第36話:決着! 詩織 対 カライン
「あーあ……。美味しい子見つからなかったわ。残念」
つまらなさそうに戻って来るカライン。
「お腹減っちゃった……。誰を食べちゃおうかしら」
並ぶカプセルに囚われた哀れな魔法少女達を、まるでウィンドウショッピングを楽しむかのように見て回る。
怯える彼女たちを一通り眺めた後、詩織たちのいる一角に歩を進めるカライン。
「そうそう。お楽しみが取ってあるんだった」
彼女はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ、詩織を閉じ込めてあるカプセルへと歩み寄って来る。
(ヤバい! まだエネルギーのチャージができてない!)
詩織の背を嫌な汗が流れる。
詩織のカライン抹殺作戦(詩織命名)を確実に成功させるには、コンバータースーツのエネルギーチャージが不十分なのだ。
スーツが守ってくれているとはいえ、マイナスエネルギーに覆われたこの空間では、プラスエネルギーの回復、充填が大幅に遅くなってしまう。
もう無理やりにでも攻撃を仕掛けるしかない。
詩織が右腕のナイフにエネルギーを送り込もうとした時。
「あなた、わたしはずっと食べたいと思ってたの。あの不味い奴に邪魔されて食べ損ねたから」
カラインの方から話しかけてきたのだ。
そしてやはりと言うべきか、この個体は廃ホテルで蒼と詩織を襲ったものと同一であった。
「なぜ……こんな酷いことを……? あなたは何者なの!?」
詩織は焦りと恐怖を押し殺し、冷静に会話を試みる。
響によると、キレたり、泣き喚く者ほど、カラインは喜んで「捕食」するらしい。
一分一秒でも時間が欲しい現状、とにかく冷静になり、カラインの捕食本能を刺激しないことが重要だ。
「なぜって? 美味しいからよ? 私は照月美幸……いえ、唐磯凛? 南本彩?」
およそ意味の分からない答えを返し、その上自分の名前でうんうんと唸り出すカライン。
一定の知識と言語は持っているが、知能や感性は人間のそれとは大きく異なるようだ。
(やっぱり寄生した相手の脳から情報を抜き取って使ってるのね。高瀬先輩……。考察、当たってましたよ)
「あなた、最近可愛くなったけど、なんで顔が綺麗になったの?」
彼女の混乱を誘発させ、少しでも時間を稼ぐべく、以前、自分や蒼が疑問に感じていたことをぶつけてみる。
「顔は綺麗にしないと駄目よ? 綺麗な方がかわいいから!」
まあ、大概意味はよく分からないのだが、会話に応じてくれるのならそれでいい。
「ゼルロイドはなんであなたのお友達なの?」
「わたしがエサを上げると喜ぶのよ。いらなくなった美味しい子を食べさせたら、すっごく強くなるのよ」
「私たちのニセモノは何なの?」
「あの子たちは僕よ。私はお姫様。美味しい子そっくりだけど美味しくないのが残念よ」
若干ではあるが、彼女の謎が解けてきた……のだろうか?
これを蒼に聞かせたら、また興奮して新メカを作ってくれたのだろう。
詩織は少ししんみりとしてしまった。
「じゃあ、いっぱい美味しいの食べるわよ」
一見、会話を楽しんでいたような素振りを見せてはいたが、所詮は寄生生物か、そっけなく詩織に告げると、手のひらを詩織のカプセルにかざしてきた。
(しまった! まだ少し足りない!)
「ちょっと待って! えーっと! 頭を切るときどんな感じなの?」
「…………」
「この場所は何なの?」
「…………」
捕食モードに入ったのか、詩織の声を全く聴こうとしない。
(威力不十分でも、もうやるしかない!)
身構える詩織、カラインはその様子に一瞬首を傾げたが、特に気には留めず、あの黒いガスを放つサインを送ろうとした。
「くそっ! 放せ! ここから出しやがれ!!」
しかし突然、響が叫び、暴れ始めた。
「あら? まだおしおきが足りないの? もっと苦しめてあげる!」
カラインの目が加虐心に満ちた笑みに変わり、響の下へ走っていった。
その性質はカライン本来のものなのか、それとも宿主から受け継いだものなのかは分からないが、詩織は貴重な時間を得た。
さらに、カラインの意識は響に釘付けになっている。
「ぐああああああ!!」
カプセル内に黒い電撃が走り、響は悲鳴を上げて苦しむ。
一瞬、詩織を見据えたその瞳には、決して屈することのない強い意志が宿っていた。
「ぐっ……! こんなんでウチがへばると思うなよ!」
顔を歪めながらも、さらにカラインを挑発する。
カラインはますます嬉しそうに笑い、彼女への攻撃をさらに激していく。
(響さん! 私のために身代わりに! 私……何としてもカラインを倒します!)
右手に意識を集中し、最期まで戦った蒼への熱い想い、傍らで倒れ込む香子を守るという強い意志を脳内に巡らせる。
魔法少女の力の源は勇気や希望、愛といったプラスの感情だ。
詩織は胸の奥が熱くなる感覚を覚える。
その熱は肩へ、腕へ、そして、右手首の短刀へと流れていく。
「高瀬先輩……! 私に力を貸してください……!」
デバイスを操作し短刀、ライトニングナイフを起動すると、詩織はカプセルに思い切り刃を突き立てた。
バリン!という快音と共にカプセルの膜がはじけ飛ぶ。
その破片の中を、彼女自慢の健脚で走り抜けていく。
「あっ! 逃げたわね!」
カラインが詩織に意識を向けた時、既に詩織はアームブレードにたどり着き、そのまま刃を振りかざし、カライン目掛けて突進しているところだった。
「アハハハハ!」
カラインは魔弾、拘束魔法陣、鎖、電撃等、あらゆる能力で迎え撃つが、高速で走る詩織を捉えられない。
詩織の勇気が、蒼への想いが、香子を守る意志が、詩織の背中を押しているかのように、彼女は降り注ぐ黒い連撃の中を走り抜けた。
「ライトニング・アームブレード! でやああああああ!!」
詩織のナイフユニットにチャージされたエネルギーが、アームブレードの刀身を眩く輝かせる。
カラインがその輝きに耐えられず、思わず目を瞑った次の瞬間。カラインの身体は上下に両断されていた。
「先輩の仇!!」
返す刀で、今まさに崩れ落ちようとしているカラインの肉体を滅多切りにする。
超音速で繰り出される刃の乱舞に、カラインはあの気味の悪い声も、断末魔さえ上げる間も無く、物言わぬ肉片へと姿を変えたのだ。
「おお!! すげえぞ! あいつを倒したぜ!」
響が驚嘆の声を上げた。
詩織はまだ輝きの残る刃で響を捕らえるカプセルと、壁を切り落とし、彼女を解放した。
香子のカプセルを破壊したところで、刃に宿った光は消えていき、刀身には無機質な輝きだけが残されていた。
それはまるで、蒼の魂が最後の役目を終え、この世を去ってしまったようで……
「う……う……うわああああああああああん!!」
詩織は感情を抑えることが出来なかった。
響が詩織を慰めようと駆け寄ろうとした、その時。
辺りの壁が、床が、天井が激しく波打ち始めた。





