第3話:初めての休日活動
爽やかな土曜日朝6時。春とはいえまだ少し寒い。
「よし!休日活動第一回を始めるか!」
「ふぇ~い……」
詩織が魔法少女部に入部してから初めての休日。
ジャージ姿で校門前に集合する部員2名。
光風高校の周辺には廃墟や建物の死角が多く、詩織に言わせればゼルロイドの格好の根城である。
仮にもゼルロイドを打ち滅ぼさんとする魔法少女部の活動拠点のすぐ傍で増殖を許すなど言語道断。
そのため週に一度、部の校外活動として町内の見回りを行うことにしたのだ。
「それにしても朝早すぎますよ…。休日くらいお昼前くらいまで寝てたっていいじゃないですか~」
朝に弱いのか、寝ぼけ眼を擦りながらぼやく詩織。
「まあそう言うな。早いうちに危険度のマップ完成させといた方が後々楽だろ?それにお昼は奢るからさ」
「………美味しいもの奢ってくださいよ?」
光風高校は大城市のほぼ中心にある小高い丘の上に立つ地域の名門校である。
古くは製造業が盛んで、数多の町工場とその労働者を支える飲み屋街、歓楽街で栄えた大城市だが、十数年前から今日にかけて多くの工場が価格競争力の低下や機械化の波に飲み込まれ、倒産、閉鎖の憂き目に遭った。
それに呼応して町の旧繁華街エリア、旧ベッドタウンは凄まじい勢いで衰退していき、同時に開発中だったニュータウン計画も頓挫。
今では光風高校周辺に廃工場群、ゴーストタウンとしてその名残を残すのみとなっている。
そのような寂れた場所にはマイナスエネルギーが集まりやすく、ゼルロイドが増殖しやすい環境と言える。また、そのような場所に生活する人間は身寄りのない老人や浮浪者が多く、人知れずゼルロイドの犠牲になっている場合も多いのだ。
一方、近年再開発された駅前エリアは企業のオフィスビルが立ち並ぶ近代都市である。
小綺麗な駅ビル、ビジネスホテル、大型スーパー、タワーマンション、飲食店街等々……。
いかにも現代の街といった具合にゴテゴテと建物が乱立している。
しかし再開発されたとはいえ下町を残した区画も少なからずあり、建物の影、空き地、暗渠化された川などゼルロイドが身を潜められる場所が多数ある。
大城市には詩織以外にも複数の魔法少女がいることは確認されているが、それでもゼルロイドの仕業と思われる不審死事件、殺傷事件が月に何度か発生するあたり、相当数のゼルロイドとその増殖を支える街の死角が存在するのだろう。
「こういう地下に通じてるパイプラインなんかはかなり潜伏率が高いですよ。マイナスエネルギーは暗い地下に溜まりやすいですから」
旧工場地区は複雑に入り組んでいる。
無計画に拡張された中小工場が地上で、上層階で、地下で結びつき、他の工場、部品搬入路、廃材投棄口、集積所などへそれぞれ続いている。
上層階の渡り廊下は鳥やネズミの住み家と化しており、地下の通路は至る所に蜘蛛の巣が張り、足元にはゴキブリやムカデなどが這いまわっている。
「ゼルロイドはこういう生物を捕食して、形態を変化させていくんです。最初は手の平に乗るくらいの大きさでも、数日でこの間戦ったサソリ型ゼルロイドくらいの大きさになります」
普通の高校女子なら卒倒しかねない虫とネズミだらけの空間を何食わぬ顔で進んでいく詩織。
「へーそりゃ参考になるな。こいつらの中にゼルロイドが混じってる可能性もあったりするわけ?」
「十分にありますね。少し試してみましょうか。………変身!」
詩織の体が黄色い光に包まれ、着ていたジャージが瞬く間に黄色と白を基調とした可憐な学生服風のコスチュームに変化した。
ジャージのズボンもミニスカートに姿を変え、野暮ったいスニーカーがハイヒールに変化する。
彼女の髪の色が鮮やかな黄色に変わり、瞳も同じ色に染まっていく。
詩織の変身が完了すると同時に地面に紋様のようなものが現れたかと思うと、周辺の空間に黄色い粒子が浮かび始めた。
蒼が言うところの「エネルギー場」が形成されたのだ。
「魔法少女シオリ!参上! なんて具合です。てへへ……」
少し気恥しそうにポーズをとって見せる詩織。
何せ変身を人に見せたのは初めてなのでポーズも名乗りもアドリブである。
「おおー!! 変身するとこ見たの初めて!服が変化するの!? てっきり裸になって再構築するものかと思ってた! あ、でもパンツは元のままかな?」
こちらもまた初めて変身を目にする男。興奮のあまり詩織の周りをグルグル回りながら、上から下から全身を嘗めるように観察する。
今まで言われたことのないセクハラ評価に詩織の顔がみるみる赤くなっていく。
「ちょっと!やめてくださいよ! と……というか私そんな目で見られるような恰好なんですかコレ!?」
咄嗟にスカートを押さえ、蒼の目線をガードする詩織。流石に蒼も正気に戻り、バツが悪そうに眼鏡をククッと直して見せた。
「いや~悪い悪い。ついつい興奮してしまった。続きをどうぞ」
「続きをどうぞって……。まあやりますけど……。えい!」
詩織が手を前に突き出すと、刀身が黄色い光で形成された短剣が出現した。
「私はこの『ライトニングダガー』を使って戦います。これで直接切り付けるのも得意ですが…」
短剣を構え、辺りを注意深く見渡す詩織。
その集中に呼応して彼女の足元の地面から黄色い光の波紋が幾重にも走る。
その光の波が地下の闇を照らす。
ふと、波紋がある一点で大きく乱れ、何かがその中で激しく蠢いた。
「そこ!!ライトニングミラージュ!」
刀身から放たれた無数の光の剣が闇に隠れていた大蜘蛛型ゼルロイドに突き刺さり、粉々に分解させた。
「こんな風に中距離戦も結構得意です!」
可憐な魔法少女のコスチュームでキリッとポーズを決めて見せる詩織。
煌びやかなエネルギー場の中にあって、彼女の笑顔はひと際輝いて見えた。
健全な高校男子なら心を射止められそうな姿だったが、蒼の興味は敵を見つけ出したメカニズムに釘付けになっていた。