第28話:台湾編7 黒死のガマ伝説
「これです!! 妖怪蟾蜍精!! 人間をペストや伝染病にする毒ガスを噴射して、人を食べる巨大ヒキガエルです!!」
ビデオ通話画面の向こうで紅琳が掲げる本には、黒い斑紋の浮かんだ人間を丸呑みにする巨大なカエルが描かれていた。
「ってことはよぉ、ヒキガエル型のカオスゼルロイドの仕業ってことか?」
「ただのカエルじゃないです! 妖怪ですよ!妖怪!」
紅琳の解説が熱を帯びる。
なんでも、その昔、台北でペストが大流行した際、清国から召喚された戦神「青山王」が古井戸に潜んでいた巨大ヒキガエルを退治したところ、ペスト被害が終息したという伝説から、伝染病をまき散らす妖怪、蟾蜍精の言い伝えが生まれたのだという。
幼少期、台北に住んでいた紅琳は、母親から何かにつけて蟾蜍精を絡めた戒めを受けていたのだという。
やれ帰りが遅いと蟾蜍精に食われる、山に無断で入ったら蟾蜍精にペストにされる、食事を残したら蟾蜍精がやってくる等々である。
「なんか……アタシも小さい頃似たようなことされた覚えがある……」
「小さい頃って何かと物の怪の類で脅されますよね」
「品麗も同じようなことされたって言ってましたよ。国が違ってもそういうとこは共通なんですねぇ」
そう言いながら笑いあう紅琳と魔法少女部の面々。
思い出話は微笑ましいものだが、起きている事態は笑い事ではない。
「蟾蜍精カオスゼルロイド……まだ確定したわけじゃないが、ゼルロイドは未だ未知の生命体だ。御崎先生にはその可能性を含めて調査を進めてもらおう。しかし……妖怪のカオスゼルロイド……。仮に物の怪の言い伝えを元に生まれた個体が出現したとしたら、敵はいよいよ何でもありだ……。魔法少女の強化と連携を急がないとな」
「そうですね。台湾にはいろんな妖怪の言い伝えがあります。中には大災害を引き起こすようなのもいますから、その時はみんなで協力して戦わないとみんなハイボクチョウキョウニクカベユウヘイナエドコシュッサンですよ」
「そ……そうですね……」
紅琳の呪文のような言葉に対応できたのは詩織だけだった。
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「はぁ!? 妖怪!? どういうこと!?」
御崎は思わず電話口に向かって叫んでしまった。
周りの視線が自分に集まっていることに気づき、御崎は「失礼……ちょっと本部の実験棟で試作エネルギー炉心の溶解が起きたみたいでね……」とごまかしつつ、部屋の隅に向かう。
「高瀬君……? 何が何だかさっぱり分からないんだけど?」
御崎の反応はもっともだ。
この時代に「妖怪」に襲われる事態は滅多にないだろう。
困惑する御崎に、蒼は先ほどの会話を含む「蟾蜍精」の謂れを端的に伝える。
そして、妖怪ゼルロイドが関与している可能性を含め、思いつく限りの事件解決策を彼女へ託した。
「なるほど……ね。分かったわ。何とか皆を説得して動いてみる」
「すみません先生。こんな訳の分からない話の説明係をお願いしてしまって……」
「いいのよ。任せときなさい! それに、コレが当たりなら、SSTの初海外仕事としては大成功だしね! でも、そのカエルが出てきたらすぐ来てちょうだいね」
「了解です。既に直通ルートは確保してますので」
「直通ルートって……まあいいわ。よろしくね」
御崎はそう言って通話を終了する。
「これ……信じてもらえるかしらね……?」と言いながら見つめるデータには、N-13棟の構成人員と、数年前の航空写真があった。
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『品麗ダメじゃない! こんなに遅く帰ってきたら!』
『品麗! 遊んでばかりいるからこんな点数になるのよ!』
『品麗! こんなに残してどうするの!』
まどろみの中で、品麗は昔のことを思い出していた。
母に叱られている記憶。
彼女の母は優しくも厳しい人で、品麗は何かにつけて説教を受けていた。
幼少の品麗を叱る時、母は決まってこう言った。
『悪い子は蟾蜍精が食べに来るわよ!』
突然、耳元で母に怒鳴られたように感じ、品麗は飛び起きる。
「お母さん……」
夢うつつの中で、彼女は枕元にある母の写真を手に取った。
ゼルロイドの襲撃を受け、今は亡き母。
彼女が今、この国営都市に居られるのは、母のおかげだった。
礼儀作法に厳しく、勉学に厳しく、規律に厳しい母に育てられた彼女は、優れた学力を体得、貴重な国営都市入りの切符を手にしたのだ。
夜光塗料で緑色に光っている壁掛け時計を見ると、まだ夜の11時だった。
品麗は喉の渇きを感じ、自室の隅に据えられた冷蔵庫に向かおうと起き上がる。
しかし、彼女はふと、異様な気配を感じ、壁掛け時計を見直した。
緑色の弱々しい光が、ゆらゆらと揺らめいている。
何か、煙のようなものが漂っているかのような……。
「!!!」
品麗は咄嗟にしゃがみ込み、部屋の明かりをつける。
すると、部屋の換気口のあたりから、黒色のガスが漏れ出ているのが確認できた。
(火事だ!!)
彼女は即座に部屋の扉を開け、廊下へ飛び出した。
部屋のすぐ傍にある火災報知器のボタンを押したが、故障しているのか、アラームが鳴らない。
「火事です!! みなさん! 火事です!!」
品麗は声を張り上げ、迫る危機を告げる。
見れば、黒いガスは品麗の部屋から溢れ始めており、ゆっくりとフロアに広がり始めていた。
火事の知らせを聞いてやって来た男が、消火器を片手に品麗の部屋へ向かっていく。
直後……。
「そのガスに触れちゃ駄目!!!」
廊下の向こう側から現れたスーツ姿の女が、銃のような武器を構えるのが見えた。
消火器を持った男はその光景に驚愕し、大慌てで後ずさる。
「スピニングプラズマ!! シュート!!」
スーツの女の武器から、バチバチと発行する球体が発射され、黒いガスに着弾する。
球体は着弾位置で勢いよく回転し、小さな渦を巻いてガスを巻き込んで光の粒子に変えていく。
「こ……これは……!」
ついに、彼女の部屋を覆っていたガスは全て分解され、見慣れた彼女の部屋が現れた。
目の前で起きた奇怪な光景に、品麗が絶句していると、スーツの女が歩み寄って来て、言った。
「ねえ、アナタ、“井戸”の噂を聞いたことないかしら?」





