第20話:ガイアクリスタル
「はぁ……はぁ……。屈し……ません……」
額に脂汗を滲ませ、下半身を苛む苦痛に耐える詩織。
「先輩達の前で……みっともないところは見せられませんから……。んん……!」
身体を上下に揺すられる度、鈍い痛みを堪えながら、蒼、香子に笑顔を向け、気丈に振舞う詩織。
「新里さん駄目……! もう貴方の体がもたない!」
「俺たちなら大丈夫だから……。無理しなくていいから!」
「いえ……絶対……耐えてみせますから!! うああっ!!」
なぜこのようなことになったのか、事態の発端は1時間ほど遡る。
■ ■ ■ ■ ■
高速道路を走る一台のワゴン車。運転席、助手席以外の窓は全て塞がれた、現金輸送車のような車体だ。
その後部座席に3人は乗っている。
車内から外の様子は一切分からず、キャビンとは完全に遮断されている。特殊な妨害システムが入っているのか、スマホの回線も、GPSも全く動作しない。
壁も異様に厚く、ちょっとやそっとの衝撃ではビクともしないだろう。
「先輩……。本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「分からんけど……。今は従った方が良いんじゃねーの? それに、警察動かせるってことは、ちゃんとした機関なのは間違いないだろうし」
「なんかアタシたち護送される犯罪者みたいね……」
特に拘束や目隠しをされているでも、監視員が付けられているでもないが、なぜか小声になってしまう3人。
「さっきから全然止まらないけど、これ高速乗ってるわよね」
「大体3時間くらいかな。結構遠いなぁ……。」
距離を悟らせないための偽装か、それとも本当に遠いのか、ノンストップで走り続けるワゴン車。
角を何回曲がった程度なら、蒼はある程度位置を特定できる自信はあったが、流石にもう全く分からない。
そして車内には、ゼルロイドだの、侵略的特殊云々……だのとは全く異なる。しかし、極めて危機的な問題が生じつつあった。
「うう…。乗る前にスポドリ飲むんじゃなかった……」
「新里さん……大丈夫?」
「戦闘後の水分補給!」と、スポーツドリンクボトルを一本空けたのが仇となり、詩織の水源が危険な領域に達しつつあったのだ。
乗車時間を全く伝えられていなかったのだから当然だと言えば当然の事態である。
「揺れが……。段差が……。うっ!」
高速道路特有の道路の継ぎ目、車線変更や加速による揺れ、全てが詩織のダムを決壊させんと襲い掛かってくる。
「あ、こんなんあったぞ」
何か打つ手はないのかと車内の動ける範囲を物色していた蒼が見つけたもの。それは簡易トイレ袋であった。
偶然なのか、それともこのような事態を予見していたのか、その袋は3人分用意されており、うち2つが女性用、1つは男性用であった。
「……使う?」
横で下半身を露出し、剰え排尿しろというのは、流石の蒼も躊躇している。
しかし詩織の顔色は明らかに悪くなり、このままだと目的地に着く前に倒れてしまいそうな勢いだ。
「新里さん……。私たちは大丈夫だから、使っていいよ?」
「あ……ああ! 無理して膀胱痛めたら大変だろ! 気にせず使ってくれ」
香子が気を遣いながら使用を促すと、蒼もそれに続く。
「い……いえ……私大丈夫ですから……。とりえず壁際に移っていいですか……?」
密室のこの空間。エアコンはあるが、遮るものは何もない。花も恥じらう高校1女子として、見られる、聞かれる、嗅がれるのは死んでも避けたいと、詩織が思うのは当然である。
彼女は壁際にグッと体を押し当て、両腕をがっちりと組み、足をキュっと閉め、目を瞑って堪えるモードに入ってしまった。
「はぁ……はぁ……。屈し……ません……」
そして今に至る。
1時間近くも耐え続けた詩織だが、いよいよ限界が近づいている。
顔は真っ青を通り越して土気色になり、時折ピクピクと体に痙攣が起き、その度に握りしめ続けた二の腕は青く変色している。
ことに至った経緯はギャグのそれだが、詩織の容態は笑って済まない領域だ。
詩織の手を蒼と香子が握り、さながら死に瀕した病人を看取る病床の図と化している。
「もういい! 使え!使うんだ!」
「新里さん!漏らす方がよっぽど乙女としてマズいよ!」
香子は無理やりにでも携帯用トイレを使わせようと、詩織の下着を脱がせにかかり、蒼は携帯用トイレを使用可能な状態にセットする。
詩織もとうとう観念し、トイレ袋におずおずと手を伸ばす。
「先輩……私……腕が……もう……」
しかし、握りすぎで鬱血した手が震え、トイレ袋を上手く掴めない。それどころか足も痙攣し、満足に開くことも出来ない。
「蒼! 足をお願い……!」
「ええ!? わ……分かった!」
「先輩……ごめんなさい……!」
詩織の女子力がまさに決壊しようとした時、使用走り続けていたワゴン車がゆっくりと停車した。
「お疲れ様です~。ここが自分たちの研究本部で……」
宮野がドアを開けると、背後から詩織の足をM字に開かせて顔を逸らす蒼と、詩織の股間に携帯用トイレの女性用アタッチメントを当てようとする香子がいた。
詩織と目が合ったが、宮野は無言でドアを閉めた。
「すみません!! お手洗い借ります!!」
