第26話:恐るべし侵生対
合宿当日の朝5時。大城駅前に集合した魔法少女部一行。
繁華街とはいえ、休日の早朝とあっては、行きかう人々も少ない。
所々で酔っ払いが寝ている程度である。
「お待たせ……。ってあなた達随分大荷物ね……」
御崎が前回の護送車ではなく、青いSUV車でロータリーへ乗り付けてきた。
蒼たちがブクブクと膨らんだリュックを抱えているのを見て、驚いた様子である。
「侵生対の基地で寝泊まりできる設備あるのかなってなりましてね……」
「宮野さんその辺詳しく教えてくれないもんで。電話も出ないし」
「あ~……」
御崎が決まり悪そうに頭を掻く。
「宮野くんちょっと抜けてるとこあるから……。電話に出ないのは、私たちの規定ね。特定の番号以外には出たら駄目なことになってるの。」
「そういうとこしっかり秘密組織してるんですね……」
「一応、ちゃんと寝泊まりできる部屋は作ってあるわよ。必要なものだけ取って、あとは私の車に置いとくといいわ」
寝袋や着替え、その他諸々の宿泊グッズが詰まったリュックを御崎の車のトランクに収納する。
そこにはアルミ製の、いかにも秘密組織のエージェントが持ってそうなアタッシュケースが何個か入っていたが、無理やり押し込み、何とかバックドアを閉めることができた。
「さて、それじゃあ魔法少女部初の合宿に行きましょうか! 私、今顧問っぽいことしてるわね!」
「最初は部の活動とは無関係の、名ばかり顧問に仕立て上げたつもりだったんですけどね。まさかこんな形で協力することになるとは」
「ええ……。私そんな便利な女みたいに思われてたの……。魔法少女部の顧問に誘われた時結構嬉しかったんだけど……」
蒼が笑いながら、悪気なくキツい一言を放ち、御崎は少し落ち込んだ。
「気弱そうで何も指導とかしてこなさそうだったので」と、さらに追撃を加える蒼を香子が小突いて黙らせた。
「先輩はこういう人なので、気にしないのが一番ですよ」
「無神経なんですよコイツは……良くも悪くも」
「ま……まあ、出発しましょうか」
香子に小突かれた頭をさすりながら、蒼は尚も「また無神経なこと言っちゃいましたか~」と笑っていた。
彼も彼なりに、初合宿で浮かれているらしい。
■ ■ ■ ■ ■
大城市のロータリーを抜け、御崎の車は早速高速道路に乗り、高速で北上を始めた。
「侵生対って、機関としてはどれくらいの権限あるんですか? なんか学校にも警察にも普通に出入りしてますけど」
流石にクールダウンした蒼が、助手席でコンビニコーヒーを啜りながら、やたら真っ当な質問を投げかける。
「基本的にどこの公的機関でも自由に出入りできるわよ。もちろん相応の手続きはいるけど、警察や自衛隊の部隊を指揮下に置くことも許可されてるわ」
「ええ!? 思ったよりすごい権力!」
後部座席から詩織が驚嘆の声を上げる。
「ゼルロイド対策は国どころか、世界レベルの脅威だからね。ニュージーランドみたいに、国土の半分を破棄した例もあるわけだから、それくらいの権限は貰っておかないと。」
「まあ、魔法少女に任せっきりな現状、その権限も持ち腐れなんだけどね……」と、悲しげな眼で遠くを見つめる御崎。
「大丈夫ですよ! これからは俺のウィングシステムが魔法少女と一緒に戦いますから! 御崎先生の権限があれば百人力です! 魔法少女部で世界を守りましょう!」
「そうですよ。コイツは頭おかしいところありますけど、技術と熱意は本物ですから、きっと力になれます」
「私たちもいますしね!」
「ありがとう高瀬くん、笠原さん、新里さん……。やっぱり私、この部の顧問になれて良かったわ。侵生対もあなた達に全面協力するからね!」
既に大団円のような雰囲気になってしまっているが、まだ侵生対本部にすら到着していない。合宿は始まったばかりである。というより、始まってもいないのだ。
