第21話:急襲! 黒の魔法少女
『侵入者はB-22ブロックに進行! 警備班が応戦中!』
『侵入者は魔法少女!黒いエネルギー粒子を確認!』
アラームに混じり、オペレーターの叫ぶような放送が続く。
「B-22ブロック……まさか!」
血相を変えて走り出した御崎、宮野を慌てて追いかける魔法少女部。
「何か重要なモノでもあるんですか!?」
「……」
蒼の問いかけに押し黙る御崎。
宮野も御崎と蒼を交互に見つめ、言おうか、言うまいか迷っている様子だ。
「教えてもらえないと僕らも戦い辛いですよ……」
「……魔法少女の……人体標本を保管してる倉庫があるの」
御崎の告白に、詩織と香子がぎょっと目を開いた。
「あくまでも戦闘で亡くなった方だけですよ! ご親族の了承も得てます!」
宮野が慌てて御崎の言葉を補完する。
「魔法少女の方々のエネルギー研究のためにご遺体を回収し、分析を行ったんです。その後、研究サンプルとして、保管庫で超低温保存させていただいてます……」
「やりたいことは分かるけど……あんまりいい気分はしないわね」
香子が眉をひそめる。
魔法少女の尊厳について熱くなっていた彼女らしい。
詩織も同じく険しい表情で宮野達を見つめていた。
『警備班全滅! 魔法少女、さらに1フロア下へ侵攻!』
「こっちへ!」
御崎の誘導でエレベーターに乗りこむ5人。
液晶には「B-11」と表示されており、ドアが閉まると同時に数字がカウントアップしていく。
「何はともあれ今は敵を倒すのが先決だ。それに黒の魔法少女って確か……。どうにも嫌な予感がする」
「うん、黒の子はカラインに殺されたはず」
「それがここに現れて、魔法少女サンプルを狙ってきた。絶対何かありますよね」
「今、ここの無線LAN経由してウィングとサポートバードを呼び出しといた。ただ、結構時間かかりそうだ。それまではコンバータースーツだけで時間を稼いでくれ」
「はい!」「分かった」
腕のデバイスを操作しながら話し合う蒼達。
宮野、御崎は聞きなれない複数の単語に首を傾げる。
「後で説明しますよ。その時ここの秘密全部教えてもらいますからね」
蒼が宮野ら二人に情報交換を提案する。
二人はその一瞬顔を見合わせ、コクリと承諾の意志を示した。
「もうすぐ敵のいるフロアよ。気をつけて!」
御崎、宮野が銃を構え、魔法少女二人はデバイスのウイングモードを起動した。
エレベーターの数字が「B-23」を指し、ゆっくりとドアが開く。
地下23階は一帯の電気が消え、暗闇に包まれていた。
その闇の中で詩織と香子のコンバータースーツが美しく光っている。
蒼がデバイスの探照灯を起動し、眩い光がフロアを照らし出した。
無機質なコンクリートの壁が所々砕け、殺害された警備班の遺体が転がっている。
エレベーターホールから少し進んだ先。階段のドアが破壊され、その目の前の自動販売機が火花を散らしていた。
「ここから敵は侵入したのか……。保管庫はこのフロアなんですか?」
「いえ、ここから3フロア下よ。重要な設備や保管庫のあるフロアはセキュリティの観点から階段の配置を変えてあるの。」
「下に降りる階段はこの先を左に曲がった先にあります……」
辺りを警戒しながらじりじりと前進する。
黒いエネルギー粒子は漂っているが、それは闇を照らしてはくれない。
黒の魔法少女はこれに紛れて敵を奇襲する戦法を主に使っていたようだが、こんな形で体感したくはなかったと蒼は思う。
「待ってください! 何かいます!」
突然、詩織が曲がり角の先を指さした。
蒼が慌てて探照灯を向けるが、何もいない。
しかし、エネルギー場の粒子が僅かに揺らいでいた。
「どんな感じのものが見えた?」
「何か……。ウニョウニョとしたクラゲみたいなものが、地面を這うように動いてたんです」
警戒を怠らぬよう、曲がり角の先を湾曲カメラで暗視撮影し、敵の有無を確認する。
天井、壁、床、全体を見回すが、それらしき存在は見受けられなかった。
しかし、開け放たれた階段の扉に向けて、黒い粒子の揺らぎの帯が確かに残っている。
「敵はもう下のフロアに向かってるな……。急ごう」
■ ■ ■ ■ ■
幸運にも、地下24階の電気は生きていた。
しかし黒い粒子はなお濃く漂っており、視界は悪い。
「このフロアはガイアクリスタル発掘用の機器が置かれてたから、かなり広い空間があるわ。戦うならこのフロアが理想的よ」
御崎の言う通り、高さ、幅共に50mを超える格納庫のような空間が広がっていた。
以前はここに削岩機が所狭しと詰め込まれていたそうだが、今は別の掘削現場へ移転したらしい。
「先輩危ない!!」
突然詩織が叫んだかと思うと、蒼を突き飛ばした。
直後、蒼の立っていた場所に魔法陣のような文様が走り、そこから無数の触手のようなものが勢いよく伸び上がった。
詩織は何とかそれを回避しようと身を捻ったが、その触手は意志を持つがごとく腕に、足に、次々と巻き付き、彼女を空中で十字に拘束していく。
「くっ……!」
