第22話:怪異の変異
分厚い鉄扉がゆっくりと開く。
蒼がブレイブウィングに新搭載されたエネミースキャナを使い、魔法少女保管庫にゼルロイド、カラインが潜伏していないかを検査していく。
幸いにも保管庫内に反応はなく、ようやく全員の緊張の糸が解れた。
保管庫にはほのかに線香の香りが漂っており、定期的に慰霊が為されているようだった。
御崎が保管庫の照明スイッチをパチパチとつけていくと、無数のマンホールのようなものが並ぶ奇妙な光景が、闇の中から浮かび上がった。
続いて、御崎は照明スイッチの横にあるレバーを操作する。
すると、マンホールのようなものが地面から次々にせり上がり、透明なカプセルに封入された少女たちの姿が露になった。。
「これが私たちが保管させていただいている、魔法少女達のサンプルよ」
あるものはボロボロの学生服で、またあるものは裸で、カプセルの中を漂っている。
激戦の末に死亡したのか、切り傷だらけの痛々しい姿だったり、腕や脚の一部が欠損してしまっているサンプルもあった。
「うっ……」
その生々しさに、香子が嗚咽を上げた。
詩織は言葉も発せず、硬直している。
魔法少女の遺体とは言うものの、変身が解けてしまったその姿はただの少女であり、そこに刻まれた傷は、戦いの末の死が決して穏やかなものではないことを如実に物語っていた。
「この人は京都で戦っていた護橋 美香さん。モグラ型ゼルロイドと戦って死亡」
「長野県の兜坂 加奈子さんは赤いエネルギーを使う子だったわ。カブトエビ型ゼルロイドを倒した後、力尽きたわ」
「この子は……坂田 和葉ちゃん。当時まだ11歳だったのよ……。ハチ型ゼルロイドに殺害されたわ。それを知ったご両親の顔は未だに忘れられないわね……」
御崎はサンプルの列に向かい、黙祷した後、その個々の経歴を簡潔に解説しながら歩いて行く。
「この子達は私たちが助けることが出来なかった犠牲者……。魔法少女の肉体とガイアクリスタルの関係を解明する研究サンプルでもあるけれど、私は戒めの墓標だと思ってるわ」
和葉と呼ばれた少女の遺体には複数の刺し傷があり、恐怖や苦痛を湛えた表情のまま、透明な溶液の中を漂っていた。
悲しみや憂いを帯びた表情を浮かべ、小さな少女のサンプルを見上げる御崎。
「お線香焚いてくるわね」と言い、入口傍の小さな仏壇に歩いて行った。
「御崎さんは週に一度はここでお線香を焚いて、黙祷を捧げているんです。実際、このカプセルは彼女たちの墓標のようなものですよ。研究目的で保管されて、お墓に入ることも許されず、ここで眠り続けるんですから」
御崎の言葉に続けるように、宮野が口を開く。
「今も戦っている魔法少女たちに十分な支援をして差し上げたいのですが……。コンタクトを取る手段もなく、我々の武器ではゼルロイドに有効な打撃を与えられません。なので……」
「魔法少女部に協力を仰ぎたい。と」
蒼がカプセルを眺めながら宮野の言葉の先を紡いだ。
「ええ、その通りです。魔法少女が二人も所属している点もさることながら、あなたの装備に我々は強い関心を持っています」
「俺の装備ですか。ウィングもサポートバードもエネルギー出力不足で普通の人には動かせませんよ?」
「仮に機能を限定した小型火器でも厳しいですか?」
「それなら出来るかもしれないですけど……。防御面や機動力面に不安が多々ありますね。携帯火器より盾付きの超小型車両とかの方が有効かもしれません。手押し車とか台車サイズの……」
「先輩なんか商談ムードに入ってません?」
「協力するにしてもアタシ達の合意とりなさいよ……。まあ別にいいけど……」
徐々に白熱していく男二人の商談から少し距離を取り、サンプルを眺めて回る魔法少女二人。
