第16話:桃色の怪異
「高瀬先輩はどう思います? あいつの正体」
「正体ねぇ……。捕まえて検査しないことには考えたってしょうがないんじゃねぇの?」
蒼の買ってきたフルーツタルトを囲み、タブレットをつつきながら緊張感のない対策会議に興じる魔法少女部一同。
蒼と詩織を薙ぎ倒した謎の敵だが、人の形を真似た不定形ゼルロイドではないかという蒼。ゼルロイドとは全く別の、知的生命体ではないかという詩織。出会ったことがないので考えようのない香子。
その敵の仕業と思われる人的被害が既に4人以上出ているため、このまま放置するわけにもいかない。しかし現状、出現が全く予測できず、しかも見た目は人間そのものなので発見することはあまりにも困難である。
「一応新里の纏めてた惨殺死体事件発生現場の位置をマップにピンしてみたんだけど……。地図で見る限りでは、魔法少女とゼルロイド両方の目撃例がある地点で発生してるんだな」
「それ結構重要じゃないですか!? ゼルロイドや魔法少女と何か関係してるってことですよね?」
「重要かもしれないけどさぁ……。どっちも出現してる場所なんかいっぱいあるぞ。」
タブレットをチョコチョコと操作し、魔法少女、ゼルロイドの出現場所をマップ上に表示していく蒼。
なるほどその数は優に300を超え、直近3ヶ月でも69か所もデータがある。
「とりあえず、その惨殺死体発見現場を件の化け物が縄張りにしてるエリア内と仮定して、4地点がちょうど収まる円を描いて、その中で魔法少女とゼルロイド両方の出現情報がある場所をピンしてみない? 闇雲に動くよりは仮定を作って動いた方が良いと思うの」
黙ってタルトを食べていた香子が口を開く。
「おお、ナイスアイデア」
蒼は指をパチンと鳴らし、香子にフィンガーサインを送る。
「誰でも思いつくでしょ……。アンタもしかして無計画でソイツ倒そうとしてたの?」
「い……いや……。俺はゼルロイドの一種だと思ってたから、見回りしてたらそのうち出てくるかなと……」
「呆れた……。」
サポートバードの製造に時間も取られてたし……。と、目を逸らしつつ、きまり悪そうに弁明しながら、マップに円と点を記入していく。
「結構絞り込めますね。事件現場と、私たちが遭遇した公園含めて8か所ですか」
「俺たちを追ってきた時は歩いてきたよな? となるとあいつはこの8地点を徒歩で移動してる可能性があるな……」
地点同士を道に合わせて線で結んでいくと、歪ながら一筆書きの八角形が出来上がった。
細い道や分岐路が少ないエリアのため、地点間の移動に使う道の選択肢はかなり限られる。また、あまり人通りも多くないことから、敵に遭遇した時すぐに変身、合体が出来るという点でかなり魔法少女部有利と言えよう。
「明日はせっかくの休日だし、アタシが時計回り、高瀬と新里さんが反時計回りで一気に見回らない?」
「そうだな。遭遇、発見したら即SMS飛ばして、最寄りの空き地まで誘い出して、合流次第一気に叩こう。この作戦が成功したら、笠原は副部長に昇格させてあげる」
「いや……。それは別にいらない」
■ ■ ■ ■ ■
翌日朝6時。詩織と蒼が初めて休日に街を見回り、化け物に惨敗を喫したあの日と同じ時間に3人は校門前に集まった。
「リベンジマッチですね! 燃えてきましたよ!」
詩織が気を吐く。あの日の戦いで自分が不覚を取ったばかりに蒼を危険な目に遭わせてしまったという自責と、毎日のトレーニングで上がった基礎体力とサポートバードという心強い武器からくる自信が彼女をいつになく熱くさせていた。
「今回はウィングも強化してるし、サポートバードもあるし、敵の能力も大方把握できてるから、そうそう負けないとは思うね」
旧ウィングユニットでは惨敗を喫したものの、今回は装備も万全で、それらを駆動させるプログラムも、これまでの戦闘を踏まえてアップデートしてある。
敵の能力が前回と変わりなければ、殆どダメージなく勝利できるというシミュレーションも出たので、かなり余裕ムードだ。
「自信を持つのは良いけど、油断したら駄目よ。そもそも謎が多い敵なんだから、どんな隠し玉を持ってるかも分からないじゃない。」
香子は二人に比べると少しネガティブになっていた。
