第3話:異次元指導者ザルド
「どういうことだ! アマトの地を滅ぼすことも出来ず、ティナすら捕えられず、あまつさえアマトの民に倒されるなど!」
次元の彼方。ウボームの根城。
ウボーム最高指導者ザルドは、参謀長デューに激昂する。
これまで数多の世界を焼き、滅ぼし、その地へ逃れた戦巫女を捕らえてきた征服獣ドルドラスが、マナの力さえ持たないアマトの民に倒された。
その事実が軍に与えた影響は大きく、魔獣の支配者たるザルドの権威に傷がついたことは言うまでもない。
神の世界への昇華。
ウボームはその御旗の元に、富も、資源も、衣食住すらも投げうち、最低限度の暮らしの保証すらかなぐり捨ててクーデターに参加した者たちの集合体だ。
既に人の世としては黄昏時を迎えているこの世界において、神の世界を作る野望が叶わないとなった時、ウボームは空中分解し、血で血を洗う最期の内乱が起きることは目に見えている。
「はっ! あ奴らの能力……マナや聖の力ではないそれを想定に入れておりませんでした! 早急に次なる転送陣をお作り致します故、32時間ほどお待ちくだされ!」
参謀長デューが祈祷師達へ檄を飛ばし、祭壇の周囲に巨大な文様を描かせる。
塗料ではなく、祈祷師の手から放たれる謎の光線によって形作られるそれは、闇に包まれた祭壇を怪しく彩っていく。
「遅い!24時間で終わらせよ! 鋼翼獣ガルバドスを送り込み、今度こそアマトの地を滅ぼし、ティナを捕らえるのだ!」
「はっ!!」
祈祷師達を叱咤するデューを尻目に、ザルドは一人、地下へと続く階段を下りて行った。
地下階段を下りた先。薄暗い石の回廊が伸びる。
回廊の壁には横穴があり、一定の間隔でそれが並ぶ
松明が照らしてはいるが、数メートル先も見通せないこの闇の中にあって、横穴の中は見通すことが出来ない。
よく見ると横穴には檻が付いており、ここが地下牢獄であることを示している。
その闇の四方から、すすり泣く声や、ガンガンと何かを叩くような音が響く。
ザルドはその音声を気に留めず、最深部の一際大きな牢へ歩み寄る。
「愚か者!!」
突然、檻の中から突き出た腕が、ザルドの顔面へと伸びる。
しかし、寸でのところで拳は止まり、檻の中から歯ぎしりする音が聞こえた。
「巫女長様は相変わらず血気盛んであるな」
「黙れ! 貴様の訳の分からぬ宗教のために、この国は……世界はもう終わりだ!」
巫女長と呼ばれた女性は檻を握りしめ、ザルドを怒鳴りつける。
ザルドはその様子を満足げに見下し、彼女に掌を向ける。
「ぐはぁ!!」
掌から放たれた何かによって、牢の奥へ吹き飛ぶ巫女長。
強かに体を打ち付け、激しく咳き込みながら蹲る。
「口を慎め。我は新たな世界の神となる者ぞ」
ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべるザルドを、尚も睨みつける巫女長。
「明日、アマトの地へ鋼翼獣ガルバドスを差し向ける。かの地は滅び、ティナも我が物となる。貴様には最期の仕事をしてもらわねばなるまいな」
「貴様……!」
「まあ、楽しみに待っておくことだな ハハハハハハハ!」
回廊の先へと消えていくザルドの背中。
「すまん……ティナ……!」
その背を睨みながら、巫女長は己の無力さに涙を流した。
■ ■ ■ ■ ■
所変わって大城市駅前。午後5時半。
フードを被ったティナと蒼、香子が並んで歩いている。
一応害は無さそうということで、蒼らが引率するという条件のもと、宮野がティナの外出見物を許可したのである。
緩いのか、しっかりしているのかよく分からない人だ。
「すごい……! ドルドラスに破壊されてなお、街が健在だなんて……!」
駅前の繁華街に出現したドルドラス。その被害は驚くほど軽微であった。
ゼルロイドによって日々脅かされている大城市街には、建造物の破壊を妨げる数多くの工夫がされている。
例えば、外壁の周囲に衝撃緩衝用の余剰外壁を作り、建物本体の破壊を防ぐ構造だったり。
ブロックで区分けされ、破壊された区画のみの交換ですぐに復旧できる構造だったり。
最新の建物にはエネルギー障壁、すなわちバリアを備えているものすらもあるのだ。
また、多くの商業施設には地下シェルターがあるので、人命保護も万全である。
「破壊の防止だけじゃなくて、魔法少女や自衛隊が敵と戦いやすくもなるよな」
そう言って蒼が笑う。
トマホークが着弾、炸裂した地点の周囲には流石に焼け跡、焦げ跡があり、黄色テープで封鎖されているが、少し離れれば何事もない商店街の風景がほぼ無傷で残っている。
時間が時間だけに、夕飯の支度のため買い物にきた主婦や、休日の午後をゲームセンターやカラオケ店で過ごす学生達。休日出勤帰りか、くたびれた雰囲気で飯屋に入っていくサラリーマン等が街を賑わせている。
「私たちの世界とは全く違う、でも、遥かに進んだ世界です……。これならウボームの侵略にも耐えられるかもしれません……」
「あの程度の手駒しか持ってないなら、この世界の破壊なんて絶対に無理だな」
蒼の自信に満ちた言葉に、ティナは一瞬表情を綻ばせたが、ふと、その顔に影が差した。
「こんなことなら、わたしもあの世界で巫女長様と共に最期まで戦うべきでした……」
「巫女長?」
「ええ、わたし達セルフュリア共和国に仕える戦巫女の長です……。わたしは巫女長にこの世界を守る命を受けたのですが、この調子ではわたしは何の役にもたてなさそうで……」
ズーンという効果音が聞こえそうなほど項垂れ、ボソボソと泣き言を垂れるティナ。
蒼が何かフォローしようと口を開きかけたのを香子が制止する。
「大丈夫よ! あなたが来なかったら、この世界は襲い来る敵の正体も知ることが出来なかったわ。きっとこの先、あなたにしかできないことが見つかるはず!」
ティナの頭をポンポンとさすりながら、優しく諭す香子。
その言葉に、ティナは少し涙ぐんだかと思うと、「香子さーん!」と抱きつき、香子の胸にグリグリと頬擦りする。
(い……痛い!!)
ティナの角は思ったより尖っていた。