「この子……ウチの高校の制服着てる」
「私が入学する2年前。先輩たちより2つ上の先輩ですね」
「もしかしたらアタシたちもここに並んでたかもしれない……。そういう意味ではアイツと会えたのはラッキーだったかもしれないわね」
「先輩はともかく、私結構死にかけてますからね……。そこに関しては高瀬先輩にも、顧問引き受けてくれた御崎先生にも感謝しなきゃです」
「そういえばさ、御崎先生さっきから見当たらないけど、どこ行ったんだろ?」
「お線香焚くって言ってましたけど……。あれ?お手洗いでも行ったんでしょうか?」
詩織が仏壇の様子をチラリと伺ってみるが、そこに御崎の姿は無く、線香の束が床に散らばっていた。
「敵!?」と詩織が身構えた瞬間、激しい銃声と共に、ガラスが砕け散る音が鳴り響いた。
■ ■ ■ ■ ■
「アハハハハハ!!」
笑いながら自動小銃を乱射する御崎。
姿は御崎そのものだが、笑い声は完全にカラインのそれであった。
「くっ……御崎先生! 嘘だろ……!」
カプセルの列に身を潜め、銃撃をやり過ごす蒼と宮野。
ウィングと合体している今、蒼はシールドが使えるが、宮野は完全な生身である。
宮野を庇うようにしゃがみながら、魔法少女二人の下へ向かう。
「この空間なら新里が有利だな……」と、蒼が口に出すまでもなく、黄色い粒子が辺りを包み込んだ。
「よし! 行くぞ新里!」
「ま……待ってください! 御崎さんを殺す気ですか!?」
詩織の変身と同時にアームブレードを展開し、御崎に切りかかろうとする蒼を制止する宮野。
「カラインに寄生されたらもう助かりません。というか相手がこっちを殺しにかかってきてる以上、躊躇ったら死にますよ!」
そうしている間にも御崎は次々とカプセルを砕いていく。
砕けたカプセルの保管液が漏れ出し、支えを失った亡骸たちがゴトリと音を立てて床に転がり出る。
「御崎さん! やめてください……!」
あれほど彼女たちを悼んでいた御崎が、これほどまでに冒涜的な行動を取っている。
宮野は思わず身を乗り出し、御崎に向かって叫んでしまう。
「宮野さん!駄目です!危ない!!」
蒼が慌てて宮野を止めようとするが、間に合わず、彼は御崎の立つ通路に飛び出して行ってしまった。
「アハハハハハハ!!」
宮野の声に反応し、狂乱の笑いを上げながら振り返った御崎の顔は墨で塗りつぶしたように真っ黒だった。
宮野に銃口を向け、まさに発砲しようとした瞬間、飛び込んできた詩織が御崎を蹴り飛ばした。
高速の蹴りを受けた御崎は保管庫の奥まで吹き飛び、壁に全身を強打した後、倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……しかし御崎さんが!」
「御崎先生はもう……。ああなったら救うことは出来ません……」
「そんな……」
「私も辛いです……でももう楽にしてあげる方法は……」
詩織と宮野が躊躇っている間にも、御崎はゆっくりと上半身を持ち上げ、起き上がろうとしている。
「アームブレード!!」
御崎が立ち上がる隙を与えず、蒼のブレードが御崎を一刀両断に切り結んだ。
「「ああーーーーーー!!」」
知っている人間を殺める勇気のなかった詩織と、同僚を割り切れなかった宮野が同時に悲鳴のような声を上げた。
御崎の姿をしていたモノがぐしゃりと崩れ落ち、真っ黒なドロドロとしたスライム状の物体となって溶けていく。
「え! 先輩コレは一体……」
「分からん……。でもこれが御崎先生に化けてたんだ。よく見たら肌が全部真っ黒でドロドロした汁みたいなの垂らしてたから、本物じゃないって思ったんだよ。うわっ!!」