この中では最も戦闘経験が豊富という自信のため、つい蒼と詩織を班にしてしまったが、一人であの敵と対峙するのが今になって不安が込み上げている。
蒼のアイポイントカメラの記録から、敵の戦闘スタイル、能力等を彼女なりに何度も研究し、戦闘力はそれほど大したものではないと考えてはいるが、映像で見るだけでも鳥肌が立つその恐ろしい見た目が彼女の心を揺さぶっていた。
また、蒼が妨害したために発動されなかった、大口を使った能力(?)も不気味である。
(今更、やっぱり蒼とコンビが良いなんて言えないよね……)
「ん? どうした笠原。ずっとこっち見てるけど」
「先輩……やっぱり全員で回りませんか?」
「えっ!? いや、大丈夫よ! 高瀬のことよろしくね!」
察しのいい詩織が気を利かせるが、香子はついつい気丈に断ってしまった。
そして今、彼女はそれを心底後悔している。
「ワタ… ン……アハハハハ……」
背の高い草に囲まれた廃工場の資材置き場。長い髪を揺らしながら近づいてくるそれは、蒼のカメラが記録していたものとは姿が異なるが、歪んだ顔、こちらを見つめる巨大な黒い目、そして、気味の悪い笑い声。間違いなく、あの時の化け物であった。
「……ン……アナタ……イ…アハハハ…」
以前は小学生くらいの小さな少女の姿をしていたが、それよりも明らかに大きい。150~160cmほどの背丈だろうか。香子と同じか少し高いくらいだ。
外観が異なるだけではない。こちらを指さし、言語のようなものを投げかけてくる。
「何……あんた一体何者なの!?」
変身し、身構えながらこちらも声をかける。詩織の言っていた通り知能を持つ生物なら、何か意思疎通が図れるかもしれない。
ポケットの中でスマートフォンを操作し、蒼達にSMSを飛ばす。
何と入力できたかは分からないが、位置情報付きのメッセージが届けば、何らかの異常が起きたことは察してくれるはずである。
「ワ……シ……カライ……ン…」
「カライン……?」
「ワタシ……ハ…… ああ……お……け……て……」
こちらの言葉に反応して言語を返してきてはいるが、その声からは感情を全く感じず、また、その意味は全く分からない。
恐らく敵はこちらの言語を真似ているだけで、それを用いたコミュニケーションを行えるほどの知能はないのだろう。
香子は徐々に後ずさりしながら、いつでも攻撃が出来るよう右手に力を込める。
「蒼には悪いけど、先手を打たせてもらうわよ。シュトライフ…」
知能が無いのなら攻撃を躊躇う道理もない。蒼の言った通り、人の姿を真似る特性を持つゼルロイドなのだろう。香子が光線を放とうとした瞬間。
「たす…けて……くるし…」
「!!」
突然助けを求められた香子はとっさに光線を放つのを躊躇してしまう。
その隙を狙っていたかのように、上空から何かが降ってきた。
「はっ! 何!?」
横に撥ね飛び、降ってきた巨大な影を回避する。
「グエエエエエエエエエエエエ」
腹の底を揺するような声を放ちながら現れたのは、毒々しい緑と茶色の斑模様を持ったカエル型ゼルロイドであった。
「アハハハハハハハハ リン!リン!!」
その加勢に驚く間もなく、カラインと名乗った化け物が飛びかかってきた。
「なっ!速…… あぐっ……うっ!」
映像で見たものとは動きが全く違う。
高速で繰り出された蹴りを脇腹に受け、廃資材の山に叩きつけられる香子。
「コイツ……あの個体とは全然違う!! うわっ!」
間髪入れずに今度はカエル型ゼルロイドが口から透明な塊を放ってきた。
飛び上がり、それを回避する香子。今度はそこにカラインが飛びかかってくる。
「アハハハハハハハハ!! お…えぁあ!!」
「くぅっ!!」
重い蹴り。なんとかガードするが、受けた腕がミシミシと軋む。
そしてカライン飛びのくと、今度はゼルロイドが背中から白い粘液を噴射してくる。
「うわっ!! し……しまった!!」
ネバネバとした粘液に包まれ、身動きを封じられる香子。ここぞとばかりに大きく飛び跳ねたゼルロイドが勢いよく落下してくる。
「うぐっ!!」
巨体に圧し掛かられ、苦しむ香子。
「ああっ!! うぐあああ!! ああっ!! ごああ!!」
再び大きく飛び上がったゼルロイドが、落ちてくる。また飛び上がり…
ゼルロイドが降ってくる度、香子は圧せられたカエルのような声を上げる。同時に身体が徐々に地面にめり込んでいき、徐々に身じろぎすら出来なくなっていく。
