第25話:初めての合宿準備
「突然ですが、合宿をします! 明日から!」
「本当に突然ですね!」
珍しく最後に部室へ入ってきた蒼が言い放った、突然の合宿宣言に面食らう魔法少女たち。
「明日って……。侵生対本部で御崎先生達と対策会議でしょ? 合宿してる場合じゃなくない?」
「だから侵生対で合宿すんの。土日使って」
蒼によると、先ほど宮野から連絡があり、侵生対本部の空き部屋を自由に使っていいので、じっくりと対策会議をしませんか。という旨の提案があったらしい。
「まあアタシはどうせ土日暇だから別にいいけど……。新里さんは?」
「私も全然構わないんですが、また敵が襲ってきたりしませんよね……? 私、案外ジンクスとか気にするタイプなので……」
「大丈夫!大丈夫! 装備も更新したし、今度は据え置き型の防御武器も持っていくからさ。 とういうことで今日は、駅前のショッピングモールで合宿用品を買う課外活動にしよう!」
善は急げとばかりに二人の背中軽く叩くと、蒼は腕のデバイスをゼルロイド監視システムとの常時接続モードに切り替え、部屋の電気を次々と消し、部室入口で「早く早く~」と二人を急かす。
そして、ふと目が合った香子にパチパチとウィンクをして見せた。
「何よ……」
蒼の妙な態度に違和感を覚えた香子が聞き返すと、蒼は目線をゆらゆらと揺らして見せた。
「いや、だから何よ……」
さらに聞き返すと、今度は口パクで香子に語りかけ始めた。
「んん!? いおおえ? びしょぬれ? キモごえ?」
どうにも意思疎通が図れないことに香子が業を煮やし始めたころ、背後で詩織がボソッと呟いた。
「行くのはもちろん、ちゃんと基礎トレ3セットやってからですよ?」
ドアの向こうの蒼が天を仰ぎ、片手で顔を覆ったのと同時に、香子もまた、手のひらで自らの顔を思い切り押さえた。
■ ■ ■ ■ ■
大城駅前ショッピングモール。
靴下から車まで大体何でも揃う大城市きっての大人気スポットである。
宮木商店街とは異なり、会社帰りのサラリーマンや、子連れの主婦等も数多く行きかっている。
その一角。スポーツ用品店のキャンプコーナーで湿布臭をプンプンさせながら、騒いでいる二人組がいた。
「アンタ……痛……! その上の寝袋取って……!」
「分かってるけど……! 腕伸ばすと痛てぇ!!」
宮野が新生対本部の空きスペースにどの程度の設備があるかを教えてくれず、こちらからの電話には出ないので、ひとまず最低限眠れる装備をということで、寝袋を買いに来た蒼と香子。
ちなみに詩織は宿泊用小物を買い揃えに行っている。
「やっと取れた……。ていうかこれって一般的な合宿の装備なの?」
「一般的ではないだろうが、鉄板とかコンクリそのままの倉庫みたいなとこで寝泊まりすることになったら嫌だろ。そもそも宮野さんが設備を教えてくれないからこんなことになってるんだけど……」
「あ! ちょっとこれ見て! 飯盒とか、バーナーとか売ってる! これ使うかな?」
「いや、キャンプするわけじゃないんだから……。でもこれはこれでワクワクするな!」
何せ蒼、香子ともに部活動での合宿は初体験。その上滅多に来ることのない大規模スポーツ用品店なのだから、ついついテンションも上がってしまう。
寝袋とリュック、ジャージ程度の買い物の予定だったのだが、キャンプコーナーにドップリとハマり、テントやキッチンテーブル等を物色し始めてしまった。
「夏になったらキャンプ合宿でもするか!」
「いいね! 川のほとりでキャンプファイヤーしたい!」
大城市からアクセスのいいキャンプ場とか無いかな~等とスマホを取り出した蒼。
狙いすましたかのように、詩織から宿泊雑貨を買い終えた旨のメッセージが届き、二人は慌てて会計に向かった。
■ ■ ■ ■ ■
「これ……。あそこで使う機会あるんでしょうか……」
ショッピングモール内のファミリーレストラン。
銀色に輝く直火式のエスプレッソメーカーと睨めっこしながら詩織が言う。
結局、二人はキャンプグッズへの憧れを捨てきれず、「キャンプコーヒーセット」という一式を購入してしまった。
「いやぁゴメンゴメン……。ついついカッコよくて買っちゃったよ」
「まあカッコいいのは否定しませんけど……」
と、エスプレッソマシンをケースにしまい、今度は詩織が買ってきたものを机に並べ始めた。
「一応私が買い揃えたのは歯磨きセットと銭湯セット、タオルに、ちょっとしたお菓子……。あとは乾パンと、モバイルブースター、携帯ラジオ、携帯用トイレ、懐中電灯……」
「ひ……避難所?」
■ ■ ■ ■ ■
ヴヴヴヴ… ヴヴヴヴ…
「!!」
詩織の謎のチョイスで一通り談笑した後、突然蒼のデバイスが振動を始めた。
ピー! ピー! ピー!
と、周囲からスマホのアラート音も鳴り始め、人々の不安の声や、ざわめきが大きくなっていく。
「ゼルロイド出現……!」
三人が慌てて席を立とうとした瞬間。背後から大きな歓声が上がった。
「おお!! 珍しい! 赤の魔法少女だ!」
「敵は……カニ型ゼルロイドか!? これはなかなかいい戦いになりそうだ!」
振り返ると、学生と思しきグループがスマホ画面を見つめ、叫んでいた。
そういえば自分が提供したアプリだったと、蒼もタブレットを取り出し、戦闘を捉えた監視カメラ映像を選び、全画面モードに切り替えると、テーブルの端に置いた。
左腕のデバイスをピピっと操作すると、蒼は安堵したような表情を浮かべた。
「特に強い敵でもなく、カラインでもないみたいだし、今日は観戦と洒落込むかい?」
魔法少女二人は返事を返すまでもなく、噛り付くように画面を見ていた。
蒼はとりあえず山盛りポテトを追加注文した。
■ ■ ■ ■ ■
戦いは一方的だった。
赤の魔法少女が拳を、蹴りを叩き込む度、体長5m程度のカニ型ゼルロイドの甲殻が拉げ、抉れ、砕け散る。
その度に周囲からは歓声が上がり、さっきまで泣いていた子供たちも「おねえちゃんがんばれ!」と、可愛らしい声援を送っている。
画面の中で、魔法少女が腕をクロスさせ、頭上に掲げると、辺りがざわつき始めた
クロスさせた両腕に赤い粒子が集結し、彼女の拳がまるで燃え上がる炎のような光を纏う。
直後、地面にひびが入るほどの踏み込みで彼女が突進し、2連打、そして火山が噴火するかの如きアッパーを叩き込んだ。
その噴火を腹部で真っ向から受けたゼルロイドは、間接という間接から火花のように赤いプラスエネルギーを吹き出し、跡形もなく蒸発していった。
ワアアアアアアアアアア!!
周囲の歓声は最高潮に達し、至る所から彼女を讃える声とが響き、人々は抱擁して喜びあっている。
詩織と香子は、とてつもなく熱い力を感じ、自分たちの戦いが生み出す希望を噛みしめた。
蒼もまた、
「いや~……。町のみんなの早期警戒とか、身の安全確保のために公開したんだけど、まさかこんな副産物があるなんてな~」
等と言いながら、満面の笑みでポテトを摘まんでいた。
ふと画面に目をやると、赤の魔法少女がカメラに向かってサムズアップを決めていた。





