第30話:赤く太い触手
新型ゼルロイド監視システムが試運転を開始してから2週間。
大城市のゼルロイド被害は目に見えて減少していた。
ゼルロイドの出現を早期にキャッチし、魔法少女達が素早く対処できるようになったためである。
だが、被害減少の要因はそればかりではない。
大城市民の、ゼルロイドに対する脅威の度合いが大幅に下がったことも、ゼルロイドの発生抑制に一役買っている。
糧となる恐怖や絶望無しに、彼らは生存、増殖出来ないのである。
しかし、喜んでばかりもいられない。
あの恐るべき強敵、カライン、カラノイドが、全く姿を見せないのである。
大城市においては、ゼルロイド監視システムのセンサー、レーダーがそれらを監視しているが、1つ市を跨げば、未だに市民の通報による警報が一般的なのだ。
その通報内容も正確性には疑問があり、カラインや、カラノイドが化けた偽魔法少女と思しき目撃情報に蒼と詩織が急行するも、実際には猿型ゼルロイドだったりと、骨折り損が続いている。
特に、蒼の疲労が深刻だ。
「アンタ大丈夫? 今日も居眠り多かったわよ?」
「多分……。むしろ君らなんでそんな元気なの……?」
目の下に大きな隈を作り、げっそりとした表情で部長席に突っ伏す蒼。
「なんでか分からないけど、アタシたちは戦闘後の疲労とかは殆ど残らないのよね」
「先輩の場合は、純粋に出撃回数が私たちの倍っていうのもあると思いますけどね……」
カラノイドの出現が予測される場合、蒼の存在は不可欠である。
サポートバードでもカラノイドは倒せるが、やはり、魔法少女並みの戦力を持つ敵相手に2体1を取られるのは危険なのだ。
マジックコンバータースーツを装着し、魔法少女二人で市外に向かったこともあったが、大城市にゼルロイドが出現し、結局蒼も出撃することになってしまった。
市民の安全と安心を守るためのシステムが、ヒーローの疲労を招くとは、なんとも皮肉な問題である。
「でも、ここ数日の高瀬くんの過労は本当に忌々しき問題だわ。早急に市外にも新監視システムを導入して、カライン、カラノイドの時に絞って高瀬くんが出るようにしないと、体がもたないでしょう」
最近よく顧問とし部室に顔を出すようになった御崎が、スマートフォンの画面と睨めっこしながら言う。
近隣地区にも早急な設置を申請しているのだが、設置場所や施工業者との折り合いがつかず、難航しているのだ。
公的機関に対する権力はあっても、民間企業を無理やり動かす力は殆ど無いのが侵生対。
「あくまでも日本は資本主義国ですから」とは宮野の弁。
その割にマスコミ各社には相当注文を付けているらしいが……。まあそれはこの際どうでもいい話だろう。
「もう既に体もってないですよ……。ちょっと今日は本当に体調悪いんで、もう帰ります……」
「アタシ送っていくわ。御崎先生、新里さん、帰るとき部室の戸締りお願いします」
香子に支えられ、蒼は部室をヨロヨロと出ていった。
「まずいわね。このままだと高瀬くんの負担が大きすぎるわ。監視システムだけじゃなく、一般装備を早く実用段階に移すのと、カラインの撃滅を急がないといけない」
「そうですね……。私も頑張ってゼルロイド倒さないと……。それぞれが今出来ることを全力でやりましょう!」
詩織はそう言うと、素早く体操着に着替え、一人、基礎トレに出かけて行った。
一人残された御崎は、
「さて、私も今できることを頑張りますか!」
と、気合を入れ、部長席の下へモゾモゾと潜り込んでいった。
■ ■ ■ ■ ■
「頭がガンガンする~……」
「大丈夫? 冷却シート貼るからこっち向いて」
蒼の部屋。ベッドで横になる蒼は、先ほどより明らかに憔悴していた。
「無理しすぎよ。アンタここ最近数時間しか寝てないんじゃないの?」
「えーっと……。多分ここ1週間で合計10時間有るか無いかくらい……」