御崎の車は都市部の喧騒を抜け、山間部のバイパスを走る。
目につくものは田んぼと、田舎のバイパス特有の無駄に派手なホテルくらいになってきた。
「大城市から遠いとは思ってましたけど、こんな辺鄙なとこ走ってたんですね……」
「まあね。一応政府の秘密組織なわけだし、街中に本部作るわけにもいかないわよ。ガイアクリスタルも管理しないといけないしね」
そう言いながら御崎は車を人気のない、未舗装の山道へ乗り込ませていく。
所謂「酷道」というやつである。
「おおっと!」
道路の凹凸が激しく車体を揺さぶり、慌てて天井のノブを掴む蒼。
香子、詩織も同じくノブを掴み、体を何とか安定させている。
「あ! ごめんごめん! ちょっと道荒れるわよ!」
魔法少女部の「言うのがおせーよ!」という視線をスルーし、さらに奥へ車を進める御崎。
「前こんなとこ通りましたっけ!?」
「こっちの方が近いのよ。前はバンだったから、この道通れなかったのよね。ほら!前見て!」
御崎の視線の先に、巨大な岩盤が見えた。
彼女が何やらリモコンを操作すると、その岩盤が左右に開き、巨大なゲートが現れる。
ゲートを抜けると、それまでの大自然あふれる酷道から一変。果てしなく続くトンネルに入った。
「飛ばすわよ!」
それと同時に御崎がアクセルを全開に吹かし、一気に200km/hまで加速した。
酷道の次はサーキット気分だ。
「この道は制限速度無くて良いわね~」
等と言いながら、御崎は陽気に運転しているが、香子は車酔いで青くなっている。
「この人も大概曲者かも……」
と、詩織は誰にも聞こえないような声で呟いた。
■ ■ ■ ■ ■
30分あまりの快適なドライブを終えると、見覚えのあるコンクリートの建物の前に到着した。
「ここがあなた達の部屋よ。空き部屋に色々置いただけだから、ちょっと殺風景だけど、自由に使ってね」
御崎に案内された3人の部屋は、フローリング張りの床に2段ベッド、テーブル、その他、ポット、冷蔵庫等が備え付けられ、狭いながらも想像以上にしっかりと整えられていた。
物置兼、蒼の寝室は隣に用意されているようだ。
「あなた達との会議は1時間後くらいに会議室でする予定だから、もう少し待ってて。今会議室使用中なの」
御崎が部屋を出ていくと、香子は青い顔でベッドにダイブしていった。
「あ~……酔った……」
「先輩大丈夫ですか? お茶入れますね」
「あっ俺にもお願い」
詩織がポットの戸棚を開くと、緑茶や紅茶の葉が瓶に入れられていた。しかも、やたらバラエティー豊富である。
「うわ、すごい。お茶が産地と蒸し方で4種類もありますよ。紅茶も3種類入ってます」
「おっ! 冷蔵庫にもゼリーとかプリンとか色々入ってるじゃん」
「あ~……アタシゼリー欲しい~」
香子にチューブゼリーをパスし、蒼は緑茶を飲みながら塩羊羹を齧る。
「なんか合宿っていうよりちょっとした小旅行みたいね」
「小綺麗なちょっと良いビジネスホテルにありそうだよね」
寝そべったり、座ってのんびりしている蒼と香子を尻目に、部屋をキョロキョロ動き回る詩織。
流石に着替えは用意されていなかったが、手鏡やドライヤー等も引き出しに入っていた。
蒼の寝室と、二人の部屋の間には洗面台と流し台が置かれている。
「並みの賃貸アパートよりいい設備してますよココ。流石政府の秘密組織……」
各々がゲームをしたり、寝たり、宿題をこなしたりと時間を潰していると、御崎が三人を呼びに来た。
■ ■ ■ ■ ■
宮野を加え、会議、もとい情報交換は着々と進んだ。
ゼルロイド、魔法少女のエネルギーと、エネルギー場。既にお互いが知っている情報に関しては、特に齟齬は無い。
