第2話:異次元軍ウボーム
無事、侵生対本部へと連行された角の少女。
密室で蒼、香子、宮野の三人に囲まれ、少し居心地が悪そうだったが、宮野の差し入れた風船羊羹を気に入った様子で、それを食べるうち、徐々に会話に応じてくれるようになった。
先ほどはよく分からなかったが、よく見ると、蒼や香子よりもだいぶ幼く見える。中学生くらいの容姿だ。
「わたしの名前はティナ。セルフュリア共和国の戦巫女です」
異次元の彼方に存在する……。いや、存在したと言った方が正しいだろう。
自分は内紛で滅亡した共和国の巫女であると彼女は言った。日本語で。
普通、こんなことを言う者がいれば、メンタルケアへ搬送される案件である。
しかし、彼女の頭から生える角、緑色の色素を持つ髪、そして、魔法少女のような能力。それらが彼女の証言にある程度の説得力を持たせていた。
日本語を喋る点はさておき……。ではあるが、少なくとも、普通の人間というわけではなさそうである。
聞けば、彼女の国を滅亡に追いやった内紛を首謀した軍事組織「ウボーム」の異次元侵略を止めるべく、この世界へと降り立ったのだという。
先ほどトマホークにあっさりと焼き殺された巨大生物は、並みの文明であれば一月程度で滅亡へと追い込める代物で、マナ攻撃も、聖攻撃も殆ど効かないそうだ。
聞き覚えの無い単語に首を傾げる三人。
ティナが言うには、大地に満ちるエネルギーを借りて武器とするのがマナ攻撃、自身の祈りを力に変えて放つのが聖攻撃らしい。
数多くの世界で用いられている攻撃手段で、それが通じないというのは大層な脅威らしい。
「この世界の人の多くはこの力を持っていませんし、持っていても微弱です。ドルドラスにかかれば1週間も耐えられない程度の異世界であると敵も、なんならわたしも思っていました……。しかし……」
「あっさり死んだわな。そのドルドラスとかいうヤツ」
機械、兵器という概念が希薄で、世界の発展をマナの力や、聖なる力、魔法……その他諸々のスピリチュアルなエネルギーに頼ってきた彼女たちには、この世界の文明の強さを測り違えたようだ。
「それならもう襲ってこないんじゃないの? その……ウボームだっけ?」
「いえ、奴らは必ず襲ってきます」
「ふむ……。そう考える理由を教えていただけますか?」
宮野も侵生対のリーダーとして、迫りくる脅威には敏感だ。
それが自衛隊の火器でオーバーキルされる程度の敵であってもである。
「ウボームの侵略目的は資源や土地ではありません。全ての異次元の滅亡が目的なのです」
聞くに、ウボームは全ての異次元を滅ぼした時、自分たちの世界は神の住む世界へと昇華される。というカルト宗教真っ青な理屈を御旗に内紛を起こしたのだという。
そして、血の気の多い小国、宗教国家、武装民族等を抱き込んで、セルフュリア共和国の管理していた異世界への転送陣を武力で乗っ取り、ドルドラスを始めとする魔獣をあらゆる異次元へ送り込んだのだ。
既に数々の世界を滅ぼした後、彼らの転送陣が接続できる範囲で最後に残ったのがこの世界だったのである。
この世界は彼らの言語で「天へ昇華する階段」を意味する「アマト」と名付けられ、侵略し、滅亡させる気満々だというのだ。
「はた迷惑な話だなぁ……。こちとらゼルロイドで手一杯だってのに、異次元からの侵略者だもんなぁ」
「ただ、現時点では大きな脅威にはなっていませんし、しばらくは自衛隊に任せましょう。事の真偽は現時点では図りかねますので、ひとまずティナさんの身柄は我々侵生対で管理させていただきます。よろしいですか?」
宮野のやや有無を言わせぬ圧力を帯びた質問を、ティナは快く承諾した。
「分かりました。どの道帰る術も、国も存在しない身。わたしの処遇はあなた方にお任せいたします」
「ふぅん……」
その言葉に、蒼の眼鏡が妖しく光った。
あのカプセルの犠牲者が、また一人増えることが決定した瞬間だった。
■ ■ ■ ■ ■
「うう……あ……」
「大丈夫? 気分悪くはなるけど、害は無いから安心して」
蒼に身体検査の名目でカプセルに押し込められ、念入りにスキャンされてしまったティナ。
スキャンされた者の例に洩れず、ぐったりとベッドで横になっている。
香子が冷やしタオルをティナの額にかけ、うちわで扇ぐ。
「わたしは人の悪意や負の感情に敏感なのだけど、彼にはそれが全く感じられませんでした……。善意で人をこんな目に遭わせられるのはある意味すごいことですよ」
「まあ……。アイツはそういうヤツなのよ……」
次元を跨いだサイコ認定を食らったことなど気にも留めず、蒼はホクホクとした顔で分析結果を眺めている。
「ティナちゃんってキメラなんだね! これは君の世界の技術か何か?」
パソコン椅子をクルリと回して立ち上がると、満面の笑みを浮かべながらティナに歩み寄る蒼。
ティナは一瞬怯えるような素振りを見せたが、蒼の行動に悪意の類を感じ取れなかったので、肩の力を緩めた。
「わたしたちの世界では、戦いに身を投じるものは獣と融合するのが常識です。わたしも翠玉の飛竜と融合し、マナや聖の力を強化しています」
「へぇ! 大した機械文明もないのにすげぇな! どんなカルト技術使ってんの!?」
自分の故郷が腐された気がしたが、蒼に悪意がないことを感じ取ると、ティナは自国に伝わる人獣融合術について説明を始めた。
と言っても、とてもこの世界で再現できるようなものではなかったが……。
最終的に蒼は興味を失ってしまった。
何やら非常に失礼なことをされているような気がしたが、ティナは尚も蒼から悪意を感知することが出来なかった。
「ティナちゃん……悪意の有無に限らず怒るときは怒っていいのよ……?」
その言葉に最初、ティナは困惑したが、香子に言われるがままに、とりあえず蒼に頭突きを食らわせておいた。





