第9話:魔法少女部のサマーキャンプ <下>
「お前細っそいな!!」
「背が高い分細さが際立ちますよね」
「ほっとけ!」
蒼は俗に言うヒョロガリタイプである。
詩織のトレーニングでだいぶ筋肉が付いてきたが、到底細マッチョには及ばない。
肩幅や筋肉の差がある分、響の方が大柄に見えるほどだ。
「蒼、その腰に付いてるの何?」
香子が指さす先には、蒼の腰にぶら下がる青い網。
名をフラシという。
用途は、魚釣りで釣りあげた魚を生かしておくための生簀のようなもの。
網の中に魚を入れ、それを水中に沈めておくのだ。
「この辺ってテナガエビが名物だろ? せっかくだから採って晩飯に使おうかなって」
大城市の川と言えばテナガエビ。テナガエビと言えば大城市。それくらい近隣地区では名産品とされている。
基本的に大城市の河川では許可不要で採取が可能であり、このキャンプ場でも採取ガイドなるものも配布されている。
「おお! いいじゃん! ウチ揚げたヤツ大好物だぜ」
「さっきの道の駅で食べたビスク美味しかったですね。ああいうのも作れるんですか?」
「ビスクは調味料的に難しいけど、スープは作れるよ。塩コショウだけの味付けもなかなか乙だぞ」
「いいじゃんいいじゃん! ただ泳ぐのも飽きてきたし、エビ探ししようぜ!」
響が先陣を切って淀みにダイブしていった。
採取ガイドにも書かれていることだが、テナガエビは川の淀みや川べりの草木の根元に潜んでいる。
そういった場所の石をひっくり返すと、勢いよくエビが飛び出してくるのだ。
それをハンディサイズの魚とり網で掬い取る、または、気合で手づかみする。
それがこのキャンプ場の言う正しいテナガエビの取り方である。
「よっしゃー! 取ったぞ!」
「私も取れました!」
運動神経良いコンビが次々とテナガエビをキャッチする。
かなり慣れた人でもないと、キックバックで魚のように逃げるエビを捕らえるのは難しいのだが……。
「ああっ! 逃げた!」
「うおお! パンツの中に!!」
一方、運動神経イマイチチーム。
手先は器用だが、如何せん彼女達ほどの俊敏さと動体視力を持ち合わせていないため、逃げたエビを捕らえられない。
特に蒼は網を持っているにも拘らずである。
「あの~……。取ったのって蒼さんの腰の網に入れたらいいんですか?」
ティナに呼びかけられ、振り返ると、彼女は両手いっぱいにエビを掴んでいた。
パンツに入ったエビと格闘している蒼を尻目に、次々とエビを捕らえていくティナ。
一度潜ったかと思えば、両手と口に合計4~5匹は捕まえてくるのだ。
カワウソのような捕獲力である。
一体どうやったらそれだけ取れるのかと思い、水中で彼女を見てみると、本当にカワウソのようなスピードと柔軟さをもって泳ぎ回っていた。
「わたしと融合している翠玉の飛竜は、水棲の珍しい種なんです。その力のおかげで、わたしは思うままに泳げるんですよ」
と、ティナは語る。
よく見ると、彼女の手足に透明なヒレのようなエネルギーの膜が現れており、それが魚のヒレのように波打ちながら、彼女を加速させている。
「俺も水中戦用ウィング作ろっかな」
「使う機会無いでしょ……」
最終的に、響、詩織チームが28匹、蒼、香子チームが7匹、そしてティナが47匹という、ティナの圧倒的勝利に終わった。
いつのまにチーム戦になっていたのかは知らないが、ティナには優勝特典として、夕食のステーキ肉の一番大きい部位を食べる権利が贈呈されたのだった。
やがて日が傾き、ひぐらしの声が聞こえ始める。
いいだけ飲んで倒れるように寝ていた御崎も、流石に空腹と喉の渇きを覚え、ムクリと起き上がって来る。
