第7話:響の特訓
「こんにちは~。って……きゃあああ!!」
放課後、ティナのお守に疲れ果て、普段よりだいぶ遅れて魔法少女部部室に足を踏み入れた詩織が見たもの。
それは、ゴロリと転がる蒼、香子のボロボロ死体。
いや、一応生きてはいるようだが、文字通り息も絶え絶え、四肢は力なく広げられている。
香子は時折ぴくぴくと痙攣し、蒼は全身からうっすらと煙のような光を噴射しており、筋肉に多大なダメージを受けていることは明白だ。
つい数時間前。昼休みに決定した魔法少女部肉体強化プロジェクト。
その末路がコレである。
響による謎流派格闘術の特訓は、詩織のトレーニングとは比べ物にならない程過激、過酷で、なおかつ危険なものだったのだ。
なんでも、彼女の祖父が独学で編み出した格闘術とのこと。
ボクシングや空手、レスリングなどの強力な部分を結合させた究極の格闘術らしいのだが、その実態は殴り、組み合い、敵の攻撃を受け止めつつタコ殴り等の、とにかくフィジカルと耐久力にモノを言わせた徹底的インファイトの喧嘩戦法。
訓練も滅茶苦茶で、
凄い勢いで突っ込んで来る響を受け止める、相撲のぶつかり稽古じみた訓練。
響と組み合い、彼女を振り倒す訓練。
響の猛パンチラッシュを防ぎつつ、どこでもいいのでパンチを見舞う訓練。
等々……。
響が突っ込む度に貼り倒され、投げ飛ばされ、ボコボコにされ、二人はあっという間に行動不能となってしまった。
近年排除されがちな、安全性無視の力と気合と根性で肉体を苛め抜く訓練だが、響の祖父はこれでグリズリーやイリエワニを打ち負かしたという。
既に他界しているそうで、真偽の程は定かではないが……。
「こんなん訓練じゃねぇよ……。俺ただ殴られまくっただけじゃんか」
「うう……。なんでアタシまで……」
一応、響は応急処置というか、湿布を張ったり、冷却ゲルで筋肉を冷やしたりしてはくれているが、なにせ過激すぎて、全く回復できていない。
「まさか二人がここまで虚弱とは思わなくてさ……。ウチもちょっとやりすぎちまった……」
当の加害者は部屋の隅でしゅんとしている。
「虚弱じゃない人でも耐えられないと思います……」
「悪かった……。今後のトレーニングは詩織に一任するよ……。あ、でも蒼はコレ見といてくれ」
バッグをガサガサと漁る響。
中からはプロテインボトル、ダンベル、テニスラケット、ソフトボール用グローブ、ボクシンググローブ等、筋トレグッズや彼女が掛け持ちしている部の用具が次々と出て来る。
彼女はちゃんと勉強しているのだろうか……。
「ほらコレ! コレ見てインスピレーション働かせてくれよ!」
そのスポーツ満喫バッグから現れた十数枚の箱。
空手、合気道、少林寺拳法、ボクシング、レスリング……。
それらの公式大会DVDであった。
加えて、やたら充実しているのがプロレスDVDである。
露骨に嫌そうな顔をする蒼。
彼としては、これまで暴力的という理由で敬遠してきた武術、格闘技の鑑賞に時間を割きたくない気分なのだ。
しかし、目を輝かせながらDVDの束を手渡してくる彼女を見ていると、付き合ってやらないと気の毒に思えてきたので、ひとまず受け取り、流し見程度で見ておくことにした。
「カッコいいサポートメカ期待してるぜ! そんじゃウチはバスケ部に顔出してくるから! また明日な!」
爽やかな笑顔を残し、響は颯爽と去っていった。
「あの……入ってもいいですか……?」
響と入れ替わりに、ティナがビクビクしながら部室に入って来た。
一日中大衆の目に晒され続けたのだから、怯えるのも無理はあるまい。
「きゃっ!! 蒼さん!香子さん!今助けます!!」
突然手を組み、跪き、祈るようなポーズをとるティナ。
その身体から白いエネルギーが靄のように現れ……。
「ティナちゃんストーップ!」
咄嗟に詩織がティナを取り押さえ、2度目のリンクは阻止された。
■ ■ ■ ■ ■
「ごめんなさい……。わたし傷ついた人を見るとつい……」
ソファーに寝かされ、ぐったりとしているティナ。
あの僅かな量のエネルギー譲渡ですら、しばらく動けなくなるほど生命力を消耗するようだ。
彼女の次元、セルフュリア共和国で死にゆく仲間たちを救えなかったトラウマから、ついつい命を捧げてしまうのだという。
ついついで命を捧げられる技もどうかとは思うが、彼女のトラウマを矯正してやらなくては、いつまた死に急ぐか分かったものではない。
前回は蒼のエネルギーを輸血(輸エネ?)できたが、都合よく蒼がいるとも限らないのだ。
「まあその辺はSSTのメンタルケアに任せるとして……。どしたの? 魔法少女部の入部届け出しに来た?」
「え……いえ……。まだいろんな部の人から誘われてて……決められてないです……」
「え!? ここ以外に入る気か!? 痛っ!」
蒼の頭をコツンと小突く香子。
「せっかく平和な世界に来れたんだから、好きな活動させてあげなさいよ……。それに、現状この子は戦いに出せないし、焦らせる必要もないわ」
「分かったよ……。んで、今日はどういう用事で来たんだ? というかそろそろ下校時間だから帰らないといかんぜ」
時計を見ればもう完全下校時間直前。
思えば、ティナはどこに住むことになっているんだろうか。
等と蒼が考えだした時、ガタガタと部長机が揺れたかと思うと、「よっこいしょ……。あ~肩こるわ~」等という声と共に、机下から御崎が現れた。
「おっ! ティナちゃんお疲れ様! さあ行きましょうか!」
そう言うと、御崎はティナをそっと支え起こし、部長デスクへと歩いて行く。
ポカンとする魔法少女部一同を見渡した御崎は、「ああ!」と手をパチンと叩き
「ここの下にね、SST本部と直結したリニアコースター設置したから。今後はこれでSST本部に来てね。よろしく!」
と言い残すと、ティナを連れて、床下に潜り込んでいった。
「これ卒業の時原状回復出来るんでしょうか……?」
詩織がボソリと呟いた。