ドロドロとした物体は、蒼の隙をつき、凄まじい勢いで辺りに転がっていた魔法少女の亡骸をゴプリと包み込み、そのままカプセルの隙間を通り、隣の通路に逃げていった。
「くっそぉ!待て!」
ウィングのせいでカプセルの隙間を抜けられない蒼は、急いで通路の端まで走り、隣の通路へ走る。
「アハハハハ!!」
通路の先に、真っ黒な色をした魔法少女型の「何か」が立っており、その足元に持ち去られた魔法少女の亡骸が転がっていた。
「アハハハハハハ!」
「うおっ!? 危ねっ!」
驚くべきことに、その黒い敵は魔法少女の能力のような光線を放って攻撃をしてきたのだ。
勢いよく屈み、それを回避する蒼。
「こいつもしかして……! 新里がさっき見かけた黒いウニョウニョした奴か!?」
蒼はデバイスを操作し、エネミーサーチを起動。敵の正体を探るべく、緑色のサーチレーザーを放つ。
そうしている間にも、敵は光線を次々撃ってくる。
シールドを張って防御する蒼。
「カライン……ゼルロイド……どっちの反応も出てる!?ハイブリッドか!?うっ!!」
今度は後方から、シルエットの異なる黒い敵が蒼を攻撃してきた。
手裏剣のようなエネルギーブレードが両肩を切り裂き、筋肉が断裂した両腕がダランと垂れ下がる。
「ぐっ……おおお……!!」
激しい痛みに崩れ落ち、悶絶する蒼。
シールドをドーム状に展開し、何とか二方からの攻撃を防ぐが、激しい衝撃がシールドを襲い、耐久がどんどん低下していく。
「新里……! 笠原……! こっちに敵が2体いる!」
デバイスの超単距離通信を用い、二人を呼ぶ蒼。
「すみません! こっちにも敵がいっぱいいて……!ああっ!!」
「くっ!! 放し……なさい! きゃあああああ!!」
その向こうから聞こえるのは、彼女たちの苦闘を告げる悲鳴だった。
「他にも敵いんのか! くっ……自力で何とかしなきゃいけないのか……!」
幸いにも左肩は白い光を噴きながら再生しており、あと1分もあれば元に戻るだろう。
だが、全面を覆うシールドによるエネルギーの消耗が激しい。
蒼のエネルギー同時使用量のほとんどを占めてしまい、シールド越しに攻撃できるエナジーキャノンの併用が出来ないのだ。
「まずいな……。シールド解除したとたんハチの巣だぞ……」
シールドは徐々にひび割れていき、もはや限界である。
肩の傷は光と共に再生し、完全に元通りとなった。
「仕掛けるなら今か……。上手くいくか分からんけど……。ウィングイジェクト!」
蒼の背中から、翼のみが分離し、シールドの天蓋を突き破って上昇。エンジンを勢いよく吹かし、背後の手裏剣を乱射する敵に突っ込んでいった。
突然の飛び道具に面食らったのか、敵はブレイブウィングを標的に黒い手裏剣を次々と放つ。しかし、スペースチタニウムのボディには傷一つ入らない。
「アハハハハッハア!!」
そのまま敵に体当たりを仕掛けるウィング。
敵は弾き飛ばされ、倒れ込んだ。
「エナジーシャワー!!」
体当たりを仕掛けた返す刀で、勢いよく回転し、詩織のエネルギー場の粒子と蒼の白色光線を敵めがけて照射する。
「アハハ……ハハ……ハ……」
その光に当てられた敵は、塩をかけられたナメクジの如くドロドロと溶け始めた。
溶けた部位は黒い粒子となって分解されていき、エナジーシャワーが有効に作用しているのが見て取れる。
「残りはお前!」
一方の敵を無力化したと判断した蒼は、シールドを全面からピンポイントにスイッチし、エネルギーの消耗を抑えながら、残る敵との距離を詰めにかかる。
ウィングに合体しているキャノン、ファンが使えないため、使用可能なのはアームブレードのみである。
サポートバードはそれぞれ苦闘する詩織、香子に回しているので使用は不可能だ。
