第47話:イカロスプロミネンス
ダダダダダダダ!
ダダダダダダダ!
巨体を思わせない滑らかな横スライドを披露しつつ、高速でエネルギー弾を放つカーゴイカロス。
右に、左に、テラーオシラサマの生糸攻撃の射線を避けつつ、的確にその頭部へ直撃弾を見舞っていく。
リュウキ同様、脚部の裏面にダッシュホイールが採用されており、それがビルの間を縫うような緻密かつ高速の移動を可能にしている。
リュウキより一回り小柄かつ、重量1/3という軽量な設計も機動性に一役買っているのだ。
ダダダダダダダ!
ダダダダダダダ!
激しい連撃に晒されるテラーオシラサマ。
しかし、華奢そうな外見に対し、そのダメージは軽微に見える。
「ちょいちょい! 全然効いてへんよ!」
「あの蝶の怪物が特別頑丈なのか……それとも彼の乗機が貧弱なのか……」
救助活動をしつつ、辺りに蔓延る蚕幼虫型ゼルロイドを蹴散らしながら、カナタと氷華が呟く。
その声をマジフォン経由で聞いていた蒼が、『両方です!!』と応えた。
『SX魔法少女3人のエネルギーを使えるリュウキと違って、カーゴイカロスは俺1人のエネルギーしか使えないのでっ! どうしてもパワーには数段の違いが出てきますっ!』
軽やかに見えて、操縦する蒼はかなり必死のようだ。
荒い息遣いが通信越しにも聞こえてくる。
対峙する人型があまり脅威ではないと判断したのか、テラーオシラサマがゆっくりと前進を始めた。
その巨大な翼が羽ばたくたび、巻き上げられた生糸が渦を巻き、その渦が炎を巻き込んで巨大な火炎旋風を複数形成する。
火炎旋風はゆっくりと、しかし確実に大火災の魔の手を広げていく。
『イカロススプリンクラー!』
カーゴイカロスの両腕のバルカンから猛烈な水流が噴射され、火炎旋風を鎮火していく。
しかし、羽ばたきと共に次々と生じる旋風。
さらに、消火に気を取られていると、テラーオシラサマが生糸を纏いながら高速で体当たりを仕掛けてくるので、蒼は早くも手いっぱいだ。
「高瀬くん! 援護するよ!!」
由梨花がテラーオシラサマの背後から薙刀で斬りかかり、その翼の根元へ斬撃を叩き込む。
だが、斬れない。
ファイナルフェーズに突入したテラーゼルロイドは、ちょっとやそっとの攻撃ではダメージ一つ与えられない。
由梨花は己の非力さに歯噛みした。
だが、その一瞬、敵の注意は由梨花へ向かった。
周囲を舞っていた生糸が瞬く間に由梨花へ絡みつき、その四肢を凄まじい力で捻じり上げる。
「あぐっ!! ああっ!!」
瞬く間にブラックアウトしていく視界。
「たかせ……くん……」と掠れる声で蒼の名を呼んだ由梨花の視界に、胸元の扇形ユニットを激しく発光させるカーゴイカロスの姿が映った。
「会長を! 放せえええええ!!」
由梨花を縛める霞のような生糸網を目がけ、カレンが構える十字型の槍からエネルギーミサイルが放たれる。
それは由梨花の傍で炸裂し、彼女を捻じり上げていた糸が絶ち切れ、さらに弾けたエネルギーが由梨花のクリスタルへ吸い込まれていく。
それとほぼ同時だった。
SST東北支部のシャイニングフィールド部隊が展開完了し、テラーオシラサマの頭上目がけてネオ・シャイニングフィールドを展開したのだ。
明らかな攻撃の予備動作を始めたカーゴイカロス、小賢しい小さな者たち、さらに自身の力を削ぐエネルギーフィールドの発生。
テラーオシラサマの危機を告げる本能が、大きく混乱した。
それはほんの数秒だったかもしれない。
しかし、その数秒は、蒼にとっては十分すぎる時間だった。
