第1話:ウィングユニット
「へー!この部に入りたくてここ受験したの!?すごい情熱だなぁ!」
「え…ええ…まぁ…」
意識を取り戻した詩織は魔法少女部部長である蒼から部活説明を受けていた。
蒼が入学してすぐ作った部であるということ。
押しの弱そうな若い教師を無理やり顧問にさせたこと。
1年たっても部員は一人だったということ。
魔法少女と共に戦うことを目的とした部であるということ。
友人や同級生達からサイコ扱いされているということ。
「俺は大真面目なんだけどなぁ…」
「普通にサイコですよそれは…」
「でもさ、同年代の女の子が戦って、傷ついたり死んじゃったりしてるのに、何もせず見てるだけなんて辛いじゃん。辛うじて戦える俺くらい頑張らなきゃって思ってさ。恩もあるし、女の子は守ってあげたいと思うし」
「いいこと言ってるとは思うんですけどね……」
彼女は蒼の製造したマシン「魔法少女スキャナー」に閉じ込められ、魔法少女としての能力、エネルギーの性質、身体能力等を隅々まで検査された。
そのあまりの不快感に意識を失う羽目になり、目覚めた直後は強い憤りを覚えたのだが、出された緑茶と茶菓子を食べながら蒼と話すうちに詩織は不思議と居心地の良さを感じ始めていた。
思えば魔法少女であることを明かして人と語り合うのは初めてだった。
「でも、辛うじて戦えるってどういうことなんですか? ゼルロイド相手に生身の人間では太刀打ちできないですよ」
当然と言えば当然の質問をする詩織。
人々の絶望を糧とし、強力なマイナスエネルギーで構築された体を持つゼルロイドには一般的な火器、鈍器、刃物の類は殆ど通用しない。
魔法少女のプラスエネルギーでマイナスエネルギーを分解し、体の組成を崩壊させるしか倒す術はないのだ。
「よくぞ聞いてくれました!」
蒼がおもむろに取り出したリモコンのボタンを押すと、部室の壁際の床がせり上がり、W字型の飛行機のようなものが持ち上がってきた。
幅は2m、高さは1.5mほどだろうか。
両端に前方へ突き出した鋭く薄い翼があり、その付け根にはブースターのようなものを備えた分厚い三角形のパーツ、中心には丸い穴の開いた四角形のボディというとてもシンプルな、図形を組み合わせたようなそれはフワリと浮くと、蒼の背中にガチっと組み付いた。
「これこそが俺の開発した魔法少女支援装備、ウィングユニットだ!」
「ウィングユニット…?」
カクカクとした武骨な羽根のようなものを背負った蒼を訝し気に見つめる詩織。
「あれ…?もっとこう…感動するかと思ってたんだけど…」
「いやぁ…今のところランドセルに段ボールで羽根つけてロボットごっこしてる子供みたいな恰好ですよ…」
少しばかりの沈黙の後、蒼が慌てたように口を開いた。
「い…いやこれはまだ試作品だから!それより機能を見てほしい!」
「はぁ…」
「機動力を飛躍的に上げる翼、長距離から敵を打ち抜くキャノンユニット、敵を切り裂くアームブレードユニット、これを俺のエネルギーで起動するんだ」
蒼が全身に力を込めると、彼の胸から白い光が体中を走り、装着されたユニットの各部から白い光が溢れる。
翼の半重力システムが完全に起動し、蒼の体が宙に浮いた。
同時に腕に組みついたブレスレットから、白く輝く短刀が出現する。
「と…まあこういうモノを作ったわけよ」
「わぁ! すごいです! 先輩も魔法少女みたいな力持ってるんですか?」
「いや、分からん。何か体の中に謎のエネルギーがあるっぽいんだが、よく分からん」
「えぇ……」
蒼曰く、彼の体内には謎の高出力エネルギーが眠っており、それは微弱なプラスエネルギーを含んでいる。
それを用いればゼルロイドに僅かながらダメージを与えることが出来るらしい。
そして、そのエネルギーを圧縮し、光線やブレードにすることで、弱い個体となら辛うじて戦うことができる。とのことだ。
ここまで聞いた限りでは、戦力としてあまりにも微妙と言わざるを得ないだろう。
こんな大それた恰好をして、出来ることが雑魚ゼルロイドと一騎打ちレベルというのはガッカリだ。
実際、詩織も思うところがあるのか、彼の翼を訝しげに見つめている。
「まあ、ここまでの説明ではちょっと弱い感じはするだろ。でもな、こいつは魔法少女と一緒に戦って初めて真価を発揮するように作られてるんだ」
「私たちと一緒に戦って……ですか?」
「君らは変身時にプラスエネルギー場を展開して自分が有利な戦闘フィールドを形成するけど、それが反発し合って協力することが出来ないだろ?」
「先輩詳しいですね……。アレ勝手に出ちゃうんですよ」
「だろ? ウィングユニットにはそんな君らのエネルギー場の中に漂っているプラスエネルギーを吸収して、俺のエネルギーと結合、出力する機構が備わってるんだ」
「えーっと……。つまり私と一緒に戦うと、その武器がパワーアップして強いゼルロイドとも戦えるようになるってことですか?」
「そう! でもまだ実戦で使ったことないから、ゼルロイドが出現したら教えてくれよ。実戦テスト兼助太刀に行くからさ」
「は……はぁ……」
その後は、蒼が撮り貯めてきた魔法少女の映像の上映会と相成り、この街のどこに、どんな魔法少女が出た、どんなゼルロイドと戦った、何色のエネルギーを纏っていた……等々。
延々と蒼の魔法少女蘊蓄を聞かされ、窓から赤い光が差すころには詩織はゲンナリとしていた。
「おっと……完全下校時間が近いな。 今日の活動はここまでにしておこうか」
「あ……はい……お疲れさまでした…」
自分と共に戦うと公言する仲間が出来たことは嬉しいのだが、あのサイコ魔法少女マニアに秘密を知られてしまったことは良かったのだろうか……。と、複雑な心境で詩織は下校していった。
■ ■ ■ ■ ■
詩織の自宅は光風高校から自転車で30分ほどのところにある。
少々遠いが、致し方ない。
バスや公共交通機関に乗っていては、いざゼルロイドが現れた時、現場に急行できないのだ。
学校から自宅への道は魔法少女として絶対に守るべきエリアだと考えている詩織はあらゆる箇所に注意を払いながら下校する。
路地裏、廃ビル、墓地、およそ年頃の少女が立ち寄る場所ではないが、人があまり訪れない場所こそゼルロイドが潜んでいるのだ。
スマホを片手に探索していく。
「結構怪しい場所が多い…」
詩織の家から光風高校までのマップにピンを立てながら呟く。
中学校までの通学路に比べて、いかにもゼルロイドが潜み、増殖、巨大化しそうな場所が多すぎる。
光風高校は歴史ある名門校だが、その周辺はすっかり寂れてしまっており、旧ベッドタウン、旧工場地区、開発中に破棄されたニュータウン等の廃墟が点在している。
さらに、繁華街は再開発が激しく、新しく建ったビルの裏で古いビルが取り壊されて更地になっていたり、入り組んだ細い道の影に人気のない木造建築の古い家が並んでいたりと兎に角死角が多い。
財政難を迎えては奇跡のV字回復を遂げ、また財政難を迎え……という、この街の異様な発展の歴史が生んだゼルロイドの温床である。
「定期的に見まわるようにした方がいいかも」
ガラスというガラスが割れた、錆びまみれの廃工場を撮影しながら呟く。
詩織がガラスを踏みしだく音に、ふと別の、ガラスが激しく擦れるような音が混じった。