第17話:その名はカライン
いつもの魔法少女部部室。パソコンのモニターに部員3人が噛り付いている。
「ほら、この攻撃、絶対この子のと同じだよ」
モニターに映し出されるのは蒼のアイポイントカメラが記録した先日の戦闘。カラインと名乗った人型の敵、及びカエル型ゼルロイドの記録映像である。
そしてそれと並べて再生されている映像。それこそ蒼が以前記録していた「桃色の魔法少女」の戦闘映像であった。
「桃色のエネルギー場と白とピンクのコスチューム、それとピンク色の長い髪が特徴で、必殺技はハート形の光線。バリアを張る能力もあったな」
淡々と映像をシークしていく蒼。
副部長と部員の表情は暗い。
「間違いないでしょうね……。あの行動を見るに、体を乗っ取られて、生きたまま操り人形にされてたんじゃないかしら。それでもほんの少しの自我が残ってて……」
「それって……。あの人を殺したのは私たちってことなんでしょうか……」
詩織もまた、魔法少女と戦い、倒してしまったという事実にショックを隠せない。
仮にあの状態でも彼女が生きていたのなら、自分たちは殺人を冒したも同然だからだ。
「まあ、瞳孔が異様に広がってたし、脳や頭蓋骨が無事とは思えない。“人間としては”とっくに死んでただろうよ。ほら、頭が明らかに変形してるだろ。血もダラダラ出てる」
一方。蒼は至ってドライである。
顔がアップになる部分を切り出し、頭部を侵食された哀れな魔法少女の様子を解説している。
その恐ろしい形相に、魔法少女二人は顔面蒼白である。
「機械的に喋ってた部分はカラインがあの子の脳を侵食して、その中から使えそうな語句を選んで使用してたんだろうな。」
アイポイントカメラの映像をカチカチと切り替えながら、敵が喋っているシーンを何度も見返している。
「この感情がこもった喋り方してるときは魔法少女が意識の主導権を奪取できたのか、それともこちらの動揺を狙ってカラインが仕掛けてきたのか……。 まあどっちにせよ助けられはしなかったよ」
それに、あの子に直接攻撃当てたのは俺だし。と言いながらパソコンチェアをクルクル回す。
あまりに冷静な態度に、詩織はどこか不気味さを覚えた。
「そんでこれ。カメラの隅っこ見てみ」
そう言いながら映像を拡大し、鮮明化処理を施す蒼。
一見、黒い点のようだったが、鮮明化してよく見ると、捩じ切れた少女の頭部から黒い触手のようなものが伸び、藪の中へ消えていく様子が映し出されていた。
まじまじと見つめていた詩織がひいっと悲鳴を上げた。
「カライン本体は人の頭部に収まるサイズ……。脳を乗っ取って、肉体が壊れたら別の宿主に移っていく性質があるのかもね。ヤドカリみたいだよね」
彼は冗談のつもりで言っているのかもしれないが、二人は笑えたものではない。
本来、魔法少女はゼルロイドを狩る側であった。無論、反撃をうけ、傷ついたり死亡する魔法少女も少なからずいるが、ゼルロイドが魔法少女を選んで襲ってくることは基本的にはあり得ないことであった。
しかしカラインはどうか。
何らかの方法でゼルロイドを使役し、本能のみで行動する彼らに作戦行動を取らせている。
魔法少女に対して連携した攻撃を仕掛けることが出来るのだ。
それどころか、魔法少女を襲い、操り、挙句ゼルロイドの餌にしてしまう。
そして魔法少女を捕食したゼルロイドは、その能力を使い、また魔法少女たちを襲う。
魔法少女にとってこの上なく危険な敵と言えるだろう。
詩織達はそんな敵との最前線に飛び込んでしまったのである。
「あの敵……カラインがどの程度の知能を持って活動してるかは不明だけど、野生動物でも一度獲物の味を占めたら死ぬまで忘れないって言うしな。今後は魔法少女を積極的に狙ってくるかもしれない。」
至って冷静に、新たなる敵の脅威に関して推察する蒼。
「もちろん君ら二人も例外じゃない。戦闘の危険度が跳ね上がったな……」
「だったら……!!」
敵だけでなく、味方であるはずの蒼からも押し付けられる恐怖に耐えかねた香子が激高した。
「アンタも怖がらせるようなこと言ってないで、何か対策練りなさいよ! 見知った相手ではないけど、この街を一緒に守ってた仲間があんなに……残酷な……」
机を叩き、感情を露にする。
体をおぞましい姿に作り替えられ、魔法少女を襲う化け物にされる。頭をもぎ取られ、憎むべきゼルロイドの血肉となって魔法少女を襲う力にされる。
「街の守護者」を名乗り、誇りをもって長く魔法少女を続けてきた香子にとっては、桃色の魔法少女の最期はあまりに衝撃的なものであったのだ。
「あの子……アタシに助けてって言ってたの……。でもアタシは何もしてあげられなかった……。命を救うことも出来なかった……。それどころか……体はバラバラにされてゼルロイドの素材みたいに扱われて……。頭もいいように使われて……あんな屈辱的なこと無いわよ!」
怒りと悲しみ、恐怖に震える拳を握りしめる香子。俯いた彼女の下にポタポタと涙がこぼれ落ちる。
「助けられないなら、せめて楽にしてあげるだけでも……」と嗚咽交じりに呟く香子。
「先輩……」
詩織は香子の魔法少女に対する想い、覚悟に圧倒されながらも、そっと傍に寄り、震えながら涙を流す彼女の背中にそっと手を置く。
嗚咽を漏らす香子の背中をさすりながら、詩織もふと口を開く。
「私もはっきり言って怖いです。あの敵と戦うのも怖いし、負けて操り人形にされるのも怖い……。何より意識を持ったまま先輩達と戦うことになるのが怖くてたまりません」
蒼に向き直り、詩織は続ける。
「だから先輩……。新武器でも何でも構いません。カラインの脅威ばかりじゃなく、勝てる希望を私たちに見せてください。希望があれば、魔法少女は戦えます」
「ああ。丁度いいものが完成したとこだ」
詩織の言葉に、待ってましたとばかりにニヤリと微笑む蒼。
彼が机の引き出しから取り出したのは、青と黄色の腕時計型デバイスであった。
「正の感情は共に味わえば乗算、負の感情は分け合えば除算って言うよな」
蒼が投げたそれは、二人の腕にガッチリと組みつき、それぞれのカラーに光る文字盤が浮かび上がった。
「魔法少女部の強さ、見せてやろうじゃないか」
そう言いながら二人へ拳を突き出す蒼。
その瞳には、正義感と希望、そして深く重い怒りが渦巻いていた。





