第4話:鋼翼! 魔法少女 対 ガルバドス
日曜の昼下がり。
前日のドルドラス襲撃から一日しか経たないうちに、大城市駅前は元の喧騒を取り戻していた。
破壊に対し極めて頑強に作られた都市ということもあるが、住民の逞しさも大したものだ。
元、労働者の街という成り立ちのためか、それともゼルロイド出現頻度が面積当たり世界最高クラスという特異な土地柄のためかは定かではないが、とにかく大城市は打たれ強い。
そんな大城市の空が再び歪む。
波のような模様が空に広がり、その波紋をこじ開けるように、巨大な怪鳥が姿を現した。
銀色の長い嘴、同じく銀色に光る全身の羽毛。
一見機械のようにも見えるが、それは全身を覆う金属細胞のためである。
強固な装甲であらゆる攻撃を弾き、高空より放つ火炎であらゆるものを焼き尽くす。
それがウボーム軍属魔獣、鋼翼獣ガルバドスであった。
“ウボーム軍魔獣出現!! ウボーム軍魔獣出現”
侵生対改めSST本部に鳴り響くアラート。
と言っても、現状満足な攻撃装備を持たないSST単独ではどうしようもないので、自衛隊に出動申請をかける。
だが、出現したばかりのウボーム軍魔獣は未だ侵略的外来生物と認定されていないため、SSTのみで彼らを即刻動かすことが出来るわけではない。
防衛省でその申請が承認されるまで少し時間がかかってしまうのだ。
「もう!肝心なところで役所仕事なんだから!! ゼルロイドもウボーム魔獣も似たようなもんでしょ!!」
本部に新設されたオペレーティングルームで青筋を浮かべる御崎。
役人特有の縄張り意識とでも言おうか、自衛隊や警察のみで解決できる範囲の敵は彼らのみで解決させてやらねばならない暗黙の了解があるのだ。
何せ最近、守るべき民間人たる魔法少女達に頼りきりで、彼らの士気にも悪影響が出ている以上、その意図も汲み取ってやらねばなるまい。
幸いにも申請は5分と経たずに承認され、航空自衛隊のF-2とF-36計6機が生物用空対空ミサイルを満載し、初夏の蒼空へと飛び立った。
■ ■ ■ ■ ■
一方、いち早くガルバドスの出現に気が付いた蒼と詩織は、既にその迎撃へ舞い上がってた。
しかし、詩織のエネルギー場から供給を受け、その上でブレードホークとの合体による最高速度向上を加えて尚、蒼のウィングでは、時速890kmで飛行するガルバドスに追従できない。
詩織は易々と追い付き、攻撃を加えているが、彼女の短刀ではガルバドスの強固な金属羽毛装甲を貫けない。
それでも必死に反復攻撃を仕掛ける詩織と、敵が旋回するタイミングに合わせ、何とかスライサーキャノンで一撃を食らわせる蒼。
「くっそー! 全然決定打にならねぇ!!」
一応、敵の気を引き、住民を避難させるという作戦は全う出来ているのだが、やはり自分たちで対処できないのには歯がゆいものがある。
「蒼達……苦戦してるわね……」
「ウチらも加勢してやりたいが、あんなクソ速い敵が相手じゃ何も出来ないよな~」
地上でそれを見上げる香子と響、そして、ティナ。
ブレードフォーメーションの蒼より速度に劣る魔法少女二人は、今回の戦闘には参加せず、ティナの護衛に付いている。
正直、ティナがここに来る必要性はあまり無いのだが、ウボーム魔獣の情報を知る者が彼女しかいないこと、ウボーム魔獣がSSTにとって未知数の敵であるということ、そして、彼女が戦巫女として戦いの場に出なければ自害ものであると聞かなかったため、致し方なく連れてきたのだ。
「新里さんとブレードフォーメーションの射撃では火力が足りなさすぎるわね……」
蒼達も歯がゆい思いをしているが、今一番やきもきしているのは香子であった。
詩織のライトニングミラージュ、蒼のスライサーキャノン、どちらも破壊力は低めであり、今回のような固い敵には有効打が通りにくい。
香子とバスターフォーメーションの蒼ならば、有効打を与えられるかもしれないが、速度が足りないため、敵を捉えられず、向かってくる敵の攻撃と真っ向から撃ち合うしかなくなってしまう。
今回のように大城市を守りながら時間を稼ぐには、香子は相性が悪いのだ。
「あっ! 今ちょっと羽にダメージ入ったんじゃない!?」
「詩織危ない!! おお! 避けた!」
ただ、大城市の上空で繰り広げられる高速の空中戦はなかなか見応えがあり、かなり上手く敵を陽動出来ていることもあり、二人ともそれなりに楽しんで観戦している。
避難していく人々も時折足を止め、黄色の魔法少女と謎のウィングヒーロータッグの激闘に声援を送っている。
「あの分厚い翼を貫ける者はいません……。今度こそこの世界は……!」
そして一人、明らかに温度の違うティナ。
「私の力ではガルバドスには何もできません……! せめてお二人に力を……!」
手を組み、額に汗を浮かべながら必死に祈る。
「ティナちゃん、そんな必死にならなくても……」
香子がティナを落ちつけようと、肩に軽く手を置いた。
その時である。
ティナの身体から白色の、ちょうど蒼のエネルギーによく似た光線が天高く放出された。
