第2話:初陣! ウィングユニット 対 スティンガーゼルロイド
『ゼルロイド出現です。 現在位置送ります』
詩織から連絡が来たのは蒼が部屋でコーヒー豆をゴリゴリと削っている最中だった。
「早速来たか!」
矢も楯もたまらず送られてきた位置情報の場所に走る蒼。
「ウィング発進!」
腕時計型ウィング操作デバイスに叫ぶと、魔法少女部の部室から射出されたウィングが瞬く間に飛来し、蒼の背中にドッキングする。
「待ってろよ新里! 今行くぞ!」
体内のエネルギーをブースターの奔流に変え、夕闇迫る街の空を勢いよく飛行する蒼。
白い光の帯を引きながら、ものの数十秒で送られてきた座標まで到達する。
既に黄色のエネルギー場が展開されており、その中で宙を舞いながらサソリ型ゼルロイドと戦闘している詩織の姿が見えた。
「ウィングシステムチェンジ!」
詩織の展開するエネルギー場に突入すると同時に武骨な灰色の翼がみるみるうちに黄色の光を纏い、翼と武器を接続するエネルギーケーブルが同じく黄色の光を迸らせる。
翼を翻し、蒼は勢いよく降下していった。
そして、それに呼応するようにエネルギー場が力強く光り輝き始めた。
「はぁ……はぁ……こいつ硬い!」
廃工場に潜んでいたサソリ型ゼルロイドに詩織は苦戦を強いられていた。
全長は5m程度で驚くべき大きさというわけではないが、その全身を覆う甲殻が恐るべき硬度で、詩織の 短刀「ライトニングダガー」を全く通さない。
それどころか鋭利な針を無数に備えた長大な尾がヌルヌルとした粘液を撒き散らしながら襲い来るので、接近して攻撃するだけでも至難の業である。
「なんで街のど真ん中にサソリが出るのよっ! ライトニングミラージュ!」
どこかで飼われていた個体がゼルロイドの餌食となったのだろうか、そんな文句を垂れながら必殺技を放つ。
無数のエネルギー刀がゼルロイドの尾に次々と斬撃を与え、ガキンガキンと硬質な音が響き渡る。
しかし、尾を覆う甲殻もまた強固で、尾を切り落とすには至らない。
「うぅ…相性が悪すぎる…」
スピードで敵を翻弄し、追い詰め、急所を突いて致命傷を与える。
それが詩織の得意とする戦闘スタイルなのだが、今回の敵は強固な守りを武器に相手が飛び込んでくるのを待ち構えるタイプ。
恐らくは尾の一撃を受ければ詩織は致命傷を免れないだろう。
敵から逃げるだけなら詩織が有利と言えるが、仕留めようとするには絶対的に相性が悪いのだ。
じりじりと距離を詰めてくるゼルロイド。
尾の一閃を躱しては再び距離をとる詩織。
互いに決定打を与え得ないイタチごっこが続く。
持久戦に持ち込み、自分のエネルギー場の中で敵が弱るのを待つしかない。
だが弱ったとして、どうやってこの硬質な外殻を破壊し、敵の体内へプラスエネルギーを撃ち込めばいいのか……。
等と詩織が考えを巡らせ始めた時。
「キャッ!」
作戦を練るあまり足元がお留守になり、敵の尾がまき散らした粘液に足を取られ、転倒してしまう。
「なっ!なにこれ!? 動けない……!!」
その粘液は詩織が触れた部分からネバネバと硬化し、彼女は両手、両足を地面に縫い付けられたように、身動きが取れなくなってしまった。
必死で体を揺すり、逃れようとするも、もがけばもがくほど粘液が体に絡みつき、ますます自由を奪われていく。
サソリ型ゼルロイドは勝利を確信したかのように毒液滴る尾を振りかざし、詩織にじりじりと迫る。
「い…嫌っ!!」
まさに、詩織に向けて一撃必殺の尾が振り下ろされそうになった時。
「新里おおおお!!」
上空から馬鹿でかい叫び声と共に、蒼が急降下してきた。
「アームブレード!!」
蒼の右腕の手首から白く輝く短刀が出現し、そこに黄色い粒子が集まる。