「あ痛たたた……。飲みすぎたかも……」
「かもじゃないですよ……。昼間っから飲んだくれないでください……」
グリルでは香子がステーキ肉を焼き、石を積んだ囲炉裏では蒼がエビの串焼きを作っている。
カセットコンロの上に置かれた鍋には小ぶりのエビがたっぷりと入れられ、玉ねぎと一緒に煮込まれていた。
「おお~。旨そうな匂いしてきたぞ!」
エビ取りで活躍した響、詩織、ティナは今回は傍観者である。
彼女達3人は料理が得意ではないのもあるが、野外の限られたスペースでは慣れた少人数の方が料理しやすいのだ。
香子は慣れた手つきでステーキをクルクルと返している。
焼き目も綺麗につき、肉汁も流れ出ていない、非常に良い焼き加減である。
蒼のエビ焼きも、遠火の強火で焙られた殻が香ばしく焼け、その隙間からジワジワとうま味の汁が染み出している。
同じく蒼が手掛けるエビスープは、エビの出汁で白く濁り、エビ味噌の風味がふわりと香ってくる。具の玉ねぎも程よくとろみが出て、いかにも旨そうだ。
「ほら、こうやって前面に焼き目を付けたら、アルミホイルに包んで少し置くのよ。こうするとうま味が逃げず、しかも中までしっかり火が通るの」
「エビは角を切り落としておくと殻ごと食えるからな。甲殻類のうま味は殻に多く含まれてるから、バリボリいくのが正解ってわけよ」
香子と蒼の蘊蓄を興味深そうに聞き入る詩織とティナ。
蘊蓄より料理の旨そうな香りに心奪われている響。
形はどうであれ、グリルを囲んで小さな輪が生まれた。
性格も、特技も、興味関心も異なる5人が、奇妙な縁で結びつき、生まれた輪。
こんな輪が育まれるこの世界を守りたいな。と、蒼は柄にもなく思った。
「旨ぇなこのエビも!肉も!」
響が感嘆の声を上げた。
二人が作った料理は、およそ野外で作ったとは思えない程旨く、ちょっといいお店で出るようなレベルに感じられた。
屋外で、気の置けない皆で食卓を囲んでいるからというのもあるだろう。
「うわわ……。わたしこんな豪華なもの食べていいんでしょうか!」
ティナは、厚く切られたステーキ肉を目の前に、目に涙を浮かべている。
もといた世界が戦乱に巻き込まれていたのだから仕方があるまい。
この世界ではスーパーのタイムセールで安く買えてしまう程度のものなのだが、彼女は美味しい、美味しいと涙を零しながら少しずつ味わっていた。
詩織はエビスープが大層気に入ったようで、レシピを蒼に聞きながらメモを取っている。
御崎は良く焼けたエビをつまみに、今度は日本酒をチビチビやっていた。
流石に香子に注意され、おちょこラスト一杯は許してくれと嘆願している。
そんなこんなでワイワイと楽しんでいると、あっという間に食材は片付いていった。
同じくワイワイと、皆で洗い物を済ますと、既に時計は11時を回っている。
楽しい時間はすぐ過ぎるというが、早くも寝る時間になってしまった。
一応この場は締めとし、蒼は小型テントへ、魔法少女達は五角テントへとそれぞれ潜り込んでいく。
御崎はミニバンの座席を倒して寝室にするようだった。
「ねえ笠原先輩! コイバナ聞かせてくださいよ! 最近高瀬先輩と随分仲良しじゃないですか!」
「仲は悪くないけど、そんなんじゃないって……。幼馴染の腐れ縁だから、ちょっと距離が近いだけよ」
「なあ、蒼って昔からあんなヘナヘナしてたのか?」
「ヘナヘナって……。アイツも意外と逞しいとこあるのよ?」
「ほらー! そうやってしっかりフォローするじゃないですかー!」
「あーもう! 違うってば!」