(まずい……このままじゃ……)
大地に縫い付けられる香子の下にカラインがゆっくりと近づいてくる、その両手には淡い光が輝いていた。
香子は苦痛と共に薄れゆく意識の中でも、その光景から目を離すことが出来なかった。光はやがて桃色に変わり、それはまるで……。
「魔法……少女……?」
「ブレイブウィング!イジェクト!!」
香子の意識を叩き起こさんばかりの声量と共に、青い輝きを纏った翼が飛来し、香子に圧し掛かっていたゼルロイドを弾き飛ばした。
「笠原先輩!! 大丈夫ですか! くっ……うおりゃあああ!!!!」
詩織が駆け寄り、地面に埋め込まれた香子を救い出す。
「レイズイーグル合体! ブレイブウィング・バスターフォーメーション!」
カエル型ゼルロイドを吹き飛ばしたブレイブウィングが再び蒼と合体し、飛来したレイズイーグルが重ねて合体する。
「蒼!気をつけて! あの敵……全然能力が違う!! うっ……!」
ゲホゲホと苦しそうな咳をし、血の塊を吐き出す香子。
「笠原先輩! 変身を解いてください! 私代わります!」
ダメージを負った香子を庇いながら、一旦敵の眼前から引く詩織。
「駄目……あいつら隙も与えないで攻撃してくる……。今変身解いたら蒼が危ない……!」
「そんな……」
「サイドバルカン!」
グイイイイイイイイ……という轟音と共に両腰のバルカンが回転し、上空から青いエネルギー弾をまき散らす。
「アハハハハハハハハ!!」
それを次々と回避し、凄まじい勢いで飛行しながら蒼に肉薄してくる化け物、カライン。
そのまま勢いに任せ、強力な飛び蹴りを叩き込んで来る。
「くっ……! エナジートルネード!」
地面に降下し、蹴りを回避する、レッグアンカーを下ろし、体を固定する蒼。
マルチチャージャーファンが勢いよく回転し、青白い風の奔流を最大の威力で放つ。
上空から飛びかかってくるカラインに直撃した疾風がその肉体をバラバラに砕く……かのように思えたが……
「アハハハハハハハ!! ラブ……シールド……ああ…」
カラインは突然、淡い桃色のバリアを張り、その攻撃を防いだ。
「おい嘘だろ!? うぐあああ!!」
レッグアンカーのために動けない蒼の背中に、カエル型ゼルロイドの口から放たれた粘液弾が襲い掛かる。
「くっ…アームレーザー!!」
バランスを崩しながらレッグアンカーを解除し、右腕のレーザーをゼルロイドに乱射する。
「アハハハハハ!! い……や…ピュア…ハート……レーザー……」
そうしている間にも、上空からは桃色の光線が蒼に降り注ぐ。
レーザーシールドを展開し、その猛攻を防ぐ蒼。
アームレーザーがゼルロイドに二撃、三撃と直撃し、怯んだゼルロイドは茂みに飛び込み、姿を隠した。
「エナジーバスター!!」
すかさず態勢を立て直した蒼の両肩の二連装砲が吼え、上空のカラインに4本の閃光が叩き込まれる。
「アッハハハハハハ!!」
青い閃光が桃色のシールドを一瞬で粉砕する。カラインは身を翻し、うち3本を完全に回避して見せた。
しかし、うちひとつが腰を掠め、バランスを崩したカラインは背の高い藪に落下していった。
「ゲオオオオオオオオオオ!!」
今度は蒼の横合いの藪からカエル型ゼルロイドが飛びかかってきた。
レーザーが直撃したのか、目と顔の一部が分解され、ボロボロと崩れ始めている。
視界の半分を失ったゼルロイドの突進は、蒼とは明後日の方向に逸れ、廃材の山に勢いよく突っ込んでいった。
「トドメだ! エナジー…」
「蒼!危ない!!」
ひっさつのエナジーバスターを放とうとした蒼は、突然飛び込んできた香子に押し倒される。
その頭上をハート形の光線が迸った。
「アハハ……いや…タスケ…アッハハ…」
文字通りボロボロになったカラインがゆっくりと藪から這い出してきた。
手足はあらぬ方向に曲がり、首は横に90度以上折れ曲がった、おぞましい姿で。
その壮絶な姿に言葉を失う蒼と香子。詩織は後ろで腰を抜かしてしまっている。
「アハハハハハハハ!! おああああああああ!!」
感情のない笑い声、そして恐怖や絶望に満ちた人の悲鳴。それが辺り一面に響き渡る。
「蒼……!!」
地獄の底からあふれ出るような轟き。恐怖に駆られた香子が、蒼に強くしがみついてくる。
「アームレーザー!!」
