので、それを最大限に活用しているというわけだ。
「蒼といい香子といい、うまい店やたら知ってるな。ウチはそういうの疎いんだよなぁ……」
「文化系学生は放課後暇なのよ。アタシは中学からずっと帰宅部してたしね」
「高瀬先輩は魔法少女探し回ってお店に詳しくなったらしいですよ」
あいつらしい。と香子が笑い、響が少し引いていた。
先ほど蒼がエロいものを見る目で見つめていたいたことに気付かなかったり、今の話に引いたりと、響は豪胆に見えて案外女の子らしい常識人のようだ。と、詩織は分析する。
(笠原先輩の恋敵になる感じはなさそう……)
誰より早く下の名前で呼び合う仲になっていたり、やたらベタベタしたりと、見ていてヒヤヒヤしたのだが、香子の恋路に割り込んで来ることは無さそうである。
ただ、蒼が珍しく性的に惹かれているようなので、そこを何とかしなければ。
詩織は不敵な笑みを浮かべ、うどんをズルズルと啜り上げるのであった。
不意に、店内にいた客のスマホというスマホからからビービーと警報が鳴り、ゼルロイド警報が大音量で流れ始めた。