どう考えても最大の脅威と思われるカーゴイカロスへ、敵が向き直った時、その足元からドリルが突き出たかと思うと、圧縮されたシャイニングフィールドの波動が発射される。
地中に潜んでいたグランドモグラーだ。
圧縮シャイニングフィールド波動は、テラーゼルロイドを大幅に弱体化させる。
それはスピードであったり、パワーであったり、浮遊能力であったりだ。
「ヒヒィィィィィン!」と、馬のような悲鳴を上げ、地面に倒れ込むテラーオシラサマ。
その間に、蒼はカーゴイカロス最大の武装を放つための準備を着々と進めていた。
胸のパネルにエネルギーを集中し、さらに、両足のアンカーを下ろし、機体を固定する。
この体制に入ると、もう回避機動をとることは出来ない。
故に、敵の足止めを行う必要があったのだ。
だが、敵もそう甘くはない。
多くのゼルロイドは、思いもよらない隠し技をもっている。
テラーオシラサマも例外ではなかった。
翼を目いっぱい羽ばたき、辺りへ鱗粉と生糸をまき散らしたかと思うと、それに火炎を纏わせ、収束して猛烈な熱線に変えてカーゴイカロス目がけて噴射したのだ。
「高瀬くーーーーーん!!!」
カレンに抱えられた由梨花が叫んだ。
赤熱した光線がカーゴイカロスに直撃し、さらに辺りの鱗粉を巻き込んで激しく爆発。爆発。さらに爆発と、爆発を連鎖させていく。
あまりに熱い爆炎と爆風に、魔法少女達は吹き飛ばされないよう耐えるのが精いっぱいだ。
「まさか!!」
「やられてもうたんか!?」
『いえ!! まだです!!』
氷華とカナタの声に、蒼が応えた。
燃え盛る爆炎が、急激に消えていく。
いや、何かに引き寄せられるように、吸い込まれるように……。
『カーゴイカロスは絶対的なパワー不足を補うため、敵の攻撃エネルギーを吸収して自分のエネルギーに出来るんです!』
黒煙が晴れた先に、胸の集光パネル、イカロスブレスターを眩く光らせたカーゴイカロスが立っていた。
『イカロス!!!プロミネンス!!!』
刹那、カーゴイカロスの周囲の大気が激しく揺らぎ、超高圧のエネルギー光線が放たれた。
テラーオシラサマは回避しようと翼をバタつかせ、舞い上がろうとしたが、持ち直した由梨花が地元の魔法少女たちと共に放ったブレイブボンバーがその片翼を吹き飛ばし、さらにグランドモグラーが放ったドリル光弾がもう片翼を破壊し、敵を再び叩き伏せる。
回避不能を悟ったテラーオシラサマは一瞬にして繭を形成して防御を試みたが、その巨体は眩い光線の中に掻き消え、やがて光が収まった時には、跡形も残ってはいなかった。
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「助けに来ていただきありがとうございます!」
「なに、私達は大したことは出来ていないよ。ほぼ救助活動だったからね」
最年長ということで、大城市の魔法少女を代表して現地の魔法少女達と握手を交わす氷華。
「そのマジウォッチ……もしくは君たちの胸のクリスタルからリンクエネルギーを放てば……ほかの魔法少女を……X化……ごく稀により強力なフォームにすることが出来る……申し訳ない……後はアプリから確認してもらえると嬉しい……」
イカロスプロミネンスで全エネルギーを出し尽くした蒼は激しい貧血にも似た症状で、力なくコクピットから覗いている。
大城市の魔法少女達、カーゴイカロスやコンテナマシン、そして影ながら走り回っていたAZOT東北支部や消防の尽力により、その被害規模に対して被害者は極めて少なかった。
驚くべきことに、死者は現在確認されていない。
その報告を聞くと、蒼は力なく、それでいて満足げに深く頷いて見せた。