やがてそれは刃渡り1mはあろうかという金色の刃となった。
詩織に気を取られていたゼルロイドは上空からの急襲に対処できず、回避の姿勢を取ることも出来ない。
「てやあああああ!!」
蒼の叫びに共鳴するように輝きを増した光の刃が一閃を描く。
ゼルロイドの長大な尾が中ほどで切断され。脅威たる毒針の塊がゴトリと転がり落ちた。
切断面から体液が噴き出し、ゼルロイドは力なく倒れる。
「助太刀にきたぞ!」
「先輩!!」
蒼のブレードで手足を覆っていた硬質粘液を破壊してもらい、解放される詩織。
「どうだこのアームブレードの切れ味! 堅いゼルロイドも一刀両断! こりゃ想定以上の威力だ! 驚いたか!? 正直俺も驚いてる!」
右腕を振り上げ、光輝く剣を詩織に見せる。
予想外の威力を自慢しながら感動し、感動しながら自慢し、はしゃぐ蒼。
その無邪気な笑顔に、詩織は彼に対する不信感が解けていくような気がした。
「む……来るぞ!」
見ると、起き上がったゼルロイドが鋭利な一対のハサミを構えてこちらを威嚇している。
蒼も敵へ向き直り、両腕のブレードで敵を牽制する。
「新里。俺と一緒に戦ってくれるか?」
背を向けたまま、蒼が語り掛けてくる。
思えばこの人も自分と同じ、一人だった。
誰にも理解されず、それでも魔法少女と共に戦いたい、魔法少女を守りたい。
その一心で一人魔法少女部を作り、ウィングシステムを作り、今日この瞬間まで彼なりに孤独に戦っていたのだ。
その銀色の背にこの上ない頼もしさを感じながら、詩織はゆっくりと立ち上がった。
「はい…… 戦いましょう! 私たち魔法少女部で!」
その答えに蒼が満面の笑みで振り返る。
「これからよろしく頼むぞ部員一号!」
「こちらこそよろしくお願いします!!」
蒼が手を差し出し、詩織もそれに応え、がっちりと握手を交わす。
直後、こちらの出方を見計らっていたゼルロイドが隙ありと見たのか、ハサミを振りかざして突撃を仕掛けてきた。
「ライトニングアンカー!!」
詩織が閃光と見まごう速度でハサミの斬撃を躱し、尾の切断面に光の短剣を打ち込む。
その刃は尾の内側を破壊しながら突き進み、尾の付け根で激しく炸裂した。
完全に裂け落ち、地面に叩き落された尾の残骸が生き物のようにビタンビタンと痙攣する。
ゼルロイドも致命的なダメージを負ったらしく、フラフラと力なく後退する。
「今だ! エナジーキャノン!!」
上空に舞い上がった蒼の翼に備えられた一対二門の砲が激しく発光し、眩い光弾が放たれた。
次々と放たれるその光弾は周囲の黄色い粒子を巻き込み、閃光の雨となって降り注ぐ。
雨のようなエネルギーの掃射がゼルロイドの甲殻をぐしゃぐしゃに砕きながら、ボロボロの廃工場の床を滅茶滅茶に破壊し、下の階層3段にも及ぶ大穴を穿った。
ゼルロイドは黒い粒子となって分解し、やがて完全に消滅した。
■ ■ ■ ■ ■
「うーん」
翌日、部室で一人タブレットを睨む蒼。
「こんにちはー。先輩何唸ってるんですか?」
「いや、どこのニュースサイトにも俺のニュース出てないなって……。君らはゼルロイドと戦ったりするとよくニュースなりSNSなりに載るじゃんか」
魔法少女とゼルロイドの戦いは大衆の注目の的である。
彼女たちがゼルロイドを倒した情報は瞬く間にメディア媒体を問わず広がり、人々に希望を与える。
絶望を糧とするゼルロイドに対してはそういったニュースの拡散もまた重要な対策となるのだ。
「あ、先輩の記事なら見ましたよ。ほら」
詩織の差し出したスマホの画面には電子新聞の地域ニュース欄が映し出され、「怪異?亀崎工業跡地に火球落下か」の文字が躍っていた。
「怪奇現象扱いかよ!」