拘束から逃れようと、必死にもがくが、手足を戒める触手はやがて鎖のような形に代わり、鋼鉄の如き硬度で詩織の自由を完全に奪っていく。
魔法陣が足元から鎖を伝うように移動し、詩織は黒い魔法陣に磔にされてしまう。
尚も体を振り、逃れようとする詩織に、魔法陣から黒い鎖が次々と伸び、全身を身動き一つ出来ないように締め上げていく。
「う……ああ……!!」
首にかけられた鎖がギリギリと締め付けられるたび、詩織の嗚咽が漏れる。
「新里さん!!」
香子が詩織を助けようと光線を放とうとするが、鎖は密に絡まっており、下手に攻撃すると詩織を打ち抜きかねないため、攻めあぐねている。
現状生身で、攻撃手段を持たない蒼は完全に蚊帳の外である。
御崎と宮野も予想外の出来事に右往左往するばかりだ。
「アハハハハ……。来たわね」
黒い粒子を纏いながら、ゴスロリ風の衣装に身を包んだ魔法少女が現れた。
「カライン! なのか……?」
カライン特有の気味の悪い笑い声を発してはいるが、その言語はかつてないほどはっきりとしていた。
さらに、顔面も変形したような跡は見受けられない。
だが、その瞳に光はなく、眼球は血のような赤色に染まっていた。
「あなたのお友達……死んじゃうわ」
「うあああああああ!!」
黒の魔法少女が指を鳴らすと、詩織を拘束する鎖がギリギリと締め付けを増し、彼女の肌に食い込んでいく。
詩織を包むコンバータースーツが所々バチバチと発光し、強度の限界を告げている。
「や……やめなさい!! 新里さんを解放しなさい」
御崎が黒の魔法少女に銃口を向け、詩織を解放するように迫る。
しかし、彼女はそんな交渉に乗ってくるような素振りはなく、無言で黒い魔弾を放ってきた。
間一髪、香子が御崎を抱えて飛び退き、事なきを得る。
「御崎先生。アイツはもう魔法少女じゃありません。説得も交渉も無意味です!」
唖然とする御崎を抱え、離脱する香子。
宮野にも退避を促し、二人を格納庫の出入り口まで後退させる。
「のああああ!! おわあああ!!」
一方。一人残された蒼は魔弾と拘束攻撃の連打から必死で逃げ惑っていた。
「先輩……。右です……! 次左……!!」
黒の魔法少女が蒼に気を取られている間は鎖が緩む。それに気づいた詩織は磔にされながらも、蒼を一秒でも長く逃がすべく、回避の指示を飛ばし続けていた。
「先輩頑張ってください! 先輩がやられたら今度こそ私ヤバいです!」
「まか……せろ……! うおぉ!?」
蒼はもう限界寸前だ。
詩織の指示への反応も遅れ気味になり、拘束攻撃に危うく捕えられそうになる。
普段はブレイブウィングによってカバーされているが、蒼はそもそも体力のある方ではない。
「うっ!! ぐ……!!」
とうとう地面から伸びた黒い鎖が蒼の首と右太腿を捕えた。
スウ……と魔法陣が空中に立ち上がり、蒼を捕えんと鎖を巻き取っていく。
「アハハハハ……捕まえた」
黒の魔法少女は満足そうに笑うと、詩織に目線を移す。
「うわ……やばい…… うぐっ!!」
蒼はもう脅威ではないと判断し、詩織の締め付けを再び強くする。
「ぐ……あぁ……」
全身が千切れそうな圧に、苦しむ詩織。スーツが火花を散らし、アラームが危険を告げている。
それでも詩織は逆転の可能性にかけ、一秒でも長く耐えようと、全身に力を込め、鎖を押し戻す。
「うおぉ……」
蒼も必死で踏ん張るが、やはり非力な一般男子高校生。徐々に魔法陣へ引き付けられていく。
「蒼!! くっ!」
香子が蒼を助けに入ろうとするが、今度は香子を標的に、魔弾を放つ黒の魔法少女。
「貴方で最後……アハハハハ」
左手で詩織の魔法陣を操り、右手で香子に魔弾を放つ。
香子も反撃を試みるが、黒の魔法少女は詩織を捕えた魔法陣の背後に回り込み、香子の攻撃を封じる。
「まずい……まずいって……!!」
いよいよ魔法陣が背後に迫り、もはや逃れるのは不可能かと思われたその時。
『ピピッ! ピピッ! ピピー!』
蒼、詩織、香子のデバイスから軽快なアラームが鳴り響いた。
「反撃……開始だ!! ブレイブウィーーーング!!」
蒼の呼びかけに呼応し、分厚い格納扉を突き破って飛来する3機の翼。
蒼を捕える黒い鎖をブレードホークが切断し、レイズイーグルの光線が、背後から詩織を捕える魔法陣を分解する。
「「合体!!」」 「ユナイト!!」
「エナジーキャノン!」
蒼の白いエネルギーが黒の魔法少女に向けて放たれる。
だが、それは易々と回避されてしまう。
「ブレードラッシュ!!」
「ザイテ・バルカン!」
詩織が切りかかり、香子のバルカン砲が火を噴く。
次々と撃ち込まれる攻撃を軽快に回避していく黒の魔法少女。
「アハハハハ! 捕まえ損ねちゃった! バイバイ!」
そう言うと、ウィングが開けた穴を通り抜け、格納扉の外へふわりと飛び去っていく。
「待て! 逃がすか!」
蒼がエンジンを吹かし、追いすがる。
格納扉の先には、先ほど見た巨大ガイアクリスタルが煌々と輝いていたが、既に黒い粒子は消え去り。同じく、黒の魔法少女の姿も、どこにもなかった。