「きゃ!!」
「うわっ! 何だ!?」
それは上空で戦っていた蒼と詩織に直撃、二人を強い衝撃が襲う。
しかし、破壊的なものでは決してなかった。
そのエネルギーに呼応するように、二人の身体に力がみなぎる。
「おおお!! なんかちょっと速くなった感じするぞ!」
「攻撃力も上がってます! 私の攻撃が通りました!」
よく分からないが、とりあえずパワーアップしたことを良いことに、ガルバドスへ次々と攻撃を加える二人。
詩織のライトニングミラージュが固い羽根を貫く。
エナジーキャノンに換装した蒼の砲撃が確実にダメージを与える。
時間稼ぎが一転、蒼達が狩る側に回ったのである。
■ ■ ■ ■ ■
「はぁ……はぁ……! この命……この地に捧げます……!!」
だが、ティナに異変が起きていた。
みるみる内に血色が悪くなり、呼吸が乱れ始めたのだ。
「おい! お前! どうなってんだ!? 熱っ!!」
異変に気が付いた響がティナを揺すろうとしたが、その身体は異様な高温になっていた。
「バカナミコダ……“リンク”ヲオコナッタナ」
突然どこからともなく聞こえた気味の悪い声に、響と香子は身構える。
「ミズカラバショヲサラストハ」
「イノチツキルマエニトラエルノダ」
辺りの建物の影から、トカゲ顔の人間とも、二足歩行のトカゲとも思える謎の生物がゾロゾロと現れた。
「!! こいつら……! 前に出現情報があったリザードゼルロイド!」
その姿は、以前、紫の魔法少女を襲撃したトカゲ型ゼルロイドに瓜二つであった。
「リザード……?ゼルロイド……?ワレラハ“リザリオス”。カミノチョクゾクヘイ」
「ミコヲワタセ。ソノモノハカミノハナヨメトナル」
「はぁ!? 花嫁?」
「どうにしても、お前らみたいな変な奴らにティナは渡せねぇな!」
ティナを庇うように背中を合わせ、戦う構えをとる二人。
「今なら新里さんのエネルギー場の外よ。アタシが援護に回るわ」
「おう! 変身!」
「メタモルフォーゼ! ユナイト!」
赤い閃光が響を包むと共に、辺りに火の粉を思わせるエネルギー粒子が舞い始めた。
香子もコンバータースーツを纏い、レイズイーグルと合体する。
「カカレ!」
その掛け声とともに、リザリアス達が二人に飛びかかった。
■ ■ ■ ■ ■
その頃、上空でも異変が起きていた。
ガルバドスが突然、蒼達から離れ、ティナのいる大城市中心街の方へ急降下を始めたのだ。
丁度、ティナや香子、響がいるであろうその位置から、白い光の帯が伸びていた。
「先輩! あれ!」
「この光を追ってるのか……? もしかしてこれ、ティナが何かやってるのか!?」
「早く追いましょう! きゃあああああ!!」
いち早くガルバドスに追いすがった詩織だが、突然展開された赤いエネルギー場に弾かれ、吹き飛んでしまった。
「なっ! 新里!? 下でも何か起きたのか!?」
詩織のエネルギー場を突き抜けてしまった蒼は、響のエネルギー場に突入。速度が大幅にダウンしてしまう。
「高瀬くん! 急いで離脱して! 空対空ミサイルが来るわよ!」
御崎からの緊急通信が入った。
このてんやわんやの状況に、さらに自衛隊が乱入してきたのだ。
先ほどまで首を長くして待っていたが、この場においては、かえって蒼を混乱させる存在であった。
音速に近い速度で降下していくガルバドス。全力でも690km/hしか出ない自分。あと数秒で飛来する空自のミサイル。下で発生した戦闘。
もはや誰かと相互に連絡を取っている状況ではない。
「だー! もうイチかバチかだ! ブレードホークイジェクト!! 行けえええ!!」
蒼の背から離れたブレードホークは、軽やかに加速し、超音速でガルバドスを追い抜き、鋭く切り返し、敵の鼻先に勢いよく体当たりを仕掛けた。
スペースチタニウムの剣が、敵の目に突き刺さった。
「ギュエエエエエエエエエ!!」
激しい叫びと共に、その降下速度が大幅に落ちる。
その横をブレイブウィングの全速力で一気に駆け抜け、ティナたちのいる繁華街の広場に急降下していく。
背後で激しい爆発音。
空自のミサイルがガルバドスを捉えたのだ。
鋼の羽毛を備えていようとも、ミサイルには耐えられない。断末魔と共に燃え上がったガルバドスが、落下してくる。
「レーザーシールド!!」
赤い粒子を借り、ティナによる能力の底上げを受けて展開したレーザーシールドは、未だかつてないほど広大で、強固な障壁となった。
繁華街のアーケードを丸ごと覆いつくす規模の赤いドームが出現し、衝突したガルバドスが激しく燃え上がる。
同時に、6条の軌跡がガルバドスに伸び、激しく爆発。
鋼の怪鳥は跡形もなく吹き飛んだ。
「バカナ! ガルバドスガ! キサマラ! ヒケ!」
無敵と信じたガルバドスの無残な最期に怯んだのか、リザリオス達は次々と踵を返し、蜘蛛の子を散らすがごとく、建物の隙間へと逃げ去っていった。
香子たちが後を追ったが、彼らは煙の如く姿を消していた。