どことも知れない、コンクリートに囲まれた謎の地下空間。そこが宮野達の所属する組織「侵略的特殊生命体対策委員会」本部だった。
詩織は宮野に一声かけると、急いで職員用トイレに走っていった。
内股でピョコピョコと走る様に女子力は全く感じられなかったが、先輩二人の目の前で花を摘む事態にはならずに済んだのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「ゼルロイドは外宇宙から隕石に付着し、飛来した宇宙生命体であるという説が現状最も有力です。最初はスライムのようですが、生物を捕食し、DNAを読み取ることでそっくりな姿に変貌、やがて巨大化し、細胞分裂で増殖します。」
全面コンクリート打ちっぱなしの廊下を歩きながら、タブレットを使ってゼルロイド研究の基礎部分を蒼達に説明する宮野。
殿を御崎が歩き、まるで3人を見張っているかのようだ。
「ゼルロイドは人間や他の生物の血肉の他、負の感情から生まれるマイナスエネルギーを摂取し、それによって体組織を構成します。これは既存の火器で分解、破壊することはまず出来ません。仮に損傷しても、大気中のマイナスエネルギーを吸収し、すぐに再生してしまいます……。このあたりは皆さんの方が詳しそうですね。アハハ……」
3人の「そんなこと分かってる」というオーラを感じ取ったのか、スライドをいくつかめくり飛ばす宮野。
「魔法少女の発するプラスエネルギーは、ゼルロイドの体組織を……ここも知ってますよね……。」
用意してあるスライドが、悉く魔法少女なら知っているような内容ばかりのため、3人は明らかに退屈そうな様子だ。
流石に4時間超かけて連れてこられた上に知っている情報しか語られなかったとあれば、機嫌も悪くなるだろう。
RPGで言うなら死ぬほど攻略が面倒なダンジョンの最深部で店売りアイテムしか手に入らなかったくらいのガッカリ度である。
宮野も焦り始め、スライドを急いでめくりながら、めぼしいデータを漁っている。
「あ! コレです! 魔法少女が発生させるエネルギーフィールドに関してなんですけど……。ご興味は……。ありますよね!」
蒼が身を乗り出してきたのを確認すると、宮野は声高に説明し始めた。
「魔法少女が戦うとき、展開されるプラスエネルギーに満ちた空間。これを自分たちはエネルギーフィールドと呼んでいます。あなた方はエネルギー場と呼称されてるようですね。これは地球内部のから呼び出されたエネルギー流です」
「地球内部のエネルギー流……」
蒼が興味津々で聞き入っている。
蒼も地球内部のエネルギーを調査することは出来なかったからだ。
「この研究施設は元々、そのエネルギー流を調査するために作られたものなんですよ。だから地下にあるんです。」
「その流れはどういう経路で各魔法少女に届くんですか?」
「それはですね……」
蒼の質問に、待ってました!とばかりにテンションが上がる宮野。
そして眼前の扉の開閉スイッチに手をかけ、扉を開放した。
「これが自分たちの調査の成果です!」
■ ■ ■ ■ ■
「うわーーー!! すっごい! 綺麗!!」
「すごいでしょう? 自分たちはこれを“ガイアクリスタル”と呼んでいます」
感嘆の声を上げたのは詩織だった。
地下に作られた研究施設。それよりも遥かに巨大な空間に、大きさにして一辺が10kmはあろうかというクリスタルが浮かんでいた。
時折、地下から光が走り、クリスタルを介して色とりどりの光線に姿を変え、地下空間の上空へ放たれていく。
「もしかして……あれがエネルギー場に?」
「ええ、恐らく。このサイズのクリスタルで、大体半径500kmをカバーしていると考えられています。」
「ということは複数コレが存在してるってことですか?」
「そうですね。日本の領土、領海内には大体このサイズが1000~2000個存在していると自分たちは想定しています。他にも、このサイズ、この形状まで成長していなくても、手のひらサイズのガイアクリスタル鉱石ならそこらじゅうで採取できるんですよ」
初めての情報に目を輝かせてクリスタルを見上げる蒼。
ふと、あることを思いつき、宮野に尋ねてみた。
「ここで魔法少女が変身したら、エネルギー場が展開される瞬間が見られるんじゃないですか?」
「ええ。自分も今回はそれの目的で皆さんに来ていただいたんですよ。研究の成果を証明してほしいんです」
「それじゃあ……新里。ちょっと変身してみてくれない?」
「はい! 喜んで!」
名誉ある初めての検証にテンションが上がった詩織は、いつになく気合が入っていた。香子は少し不満そうだったが……。
宮野、御崎はカメラを構え、蒼はアイポイントカメラを起動する。
「魔法少女シオリ 変身!」
空に(と言っても地下だが)右手を掲げ、目を瞑り、腕を回したり、少しセクシーなポーズを取ってみたりと、普段とらないような変身ポーズを次々決めていく詩織。
しかし、一向に彼女の姿は変化しない。
「あれ?」
詩織が違和感を覚え、カメラマン3人が早く変身しろと無言の圧をかけ始めた時、突然クリスタルが黒い光を発し、辺り一面が漆黒の粒子で覆いつくされた。
「!! これは……黒の魔法少女のエネルギー場!?」
蒼が言葉を発するのが先か、後か、侵入者を告げる警報がけたたましく鳴り響いた。





