第31話:赤い罠
「新里さん大丈夫なの!?」
侵生対本部。医務室で横になる詩織を心配そうに見下ろす御崎。
「ええ、体の痺れはもう取れました。痛みはすごかったですが、傷はそんなに深くないみたいです」
「本当に大丈夫? カプセル入る?」
「それは本当に大丈夫です!!」
魔法少女は戦闘後、急速にダメージが回復する。
蒼は、エネルギー場から取り込んだ余剰エネルギーを使ってダメージを治癒しているのだろうと予想していたが、今のところ定かではない。
「ダメージを回復するだけじゃなく、疲労まで回復しちゃうなんて便利な特徴よね~。私も欲しいわ、魔法少女の力」
ゴキゴキと首を鳴らし、ため息をつく御崎。
彼女も蒼程ではないにせよ、相当疲れているのだ。
ふと、詩織があることに気付く。
「先生ってちょっと前まで学校にいましたよね!? 何でもうここにいるんですか!?」
「うーん……まだ内緒!」
「えぇ~。気になるんですけど~」
口先を尖らせ、ブーブー言う詩織をスルーしつつ、御崎は敵の情報をデータベースに入力していく。
「真っ赤な球体、それと巨大な赤い触手、なのか体なのかよく分からない長いモノ……。多分関係してるでしょうね。巻かれ心地はどうだった?」
「巻かれ心地って……。なんかグニョグニョしてましたね。クラゲとか、ナメクジとかそっち系でした。無茶苦茶痛かったので電流か毒か使えるんじゃないですかね?」
「クラゲの触手っぽい感じがするわね。毒針持ってる種もいるでしょ? ま、何はともあれ高瀬くんに報告しておかなきゃね」
「あ! ちょっと……」
今日一日はじっくり休ませてあげてください。と、詩織が言おうとすると、
「分かってるわよ。報告は明日の部活の時にしましょ。私からもいいお知らせがあるし」
御崎は随分嬉しそうな表情で応えた。
「とりあえず貴方は今日ここに泊まっていきなさい。親御さんには連絡しておくから」
「はい……。お言葉に甘えます」
■ ■ ■ ■ ■
「体調はどう? 食べれる?」
「ああ、かなり気分がいい……」
5時間超ぐっすりと寝たおかげか、蒼の血色はだいぶ良くなり、香子の作ったおじやを啜っている。
「もう11時じゃんか……。何か悪いな」
「私は大丈夫。それに、アンタには早く元気にもらわないと、今は大事な時だからね。どう?美味しい?」
「塩っぱい……」
「そこは美味しいって言いなさいよ……」
有難いことに、香子は夕飯の準備だけでなく、溜まっていた洗濯物や、最近サボりがちだった部屋の掃除もやってくれていたようだ。
「そうそう。布団新しいの開けちゃったけどいい?」
「ああ、そういえば来客用買ったきり未開封だったわ。いいよ。そんなに良いモノではないけど」
「今度はちゃんと良い布団買っておいてよね。食器洗っとくから、アンタはもう寝なさい」
「何から何までありがとう。先に寝させてもらうわ。明日からはまたバリバリ頑張るからな」
「だから程々にしときなさいっての……」
■ ■ ■ ■ ■
「はぁ…はぁ…」
蒼と香子が眠りについた頃。
赤の魔法少女が街外れの旧道トンネルで人知れず危機を迎えていた。
対峙するのはあの、巨大な赤い触手。
赤い球体型のゼルロイドを追っているうちに、この旧道へ誘い込まれてしまった形だ。
「フレイムナックル!!」
赤の魔法少女の両の拳に燃えるような光が走り、振り回される触手の先端と激しい打ち合いになる。
「くっ!! あぁ!!」
先に根を上げたのは赤の魔法少女の方であった。
彼女の手の甲は赤く腫れ上がり、手首、二の腕にかけて赤い斑点が無数に生じている。
「くそっ! 毒針か何かか……!?」
拳が触手を打ち据えるたび、鋭い痛みが拳を、腕を襲う。
自分がこれほどのダメージを負っているのに、敵は全くダメージを受けた様子がない。
彼女は徐々に焦り始めていた。
このままダラダラと戦闘が長引けば、人や、車がやって来る恐れが生じる。
旧道とて、僅かながら人通りはあるのだ。
特にこの辺りは廃墟、廃工場跡地が残る場所。肝試しに来てゼルロイドに襲われる若者が後を絶たないのである。
しかし、彼女を焦らせていたのは、それだけではなかった。
(このままじゃこっちの体力がもたねぇ……! 早く倒しきらねぇと!)
頑丈な体と強力無比のパワーで、相手と真っ向から殴り合い、ねじ伏せるのが彼女のスタイル。
今回のような正体不明でトリッキーな敵と戦うことは、彼女の特に苦手とするところであった。
じわじわと体力が奪われ、同時に、毒か何か分からないが、手足が徐々に痺れ始めている。
長期戦になると、分が悪いのは確実に彼女の方であった。
(先端はいくら打っても全然堪えてねぇ……。それなら、イチかバチかだ!)
彼女を捕えるべく伸びてきた触手の先端部を、軽快なステップで躱し、トンネル脇のマンホールから生える触手の根元へ一気に間合いを詰めた。
「おらぁああああああ!!」
マンホールいっぱいに詰まった触手は、逃げることもできず、赤い拳を一方的に受け続ける。
その度に、針が差すような激痛が襲うが、彼女は怯まず殴り続ける。
徐々に、打ち据えられた触手の腹(?)がミシミシと裂け始め。彼女はここぞとばかりに、その巨大触手をホールドする。
「うりゃあああああああ!!」
そのまま腕に渾身の力を込め、同時に、思い切り体を捻り、プラスエネルギーを激しく炸裂させながら触手を根元から引きちぎった。
「はぁ……はぁ……はぁ……! どうだ!!」
全身を襲う痺れに、片膝をつき、肩で息をしながら、敵を睨み据える赤の魔法少女。
引きちぎられた触手はドロドロと溶け、黒い粒子をまき散らしながら霧散していった。
「やった……! 何とか……勝て……た……」
しかし、彼女のダメージは激しく、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
先ほどまでの激闘が嘘のように、辺りは静まり返り、トンネルの壁を流れる水の音がやけに大きく響く。
その音に、気色の悪い、ドボドボと何か、排水が逆流するような音が混じった気がした。
「なん……だ……」
何とか動かせる首を振り、音のする方を向く。
「嘘……嘘だろ……!!」
倒したはずの巨大な触手が、同じマンホールから伸び上がってきていたのだ。
「くっ……そぉ!! ぐあああ!!」
立ち上がろうと必死に上体を起こしたが、それを押さえるように、上空から赤い一撃が加えられる。
「あっ!! がっ!! くあぁっ!!」
あかい触手が足を、腹を、胸を、幾度も、幾度も打ち据える。
その度に、刺すような痛みが走り、赤の魔法少女の意識が遠のいていく。
「ア……ヤ……ご……め……」
全身を滅多打ちにされながら、彼女の意識は闇の中へ消えていった。
意識を失う前に口をついて出たのは、贖罪の言葉であった。





