第5話:それは空蒼科学
「う……」
目を空ければ白い天井。
ティナはSST医務室で目を覚ました。
「ここは……えっと……えすえすてぃーの本部……! わたし……生きてる!?」
“リンク”を使ったにも拘らず生きている。
その事実に驚くティナ。
リンクとは、聖能力の極致。
自らの命そのものをエネルギーに変えて他者に送り込み、能力を飛躍的に上昇させ、あらゆる傷を治癒し、命すら蘇らせる究極の技なのだ。
「あ! 起きたのね! 良かった!!」
制服に肩掛けカバンスタイルの、いかにも学校帰りな香子が医務室を覗き込むなり、喜びの声を上げ、医務室に駆け込んできた。
「大丈夫? いきなり倒れちゃうから心配したよ」
「え……はい……一応は大丈夫です。ちょっと眩暈はしますが……」
「あ、ちょっと寝汗かいてる。拭いてあげるからちょっと待ってね」
そう言うと、流しでタオルを濡らし、ティナの額や背中を拭いていく香子。
彼女の話によると、ティナは鋼翼獣ガルバドスの襲撃から丸3日間眠り続けていたらしい。
「3日も……!? それよりもガルバドスはどうなったんですか!?」
「あれ? 覚えてないの? 自衛隊がミサイルで撃墜しちゃったわよ」
唖然とするティナ。
無理もない。彼女の世界ではガルバドスの速度に追いつける者も、その鋼翼を貫ける者も存在しなかったのだから。
ティナはますます、自身の存在意義を疑問に感じてしまう。
しかし、それよりもティナが衝撃を受けたのは、彼女が再び目覚めることが叶った理由であった。
彼女が蒼と詩織に送り込んだエネルギー、それを構成する物質を解析し、蒼のエネルギーをベースに類似物質を生成。ティナの身体に注入したというのだ。
説明に使われた単語の意味は理解できなかったが、ティナの生命エネルギーを人工的に作ったということは分かる。
「わたしの命を……作ることが出来たのですか……?」
真っ青になるティナ。
なにせ巫女という肩書である。
祈りや、マナといったスピリチュアルな概念に重きを置く身の彼女としては恐ろしい事態であった。いや、おぞましいと言った方が正しいかもしれない。
今の自分は人の手で作られた命で生きている。
込み上げる吐き気を堪え、口元を手で強く塞ぐティナ。
「ちょ……! ちょっと! そんな大層なものじゃないわよ! 蒼! 説明してあげて!」
「ん? ああ、着替え終わったの?」
香子が呼ぶと、ティナの汗拭きと着替えが終わるまで医務室の外で待機するように言われていた蒼が、暢気に入ってきた。
「おいおいおい! 吐きそうになってんぞ! バケツいるか!?」
蒼が慌てて流しに置かれたバケツをティナの眼前に差し出す。
ティナはバケツに顔を突っ込み、ゲホゲホと咳き込むが、3日間何も食べていない胃からは、少しの水分しか出てこなかった。
数分後、蒼が落ち着きを取り戻したティナに、彼女に施した治療を説明する。
そもそも、ティナの発したエネルギーは命とは異なるものだったのだ。
蒼のスキャンカプセルで分かったことだが、ティナは人間の血や体液の代わりに、エネルギーを用いて酸素や、様々な栄養素の循環を行っているのだ。
そのエネルギーを他者に分け与えるのが彼女の言う所の“リンク”であり、使用者が死に至るのは、体内を巡るエネルギー流が無くなることで、細胞に酸素や生命維持に必要な物質が行き渡らなくなるためだと推測された。
「つまり、俺がティナちゃんにしたことは、この世界の用語でいうとこの輸血で、別に命を創造したわけじゃないよ」
ティナの世界で治療や蘇生に用いられていたのは、彼女の同族の身体がティナと同じく、エネルギー流による体内循環を行う構造をしていたためだと考えられ、その構造を持たない蒼達地球人類にとっては、ちょっとしたバフ程度にしかならなかったことも蒼は付け加えて説明した。
だが、自分の命が作り物で無かったと理解しても、もう一つ、ティナがこの世界で蒼達に出来ることがまた一つ減ってしまった事実には変わりなかった。
「わたしは……一体この世界で何をすればいいんでしょうか……」
究極の能力を使っても尚、自分は役に立たなかった。
むしろ、殲滅獣人リザリオスの襲撃すら招いてしまったとも聞き、ティナはこれまでに無いほど深く項垂れる。
香子は彼女の心中を察すると何も言えず、蒼は何か自分が何か言うと問題が起きそうな場面だと察し、黙っていた。
「そうね。自分の価値、存在意義……それに悩むのは人生においてとても重要なことよ」
3人が驚いて振り向くと、医務室の入口に御崎が立っていた。何に影響を受けたのか、やけに格好つけたような姿勢だ。
「人はそれを思春期後半と言うの……。自分とは異なる存在の中で自意識が高まり……。不安や、嫉妬と戦い、個を確立していくの……」
「あの……御崎さん話が進まないので自分から言っていいですかね?」
クルクルと回りながらミュージカルのように身振り手振りでセリフを吐く御崎。
その後ろからヌッと現れる宮野。
「なによ~。教員として思春期の香りを放っておけないの!」
「人の青春より自分の仕事を放らないようにしてくださいね……。ただでさえSSTに変わって組織の再編で忙しいんですから……」
まぁ、それはさておき。と、宮野が夫婦漫才をストップすると、何やらカードのようなものをティナに差し出した。
それを覗き込んだ蒼が「え!」と声を上げた。
「これ光風高校の生徒証じゃないですか! まさか……」
「彼女にはあなた達と一緒に、高校でこの世界のことを学んでもらいます。今回もちゃんと国に許可通してますからね」
相変わらずの有無を言わせぬ宮野戦術。
「おめでとうございます」という言葉と共に差し出された制服と校章を受け取ったティナは、キョトンとしていたが、以前、戦巫女の褒賞式でブローチを授与した時のことを思い出し、ベッドの上に正座すると、
「戦巫女ティナ。お褒めに与り光栄です」
と、彼女なりの返礼を行った。
こうして、本人もよく分からないまま、光風高校に編入生がやって来たのだった。