しかし、合宿の醍醐味はここからである。
魔法少女部棟では夜のガールズトークに花が咲いていた。
特に恋愛関連については、香子が蒼との関係について突かれまくっている。
実際、本当に何も無いのだが……。
「でも詩織さんもクラスではちょっと噂されてますよ」
「え!?」
詩織とて傍から見れば蒼と仲睦まじい。
放課後に見回りがてら買い食いしたり、市内を散策しているところを見れば、友人以上の関係になっていると思っても不思議ではないだろう。
「無いですね。先輩は好きですが、ラブではないですね」
そこはキッパリ否定する詩織。
もとより仲間として、先輩としては頼もしく感じるが、あの独善的なサイコ眼鏡と恋しろと言われれば厳しい。
「それに笠原先輩から取ったらダメでしょう」
「だから違うってば! この!」
「きゃははははは!! くすぐったいです!やめて!」
詩織の足に掴みかかり、寝袋越しに足の裏をくすぐりにかかる香子。
負けじと香子の足を抱きかかえ、同じくくすぐりで反撃する。
「なんだか……いいですね」
盛り上がる魔法少女達を見つめ、ティナが呟いた。
「おっ! なんだティナも参加すっか?」
ティナの隣で寝ている響が、彼女の足をガシっと掴む。
「ちょっと! 違います! わたし、こうやって同じくらいの女の子達と一緒にワイワイする機会無かったですから。この世界が凄く羨ましくて」
「そうか……お前の世界随分乱れてたんだっけか?」
「ええ、わたしが物心ついた時にはもう既に内紛が始まっていて、私くらいの女の子は皆戦巫女として半ば強制的に人獣融合をうけ、戦地に送られていきました。こういうテントで野営もしたんですが、みんな怖がってて、泣いてて、とても楽しく過ごすなんて出来なかったです」
そう言って遠い目をするティナ。
「結局、同期はみんな死んじゃって、わたしだけが生きて帰ったら、最後の首都防衛線に配属されて……。そして巫女長に異次元世界に危機を知らせる任務を賜りまして、この世界の次元に転送されてきたんです」
少し涙ぐんでいるのか、袖でごしごしと顔を擦る音が聞こえる。
すかさず、響はティナの足ツボをぐりぐりとマッサージし始めた。
「うわあああああ!! 痛! 痛たたたた!!」
「くよくよすんなー! 今は今を楽しめー! オイお前ら! 足つぼマッサージ我慢選手権すんぞ! 痛いっつったやつ負けな!」
響の提案に、くすぐり合戦していた詩織と香子もノッてきて、足の裏を揉み合い始めた。
「ふうん!! んんんん!?」
「きゃははははは!! むーーーー!!」
テントの中に少女達の悲鳴と嬌声が響く。
すぐ隣のテントでほぼ全部聞いていたサイコ地獄耳眼鏡の蒼は、気恥しいやらやかましいやらで、寝袋に潜り込んでいった。
■ ■ ■ ■ ■
翌朝。
尿意に見舞われた蒼がテントから出ると、香子が川辺に椅子を置いて座っていた。
用を済ませ、彼女の元に行くと、コーヒーをチビチビと啜っていた。
彼女は猫舌である。
「おはよう。昨日は随分盛り上がってたじゃねぇか」
「おはよ……。うるさかった?」
「多少はな」
「ごめん……」
蒼もコーヒーをもらい、香子の横に椅子を持ってくる。
午前5時。辺りは明るいが、山に遮られているのか、太陽はまだ差してこない。
川のせせらぎと、涼しい山風が心地いい。
「また来たいな」
「そうね……」
「しかし、残酷な運命は、僕らの望みを奪っていったのです……」
「不吉なナレーション入れないでよね。この平和がずっと続くように、アタシ達も頑張りましょ」
「だね」
そんな二人の背中を詩織がニヤニヤと眺めていた。