「もう! アンタだけで戦ってるんじゃないのよ? アタシもいるし、新里さんもいる。まだ出会ったことのない魔法少女だっていっぱいいるし、何なら侵生対の人たちだっているんだから、頼りなさいよ!」
香子は知っている。
蒼は、戦闘に出る以外に、ゼルロイド監視システムアプリの改良や、サイトの更新、ゼルロイドデータベース、カラインの情報分析、そして、侵生対と作っている一般人でも使用可能な蒼の火器の設計等を、夜を徹して行っているのだ。
「ここ数日で部のパソコン内の設計図とか、敵のデータが異常に増えてたのよね。アンタ、持ち帰って家でいろいろやってるわね?」
「うん……」
蒼はバツが悪そうに布団に顔をうずめた。
「ブラック企業戦士じゃないんだから……。やれることは分担する! 頼めることは人に頼む! アンタが本当に倒れたら、そっちの方が危機なんだからね!」
「……ごめん」
布団からモソっと目だけを出し、香子をジーっと見つめる蒼。
「なによ……」
「お前そんなに優しかったっけ」
「……」
香子が不意に顔を背け、プルプルと小刻みに震え出した。
「……笠原?」
「アハハハハハハ! 引っかかったわね!!」
「なっ!!」
狂気の笑い声を上げ、右腕を勢いよく蒼の顔面に伸ばす香子。
あまりに唐突で、衝撃的な事態に、思わず目を瞑ってしまう蒼。
「やられた!」と身構える蒼の額に、ヒンヤリとしたものが押し当てられた。
「アタシはいつだって優しいわよ! 失礼ね!」
「ビックリさせるなよ~! マジで死ぬかと思ったじゃねーか!」
「アンタ訳分かんない再生能力あるし、そうそう死なないでしょ……」
「いや、脳は細胞組織再生する働きが殆ど無いから、頭はいくら俺でもアウトだと思うよ……」
「また小難しいこと言うわね……。まあいいわ。今日はアタシ泊っていくから、何かあったら気軽に言ってね」
「……はい?」
「アンタ一人だから色々大変でしょ? それに、私たち昔はよくお泊りしてたじゃない」
「……やっぱ今日のお前なんか変だ」
■ ■ ■ ■ ■
「ライトニング・スラッシュ!」
その頃、詩織は、学校の近所に出現した、よく分からない形状のゼルロイドを駆除していた。
そのゼルロイドは真っ赤で、球体で、突起が所々から生えている。これまでにないタイプのゼルロイドであった。
(こいつら何がしたいの……? フワフワ浮いてるだけで全然攻撃してこないし……)
また、奇妙なことに、そのゼルロイドは、数こそ無数にいるものの、特に何をするでもないのだ。
「ブレードホーク! 合体! ライトニング・ブレードゲイル!!」
気味が悪いので、一気に勝負を仕掛ける詩織。
詩織の高速回転が生んだ空気の急流に巻き込まれ、非力な赤玉ゼルロイド達は刃の竜巻に次々と切り刻まれていった。
「よし! 全滅!」
ゼルロイドの反応を示す輝点がデバイスのレーダーから消え、ブレードホークをイジェクトする詩織。
「よしよし、今日もありがとうね」
そう言いながら、ブレードホークを撫でる詩織。
以前、ブレードホークが身を挺して敵の射線から自分を守ってくれた時から、ただの武器から、共に戦う相棒という感覚が詩織の中で強くなっていた。
「あ、笠原先輩。ゼルロイドの駆除は終わりましたよ。これから家帰ります。はい、高瀬先輩大丈夫ですか?」
ゼルロイド警報を心配したのか、香子から電話がかかってきたので、駆除完了を報告しておく。
「高瀬先輩にちゃんと言っておいてくださいね。はい、失礼しま~す」
どうも、蒼がまた出撃しようとしていたらしい。
あと、香子は今夜蒼の家に泊まるらしい。
(そんなの滅茶滅茶素敵な展開じゃないですか!!)
頬を紅潮させ、くねくねもじもじと体を揺らす詩織。
傍から見たら完全に不審者である。
『ビービービー!!』
そんな不審者の興奮を断ち切るかの如く、激しい警告音と共にゼルロイド監視装置からの警報がスマホに表示された。
しかし、妙なことが表示されている。
(ん?この場所……ここじゃない!?)
