第15話:林に潜む者
「はぁ……はぁ……くっ……!」
暗い林を桃色の粒子に照らされながら一人走る少女。
長い髪は鮮やかな桃色に染まり、白とピンクを基調としたコスチュームを身に纏っている。彼女もまた、この街を守る魔法少女である。
しかしその魔法少女のコスチュームは所々焼け落ち、露出した柔肌には痛々しい裂傷が無数に走っている。
「アハハハハハ…… アハハハハ……」
背後から若い男のような笑い声が聞こえる。
それはゆっくりと、しかし確実に迫っていた。
「ピュアハート・レーザー!」
ハート形に組まれた少女の指から放たれる桃色のレーザーが暗闇を貫き、笑い声の主を打ち抜く。
手ごたえを感じたが、同時に彼女は全身の力が抜け、崩れるように膝をついてしまう。
「はっ……はっ……どう……!?」
エネルギー切れが近いのか、肩を激しく上下させる桃色の魔法少女。
彼女の体力に反応するかのように、暗闇を照らしていた桃色の粒子がぼんやりと薄れ、辺りに本来の闇が戻り始める。
闇の向こうから聞こえ続けていた笑い声は嘘のように消え入り、カエルの鳴く声がいやに大きく響く。
「はぁ……はぁ……やった……あれは一体何なの……?」
気が抜けたように地面に倒れ込み、荒い息をする魔法少女。
「アハハハハハハハハ!!」
突然背後から聞こえた声に彼女が振り返る。しかし身構える間もなく体が浮き上がり、その直後、全身を押しつぶされるような衝撃と共に彼女は意識を失った。
「アハハハハハハハハハハハ!!」
勝ち誇ったような笑い声が木魂し、林を包んでいた光の粒子は、闇に呑まれるように消滅していく。
魔法少女も、笑い声さえも消え失せた林には、何事もなかったかのような静寂が戻っていた。
「先輩!!またです!今月3人目ですよ!!」
詩織が血相を変えて部室に飛び込んでくる。
「この遺体の状況……絶対あの化け物と関係してます!!」
いつも蒼が座っている部室奥の作業スペースに、スマホを突き出しながら滑り込む詩織。
「ちょっ!びっくりした!!」
そのスペースには蒼ではなく、香子がいた。
驚き飛び上がる香子。
「もう! 変な線入っちゃったじゃない! アイツなら今出かけてるわよ!」
飛び跳ねた拍子に、手作業で塗装中だったレイズイーグルの連装砲に妙な斜め線が入ってしまい、慌てて有機溶剤でふき取る香子。
蒼は今日、用事で校外へ出かけているそうだ。
「すいません……。結構重大な事件だと思ったので慌てちゃいました……」
ソファで体育座りになり、申し訳なさそうに小さくなる詩織。
「それで?その事件ってどう重要なの?」
「あ、はい……。前に私と高瀬先輩が人型のゼルロイド……なのかどうか分からない化け物と戦ったって言いましたよね?」
「ああ。言ってたわね。小さい女の子みたいな敵だったって。相当強かったんでしょう?」
「そうなんです。不意を突かれたとはいえメタメタにやられてしまいまして……。高瀬先輩が、本人もよく分からない能力で撃退してくれたから良かったんですけど……。服はやけにボロボロで、全身ドロドロに汚れてたんですが、目だけが異様に大きくて……真っ黒で……とにかく気味が悪くて……」
今思い出すだけでも悪寒がするんです。と、詩織は自らの腕を抱き、震えを抑え込みながら続ける。
「その敵の姿そっくりな服をした女の子の遺体が町内で見つかったんです。頭部が抉れるような、異様な損壊のされ方だったんですよ……。何か月も前に行方不明になってた子で、服も肌もボロボロだったみたいですね」
「気分のいい話じゃないわね……」
「ええ。あれからその敵とは会ってないんですけど、似たような猟奇事件が二回起きてたんです。」
詩織はスマホの画面を操作し、スクラップしたデータを見せる。
「今月頭に一人……これは男の子ですね。その次は中学生くらいの女の子、そして昨日は20代の男の人が頭部をネジ状に抉られた遺体で見つかってます。この人たちは全員1週間前後行方不明になっていた人らしいですね。」
「うーん……。確かにこれは無関係とは思えないわね……。こんな殺し方人間には普通出来ないだろうし、間違いなくゼルロイドが噛んでそう。」
「でも、ゼルロイドだとしたら発見された死体は何なんでしょう? あの子を食べてDNAデータをコピーしたのなら服までそっくりっておかしくないですか? しかもなぜかボロボロ……。」
いつになく真剣な表情でスマホを弄る詩織。
そのデジタルスクラップにはゼルロイドの犠牲者に関する報道が無数に張り付けられていた。
「ゼルロイドに殺害された人の状況を私なりに纏めてみたんですけど、直接の死因は刺殺、絞殺、失血多量、他諸々ありますが、遺体は必ず頭部が残ってます。本当に特異な事件なんですよ。これがゼルロイドの仕業だとするなら……ですけど」
「なるほどね。新里さんはコレがゼルロイドによるものじゃないって言いたいわけね」
「い……いえ……確証があるわけじゃないんですけど……」
詩織は少し言い淀んだが、スマホから目線を上げ、香子を真っ直ぐに見つめた。
「あの敵は……。ゼルロイドとは全く異なる……知性を持っているように思ったんです」
「知性……ね……」
本能で人を襲い、血肉を、そして恐怖や絶望を食らい生きるゼルロイド。狡猾な戦いを行うものもいるが、所詮はDNAを読み取った生物由来の生存本能の一部であり、人間のような思考能力は持ち合わせていない。
それに対してこの謎の敵はゼルロイドと同等かそれ以上の戦闘力を持ち、知性があると詩織は言う。
そんな敵が人の姿を持ち、この街のどこかにいる。
香子は頬を嫌な汗が流れてくるのを感じた。
そんな恐怖や不安を打ち消そうとしたのか、香子は「気をつけなきゃね……」と一言を返し、再び黙々とレイズイーグルの連装砲の塗装に戻った。
詩織もそんな香子の様子から「ちょっとシリアスな話になっちゃいましたね」と取り繕い、日課の基礎トレーニングに向かうべく、準備運動を始めた。
「おい! 商店街に新規オープンした店のフルーツタルトめっちゃ旨いぞ! 買ってきたからみんなで食べよ!!」
そんなシリアスな空気など知る由もなく、食欲のままに出かけていた眼鏡が部室に飛び込んできた。
「あーーーーーー!! せっかく綺麗に描けてたのに!!」
絶叫する香子。
詩織はそんな先輩コンビの様子から、この先の戦いに一抹の不安を覚えたが、蒼の買ってきたタルトが本当に美味しかったので、何となく、どうにかなるだろうと思えた。





