第37話:タイ編3 女神の弟
「お姉さんが魔法少女……か」
ホテルの一室で、蒼は小さく呟いた。
「それもカライ……いえ、ヴルペースの身体にされていたとはね……」
香子がベッドで横になりながらそれに応えた。
結局あの場で少年に現状を伝える判断はつかず、明日改めて事情を聴く旨を伝え、今日は帰らせたのだが、その心は重い。
「なあ香子」
「ん?」
「ヴルペースを速やかに抹殺することと、ヴルペースにされた魔法少女を救うこと。お前ならどっちを優先したい?」
「どっちも」
「そうか……」
蒼はしばらく黙ったあと、香子の方にクルリと椅子を向けた。
「やろう」
「なっ!? アンタこの状況で!」
「違うわ! ヴルペースを抹殺して、あの魔法少女を助けようって言ってんだよ!」
香子はキョトンとした後、顔を真っ赤にして「お……お風呂入ってくる!」と、風呂場に走っていった。
蒼は「さっき入ってただろ……それはそれとしてヤる気か……?」と訝しんだ後、手元のPCで宮野と御崎にメッセージを飛ばし、実家地下の新型メカ開発進捗画面に切り替えた。
HSB1、2、3というコードネームが割り振られたメカのシルエットが並び、お役御免となったブレイブウィングV2に指揮された自動組み立てロボットたちが忙しなく動き回っている。
カメラ位置を動かすと、一回り以上大型のメカ用ドックが組み立てられているのが見える。
蒼は口角を上げてにっこりと微笑み、PCの電源を落とした。
ブラックアウトした画面に、蒼の笑顔と、バスタオル姿で背後に立つ香子の姿が映った。
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「これは……これで凄いな……」
少年との待ち合わせ場所に向かった蒼だが、そこは謎の雑貨屋であった。
マップアプリを見る限り、どうも元々はコンビニだったようだが、今は魔法少女グッズを取り扱う怪しげな店に変貌している。
様々な魔法少女のグッズ……恐らく無許可の言わばナマモノ系グッズが多数並ぶ中でひときわ目立つのが、翠玉色のクリスタルを胸に輝かせた魔法少女だ。
「この子……」
詩織が呟く。
その魔法少女こそが、昨日詩織と死闘を繰り広げたヴルペースの現在の姿であった。
「”翠玉の女神”ね……大層崇められてたんだな……」
魔法少女は日本での色呼称のように、何らかの異名がつけられて人々から呼び分けされているようだが、神の文字を付けられている者は一人だけだった。
「傍から見たら一瞬で敵がぶった切られるわけですから、そりゃ神がかり的な力だと思いますよね」
「そしてこの人が君の姉……というわけだね?」
蒼が振り返り、不安そうに写真を握りしめる少年を見つめた。
「さっきの話……本当なんですか?」
「ああ、本当だ。君の姉は正体不明の悪の知的生命体に敗北し、そしてその身体を奪われ、魔法少女である彼女に襲い掛かってきた。そして交戦し、逃走した」
蒼に目線を向けられた詩織は、神妙な表情でコクリと頷く。
「そんな……」
少年は涙を流しながら、姉の写真を胸に強く抱いた。
詩織が少年の肩をそっと撫で、慰める。
「そうだ、一定の条件はあるが、君のお姉さんを助ける術は全くないわけじゃない。俺達もこれだけ人類の為に戦ってくれた魔法少女を殺してしまうのは忍びない」
「だから君の力を貸してほしいんだ。君のお姉さんと、この国を救うために」
「僕が……お姉ちゃんを……」
「ああ。とりあえず手始めにこれを付けてくれ」
蒼は有無を言わさず、少年の腕にスマートウォッチ型デバイスを装着した。
少年は一瞬異様な感覚に顔をしかめたものの、すぐに不思議そうな顔でデバイスの画面を見つめる。
「それはマジウォッチだ。現地協力者向けの試作デバイスでね。君にはこの国の魔法少女を連携させる手助けをしてもらいたい」
「僕が……? 僕が!? え……お姉ちゃんは……」
「君のお姉さんを助けるためにはある程度の時間が必要だ。すると、その間に俺達がするべき魔法少女連携ミッションが手薄になってしまいかねない。となると一人でも多くの協力者がいる。君もお姉さんと同じく、この国の人々の安息を願っているだろう? 今まさに君の想いが、力が必要なんだ」
観光客とは思えない流暢なタイ語でまくし立てられ、たじたじになっていく少年。
(あの先輩……やっぱりその論法は若干無茶が……)
(まあまあ。ちょうど現地協力者の導入テストがしたかったし、魔法少女の身内とあれば余計なことは口外しないだろう。そういう意味でも適任だと思わないか? まあ最悪デバイスからの脳波操作でやる気にさせるけど、出来れば自分の意思で同意させたい)
涼しい顔でえげつないことを言いだす蒼に、詩織は改めてドン引きする。
「やってくれるか。 気高き翠玉の女神クラ・シリラックの弟、勇敢な少年、パム・シリラック」
少年は不安そうな目で蒼を見つめていたが、大きく息を吸ってキッと目を見開いた。
「やります! 僕は……一人で戦うお姉ちゃんに何もしてあげられなかった……僕に出来ることがあるのなら……。だから……」
「ああ、君のお姉さんは必ず助け出して見せる。頼んだぞ、パム!」
蒼が差し出した手を、パムは強く握り返した。
詩織はその光景を喜んでいいのか悩んだが、一先ずその手に自身の手を重ねた。
刹那、3人のデバイスが激しく振動する。
そして辺りを薄橙色のエネルギー場が包んだ。
「来たぞパム! 早速だが、魔法少女連携ミッション研修だ! 行くぞ!」
「え! あ……はいっ!!」
カオスゼルロイドが出現して叫び惑う人々を3つの人影が掻き分けていった。