「シールドスイッチ!」
シールドを槍のような三角錐に変形させ、そこからブレードを突き出すような格好で、敵に突撃する蒼。
「アハハハハハハハ!」
敵は続けざまに光線を放ち、避ける素振りも見せない。
「食らえ!」
シールドとブレードが勢いよく敵の胸、両肩に突き立った。
「アハハハハハ!!!」
悲鳴のようなトーンの笑い声と共に、刃が突き刺さった部位が激しく発光し、分解が始まっている。
「せやああああ!!」
蒼はそのまま思い切り下まで剣を振りぬいた。
4枚に切断された黒い敵の肢体はべちょりと音を立てて崩れ落ち、黒い光となって霧散していった。
■ ■ ■ ■ ■
「きゃあっ!!」
一方の詩織は、四方から飛来する光線、剣撃、体術に晒され、窮地に立たされていた。
詩織を包囲するように6体もの敵が集結し、矢継ぎ早に攻撃を浴びせかける。
エネルギー場を形成しているため、現在最も能力で優れているのは詩織だが、魔法少女のような戦闘力を持つ敵を複数体同時に相手にするのは流石に厳しい。
「ライトニングミラージュ!」
「「アハハハッ!!」」
それでも詩織はよく健闘し、確実に一体、一体と薙ぎ倒していく。
無数の刃が2体の敵を切り刻む。
その肉体はスライムのように液状化したかと思うと、再び人の姿となって立ち上がってきた。
「はぁ……はぁ……。キリがない!」
「「アハハハハハハ!」」
「きゃあ!! うあああ!! ああっ!!」
6体の敵が次々と詩織めがけて攻撃を放ち、彼女は倒れ伏すことも出来ないまま、一方的に嬲り者にされてしまう。
ブレードホークが詩織を助けるべくブレードを閃かせ、敵に切りかかる。
「アハハハッ……」
白く光る刃で一体を両断し、詩織の背後に回り込むと、彼女を守るように3条の射線を遮った。
「ブレードホーク……ありがとう。 はぁ!!」
正面に構える2体の敵に光刃を飛ばし、一時的に無効化する。
「合体!」
2枚のブレードが詩織の腕に組みつき、ブースターとシールドが続けて合体する、
「ライトニング・ブレードゲイル!」
ブースターで勢いよく加速し、倒れ伏す2体の敵を回転しながら切り刻む。
「はあああ!!」
そのまま勢いよくターンし、背後の3体に突進していく。
迫る刃の竜巻に本能的な恐怖を感じたのか、ジャンプして逃げようとする敵。
しかし、その頭を押さえるようにブレードホークがスライサーキャノンを放ち、次々と叩き落した。
「せやああああ!!」
落下してくる敵を次々と細切れに処し、その竜巻は静かに停止した。
「復活……してこない。なんでだろ? いや、今は先輩を助けに行かないと!」
今度は復活してこない敵に違和感を覚えたが、詩織は蒼の助太刀に向かうべく、傷ついた体のままに走り出した。
■ ■ ■ ■ ■
蒼、詩織がそれぞれ交戦している同時刻。香子も同じく敵の襲撃に晒されていた。
「放しなさい! きゃあああ!!」
香子を襲撃したのはそっくりなシルエットを持つ2体の敵であった。
手からエネルギーのチェーンを飛ばし、香子を拘束する。
さらに電撃のような黒い閃光をチェーンに這わせるように飛ばし、香子の抵抗力を奪っていく。
「アルム・レイザー!」
コンバータースーツの両腕に合体したレーザー砲が閃光を放ち、チェーンを切断する。
「レイズイーグル イジェクト! ザイテ・バルカン!!」
香子の背に合体していたレイズイーグルのウィング、キャノンユニットが分離し、香子の発砲に合わせて背後の敵にエナジーキャノンを叩き込んだ。
「「アハハハハハハ!!」」
敵はいとも簡単に爆散し、黒い粒子となって消えた。
「蒼! 今行く!」
香子もまた、蒼のもとへと急いだ。