ガイアクリスタルに関する侵生対の研究データは、現状、まだまだ発展途上といった感じで、
地球内部からエネルギーを呼び出し、魔法少女達へ出力する。
地球上に無数に存在し、巨岩サイズから、石ころサイズまで様々な大きさがある。
以上のデータは特に無かった。
また、情報統制により、公開されていない国内外のゼルロイド被害、
日本全国で発生した殺人事件の7割がゼルロイド関係であること。
山形の山間部の村がゼルロイドの襲撃で壊滅し、土砂災害として、一般には告示されたこと。
中国奥地やモンゴルの民族の7割強が行方不明になっていること。
甲殻系ゼルロイド被害で黒海沿岸が壊滅的被害を受けていること等。
蒼達が知り得ない、秘密機関のみぞ知る極秘情報をも、御崎、宮野は洗いざらい話した。
また、国内外での魔法少女に対する扱いに関しても触れられ、
日米、欧州における、秘密のヒーローとしての魔法少女。
アフリカの幾つかの国で見られる、魔法少女信仰。
中国、ベトナム等の軍事政権国家における、魔法少女の徴兵。
中東で見られる、魔法少女の奴隷化等……。
決して全ての国で真っ当な扱いを受けているとは言い難い現状なども、資料と共に魔法少女部へ開示した。
また、それら、侵生対の知り得る全情報が入ったディスクも蒼に手渡して見せた。
その姿勢は紛れもなく、魔法少女部、というより、蒼の持つ情報を全て開示してほしいという意思の表れであった。
「正直、この程度の情報では、高瀬さんと、お二人の持つ魔法少女や、ウィングの情報と交換するに値するとは思いません」
と、前置きを付けた上で、宮野は続けた。
「ここ、侵生対本部、及び各所にある支部への自由な出入りと、設備を自由に利用する権限をあなた方に差し上げます。そして、我々の予算のうち、240億8000万を、あなた方の活動や研究支援に充てますので、どうか我々に技術と情報の提供、協力をお願いします!」
そう言いながら、頭を勢いよく下げる宮野。
「私からもお願いします」
続いて、御崎も頭を下げた。
「い……いや! そんな大層なこと言われなくても協力しますよ!」
想像以上の好条件、というより超条件に、ドン引きしながら応える蒼。
彼としては、時が来れば、特許を取って一般公開しようとしていた技術のため、数百億の取引になるとは思ってもいなかったのだ。
「ちょっと待って蒼。その技術を軍事転用されたらどうするの。今までの話にもあったけど、魔法少女を軍事利用してる国もあるらしいじゃない。日本で使われなくとも、情報が洩れて海外で使われるかもしれないのよ」
香子の指摘に、宮野が通解する。
「高瀬さんの技術、情報は高瀬さんに全権限を残したまま利用いたします。高瀬さんが許可を出さなければ、一切の利用、活動を速やかに停止、破棄します。装備のコア技術は全てブラックボックス化していただいても構いません」
「宮野さんがそう言っても、上の人たちが何か悪だくみするかもしれませんよ? 私はそういうの詳しくないですけど。それに、この場で権限とか勝手に決めちゃっていいんですか? 侵生対のトップの人に確認取らないと駄目だと思うんですけど」
「あ、そこは大丈夫ですよ。自分が侵生対の委員長ですので」
「「「ええっ!?」」」
「あと、さっきまでやってた会議で、総理大臣と防衛大臣、与野党トップ、防衛事務次官、警察庁長官の認可も得て、ゼルロイドと魔法少女に関する事案の全権限が侵生対に移譲されたから、この会議の結論=国の決定よ」
「「「……」」」
目が点になる魔法少女部一同。
蒼達は高校の初夏にして、あまりにも巨大な権限と責任のダブルパンチを食らってしまったのだった。
「じゃあカライン……でしたっけ? その情報を教えてもらいたいわね」
御崎がこともなげに会議を続けようとするが、既に蒼は気が気ではなかった。