蒼がカラインに光線を放つが、香子にしがみつかれているため、まともに狙いが定まらない。
突如、カラインの頭部が捩じ切れるように捥げ、地面に転がる。しかし、頭部を失った肉体は、生きているかのようにゆっくりとゼルロイドに近づいていく。
「ゲオオオオオオオオオオオ!!」
瀕死だったゼルロイドが息を吹き返し、その肉体に勢いよく食らいついた。
グチョ……グチョ……とグロテスクな音を発しながら、飲み込んでいく。
直後。
「ギュオオオオオオオオオ!! オオオオオオオオ!!」
ゼルロイドがひと際大きく咆哮したかと思うと、レーザーによって焼かれた傷が見る見るうちに修復されていき、緑と茶色の体色に濃厚な桃色のラインが走っていく。
「な……何だ!?」
「あ……あぁ……」
「ギョオオオオオオオ!」
ゼルロイドの目や、体のラインが桃色に激しく発光を始め、狙いを定めるかのように蒼と香子に向けて口が大きく開かれる。
危ない! 危機を感じ取った蒼が咄嗟にウィングのジェットを吹かし、しがみついた香子と共に上空へ逃れようとする。
「!? レーザーシールド……! うわあああああ!」
しかし、逃げる向きを狙いすましたかのように、桃色の光線が放たれ、二人はそれに飲み込まれてしまう。
「ぐっ…ああ…」
「うう…」
蒼は咄嗟にシールドを展開したが、圧倒的なエネルギー量の前にシールド諸共押し飛ばされ、地面に叩き落される。
見ればゼルロイドは再び光線のチャージに入り、大きく口を開けてこっちを狙っていた。
周囲の大気が歪んで見えるほどの濃密な桃色のエネルギーがゼルロイドの口内から溢れ出ている。その余りの濃度ゆえか、ゼルロイドの顔がドロドロと解け始めた。。
明らかに今の一撃の数倍に達する破壊力の光線を放とうとしている。
「まずい……。」
「蒼……嫌……」
あまりに異様な光景を連続で見たせいか、香子は子猫のように怯え、蒼にしがみつくことしか出来なくなってしまっている。
それに呼応するように香子のエネルギー場が揺らぎ、周辺のエネルギー濃度が急速に落ちていく。
エナジーバスターで反撃するにはもうチャージ時間が足りない、レーザーシールドでは到底防ぎきれない。
「アームレーザー!」
遮二無二、アームレーザーを連射する蒼、しかし、ゼルロイドはバリアを張り、それを全く受け付けない。
(笠原……! こんな状況どうしろと……!)
思わず香子を抱き寄せる蒼。香子も必死で蒼にしがみついてくる。
(オイオイ!なんか俺達死ぬ直前みたいで縁起悪くないか!?)
と、蒼がいよいよ迫る危機を自覚し始めた時。
「ブレードホーク!! 行けええええええ!!」
詩織の声が耳に届いた。
「キュオオオオオオオオ!!」
横合いから飛び込んできたブレードホークが、ゼルロイドの脇腹に勢いよく突き立った。
思わぬ攻撃に悲鳴のような咆哮を上げ、のたうつゼルロイド。
既に限界を超えてチャージされていた光線が空に向けて放たれ、激しい衝撃波が周囲を揺らす。
「きゃあ!!」
変身していない詩織は易々と吹き飛ばされ、蒼と香子も耐え切れず、宙を舞う。
ブレードホークが空へ弾き飛ばされた詩織をキャッチし、戦闘空域から飛び去って行った。
「おい!笠原!いい加減持ち直せ!!」
蒼はウィングの噴射で姿勢を立て直し、未だ体にしがみついてくる香子に頭突きを食らわせた。
「痛っ!? えっ!! ちょっと蒼! 何くっ付いてんのよ!」
「それはこっちのセリフだよ! 一発行くぞ!」
「え…! わ……分かった!! お願い!」
闘志を取り戻した香子に呼応し、エネルギー場が再び輝きを取り戻す。
「キャノンイジェクト!」
蒼からアームレーザー、サイドバルカン、二連装バスターキャノンが分離し、香子の両腕に合体する。
「はあああああ!! ラクナルク・ポリアミトゥル!!」
香子の両腕から巨大な光が溢れ出し、大気が揺れるほどの衝撃と共に、カエル型ゼルロイドを包み込んだ。
ゼルロイドも咄嗟にバリアを張って見せたが、無駄な抵抗だった。
青い太陽とも見まごう眩い光線が大地を穿ち、周囲の工場の残骸諸共ゼルロイドを跡形もなく蒸発させた。
その衝撃派は、生い茂っていた藪を薙ぎ倒し、辺りはまるで隕石の落下地点のような様相であった。
どこか遠くで、高らかな笑い声が聞こえた。