その警報が示したのは、詩織が今しがたゼルロイドを全滅させた地点。すなわち、いま彼女が立っている場所である。
新手か! 身構え、辺りに索敵波動を飛ばす。しかし、幾重にスキャンしてもゼルロイドの反応は帰ってこない。
(バグかな?)
まだあくまでも試運転段階で、センサー感度の微調整が出来ていないので、誤探知もあるかもしれないと、蒼が言っていたことを思い出した。
香子からまた着信があったので、誤探知らしいという旨の返事を返しておいた。
「誤探知みたいだね。帰ろっか」
そうブレードホークに促し、詩織が変身を解こうとした時。
突然背後のマンホールが弾け飛んだ。
「うわあ!! 何!?」
マンホールから現れたのは、真っ赤な何か。
それはヘビのような、ウナギのような、ウネウネと動くものだった。
根元はマンホールの口を一杯に埋めていることから、直径は1mでは下らないだろう。
「ヒル!? ヘビ!? きゃあ!」
伸び上がったそれは、勢いよく詩織に襲い掛かってきた。
目も、腕も、足もない奇怪なウネウネ。
「何かの触手? スライム?」
こんな生物は見たことがない。以前侵生対本部を襲った黒いウネウネの類だろうか。
それとも、先ほどの赤玉と何か関係があるのだろうか。
「ライトニングミラージュ!」
そんなことはどうでもいいとばかりに、とりあえず大技で切り倒しにかかる詩織。
無数の刃が巨大赤触手を切り裂き、幾重にも裂傷を与える。
「トドメよ! ライトニング……。痛っ!」
今度は細切れにしてやろうと詩織が2撃目を放とうとした時、手足に刺すような痛みを感じた。
「うああ……何……体が……痺れて……」
全身に広がる、痺れるような感触。
手足の感覚が石のように重くなり、視界さえもぼやけ始める。
体の自由が利かず、よろける詩織。
「キャッ……!しまった!」
全身を切られているとは思えないほどの勢いで伸びてきたそれに、絡め取られてしまう。
「きゃあああああああ!!」
今度は全身を滅多刺しにされるような激痛が、彼女を襲った。
全身の痺れはますます酷くなり、もはや指一本も動かすことが出来ない。
また、先ほどの指示で帰投してしまったのか、ブレードホークの姿も見えない。呂律の回らない下では、再度呼び出すことも叶わない。
「まけ……ない……」
詩織が意識を手放しかけたその時。
ブレードホークが翼の刃を輝かせ、彼方より突っ込んできた。
ブレードホークの戦闘用AIが、その敵を切断するのに必要な加速度を弾き出し、その速度まで加速できる距離を稼いでいたのだ。
「……!!」
純白の刃が、詩織のエネルギー場を受けて黄金の輝きを放ち、触手を根元から切り倒した。
返す刀で、詩織を絡め取る部位を切断し、そのまま詩織をキャッチすると、侵生対本部の方角へ飛び去って行った。
■ ■ ■ ■ ■
「良かった。新里さん無事にゼルロイド駆除したってさ。だからアンタは寝てなさいって!!」
窓から飛び出そうとする蒼をベッドに引きずり戻す香子。
「何かあったらアタシがコンバータースーツで出るから! せめて今夜はしっかり寝て!」
「分かった!分かったって! もう行かねぇって!」
若い男女がベッドの上でくんずほぐれつ。
だが、色気もムードも全くない。どちらかと言えばプロレスごっこである。
「もう! スマホの電源切るからね!! おやすみ!!」
蒼から奪取したスマホの電源を切り、腕時計型デバイスと一緒にとりあえず没収しておく。
これくらいしないと、彼は休まないだろうという判断である。
5分もしないうちに、蒼はいびきをかいて寝始めた。
やはり相当疲れていたのだろう。
『ビービービー!!』
再び警報が鳴ったので、香子は慌てて蒼の部屋から出て、詩織に電話をかける。
どうやら誤探知らしいということで、彼女はほっと胸を撫でおろし、夕飯づくりに取り掛かった。





