第43話:タイ編9 龍のいない1週間
「これはひどい…」
激しく損傷したリュウキの機体を見上げて宮野が呟いた。
その横では戦巫女達が傷つき、搬出されるティナを囲んで励ましの声をかけている。
「ティナ! お前はよく使命を果たした! 主様もお喜びだろう!」
「お前は我らの責務に殉じたのだ!」
などと、幾分価値観がズレた雰囲気ではあるが、それでもティナは力なくではあるが、仲間達に笑顔を向けている。
ティナの入っていた生体ユニットカプセルは彼女への衝撃を干渉する機構が備えられてはいるものの、それは素のリュウキを基準にしたもの。
あんな高速メカとの合体など想定していなかったのだ。
「高瀬くん……確かに追加ユニットの開発はご自由にとお約束しましたが……我々の想定の範囲内でお願いしたいものです……」
宮野は苦笑いを浮かべ、遠い異国で奮闘する少年に想いを馳せた。
しかし、幾分無理やり送り出してしまっている手前、そう文句も言えない。
「我々も頑張らねばなりませんね」
宮野はそう言うと、リュウキ整備チームからの報告を聞くため、ミーティングルームへ小走りで向かっていった。
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「1週間!? その間に出たらどうするの!? いやそんな……分かった。何とかするわ」
御崎の叫びがエーテルネストの会議室に響く。
その声に蒼と詩織が申し訳なさそうに肩をすくめた。
「高瀬くん……いえ……貴方を責めてはいけないわね。通常のリュウキでは倒しきれなかった。むしろこれは私達のミスよ」
「いえ……ぶっつけ本番で無理やりフルパワー運用しちゃったのが問題だと思います……。もっと慎重にテストしながら戦うべきでした」
「すみません……私調子に乗って無茶しました……」
「「スン……」」
そう言って凹む二人。
その二人をジト目で見つつ、響が口を開いた。
「つっても1週間どうするかだぜ? 計画では各地に出現したテラーゼルロイドにリュウキが対処する計画なんだろ? これで次出現した時リュウキが出れませんなんてなったら、商談に問題出るんじゃねぇのか?」
「そうなのよ……だから出ないことを祈るか、もしくはあのなんだっけ?ライトニングアロー?」
「アエローです」
「そう、ライトニングアエローで対処しきるしかないわね……」
「その件なんですが、ライトニングアエローも今ウチの実家の地下で分解整備中です」
「えぇ……。いよいよ困ったわね……」
御崎の言葉に、蒼は一呼吸置き「まだテスト中ですが」と前置きをした上で話を続けた。
「一機、ありますよ。戦える機体が」
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「ごめんなさい……私……負けてしまったばかりか、あなた達に襲い掛かるだなんて」
エーテルネストでのミーティングを終えた蒼達はチャオプラヤー川沿いのフードコートでクラやルトナ達と合流し、ちょっとした食事会と洒落込んでいた。
あれだけ盛大に暴れ回ったが、都市の被害は思ったより小規模だった。
クラの生還記念にとちょっとした祝宴を開いたつもりだが、当の本人はお通夜ムードだ。
ムードというか本当に一瞬死んでいたわけであるが……。
「そんな落ち込まないで! 貴方はすっごく頑張って戦って来たんだから! それに、結果的にみんなパワーアップ出来たんだから!」
「そうですよ! それにクラさんが悪行働く前に私が完封しましたから被害者は出してないですよ!」
ルトナと詩織が胸の前に指でX字を作りながら笑う。
しかしそれでもクラの表情は冴えない。
「全壊135棟、半壊340棟、死者208名、重軽傷者3490名」
詩織が呟いた。
突然変ったトーンに皆静まり返った。
「以前、クラさんを乗っ取った敵の一味、ベヒモスがうちの街で暴れた時の被害者数です」
詩織は話を続ける。
「そして、私が見た一つの未来、そこでは地球人類が完全に根絶されました」
その言葉に、X化した魔法少女達が皆一様に軽い頭痛を覚えた。
Xクリスタルに蓄積された、別世界の自分の記憶が呼び起されたのだ。
「その……話は直接つながらないかもですけど……論点ズレてるかもですけど……きっとこれから、私達を待つ運命はすごく辛くて、すごく苦しい、きっと今この瞬間ですら、後になって思えばあの時は幸せだったって思ってしまうくらい色んな事が起きると思うんです」
詩織は拙い言葉ながら、想いを熱心に語る。
想いは熱いが、いよいよ言葉が整理できなくなり、あの……その……が増えていく。
ルトナは彼女の熱意に共感し、涙組みながらうんうんと頷いているが、詩織はいよいよ言葉がつまり、蒼や香子、響に助けを求めるような視線を送るが、3人は視線で応援してくるばかりで言葉を挟んでくれない。
「とにかく!!!」
にっちもさっちもいかなくなった詩織は目を回しながら、クラの手を掴んで立ち上がった。
「生きてるうちは、落ち込むより笑っていきましょう! こうやって仲間が集まれたんですから、危ない時は助け合って、笑える時は笑いあって! その……そうやって……」
「詩織ちゃん、ありがとう」
ワタワタになる詩織の手を握り返し、クラが微笑んだ。
「ドゥッカ、ですね」
「?」
クラの言葉に首をかしげる詩織。
「仏教用語だな。ドゥッカとは”苦”。仏教において、生きることは苦しむことである。だったか?」
響がドリンクを飲みながら解説する。
響の言葉にクラは頷き、続ける。
「仏様はこう説かれました。生きることは苦である、けれど、その苦しみも、永遠に続くものではありません。悲しみも、絶望も、やがて過ぎ去り、一つももとのままではあり続けない」
クラはゆっくりと、けれど確かな声で続けた。
「今この瞬間の苦しみや後悔で、心が押し潰されそうになることもあります。でも、詩織ちゃんが言ってくれたみたいに、仲間と支え合って、笑える時には笑って、また歩き出せるなら、それだけで、私たちは何度でも立ち上がれるはずです」
クラの瞳は、どこか遠くを見つめるように優しく輝いている。
「それに……仏様は“自分を責めすぎてはいけません”とも教えてくださっています。過ぎたことに執着しすぎず、今この瞬間を大切に生きること。……詩織ちゃんのおかげで、大切なことを思い出せました」
クラはそっと、詩織の手を離し、微笑みかける。
「ありがとう、詩織ちゃん。今はもう、前を向けそうです」
突然宗教について語られた詩織はキョトンとしてしまったが、現地の魔法少女達は深く頷いている。
よく分からないが、とりあえずクラは立ち直れそうらしい。
「お礼と言ってはなんですけど」
クラは詩織の手を握ったままグイと引き寄せた。
「仏閣観光、ご案内いたします!」





