第27話:台湾編6 N-13棟の怪
「触っちゃ駄目!! 細菌に侵されてるかもしれない……!」
御崎の眼前に横たわる、国営都市N-13棟管理局長。
彼はトイレで息を引き取っていた。
しかも……全身に真っ黒な発疹を浮かび上がらせて。
それはまるで黒死病のような……。
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時を遡ること数分。
SSTと台湾当局の会談2日目。
N-13棟へのシャイニングフィールド導入テストという重要なイベントがあるにも関わらず、なかなか現れない局長に、両国のチームが痺れを切らし始めたころ、局長秘書の絶叫が木霊した。
カオスゼルロイドの襲撃かと思った御崎が駆け付けると、この有様だ。
右往左往する秘書を尻目に、御崎は試作サポートバード・リサーチパロットをアナライザーモードに切り替え、局長の状況を確認する。
体温正常、呼吸無し、心音無し、細菌やウィルス、化学物質の反応はない。
まるで魂を抜き取られたような状態だ。
「局長! そんな…! さっきまで元気だったのに…!」
副局長が、変わり果てた局長の姿に狼狽している。
御崎は副局長を落ち着かせながら、事情の聞き取りを行った。
彼女曰く、局長とは30分ほど前に会話し、その時には至って健康だったという。
御崎は両手を合わせて黙祷を捧げたのち、手帳型のスマートデバイスを取り出し、副局長へ向き直った。
「細菌も、ウィルスも、毒物もなく、短時間で人体がこんな状態に至るのは通常あり得ないわ。カオスゼルロイドの関与も含めての調査を提言します」
副局長は一瞬面食らったような表情を浮かべたが、すぐに深く頷き、部下たちに局長の遺体の調査と、御崎達と共にゼルロイドの関与を含めた原因究明を行うよう指示を出した。
防護服に身を包んだ衛生班が局長の遺体を保護シートで包み、厳重に移送していく。
また、即座に編成された調査班が局長室の調査を開始した。
御崎の元にもSST支援班というチームが宛がわれ、真剣な眼差しで御崎の指示を待っている。
「さて……どうしたものかしらね……」
大見得を切ったは良かったが、御崎もこんな事態を引き起こすカオスゼルロイドなど相手にしたことはない。
御崎はまず、直近1ヶ月分の死亡原因不明者のリストアップを依頼し、同時に、蒼へSMSを送信した。
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「受け取ってくれ!!」
ハエ型カオスゼルロイドをブーストストームで吹き飛ばし、組み敷かれていた魔法少女へ光線を放つ蒼。
蒼の胸から放たれたX字の白い光線が、格闘家風の青いコスチュームを纏った魔法少女の宝玉へ吸い込まれていく。
彼女の全身を眩い光が包み、やがて、それはX字のクリスタルとなって彼女の胸元に結晶した。
「今のは一体……!? この力は……!」
「さあ! 見せてやれ! 君の新たな力を!」
「……分かった! 神龍風暴脚!! ハァッ!!」
逆立ちの姿勢で高速回転する魔法少女の足から青いエネルギーが放出され、やがてそれは輝くエネルギーの竜巻となって周囲を飛び交うハエ型カオスゼルロイドを巻き込んでいく。
竜巻に捕らえられたカオスゼルロイド達めがけ、次々に繰り出される強烈なキック。
農村を襲撃していた十数体ものハエ型カオスゼルロイド達は、魔法少女の攻撃と蒼の砲撃によって数を減らし、やがて、一体残らず消滅した。
「助かったわ。貴方は一体……?」
「通りすがりの旅人さ。詳しくはこのパンフレットを見てくれ」
蒼が魔法少女の手を取り、カードサイズの厚紙を手渡す。
魔法少女は何が何やら分からずキョトンとしていたが、蒼は「それじゃ!」と言って、出現した光のゲートの向こうへ消えた。
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「よし! 4人目X化完了!」
「お疲れ様です~」
「さっき料理来たとこだぜ。早く食っちまおう。冷める」
「大丈夫だった? 女の子惚れさせてない?」
「大丈夫大丈夫。最低限の会話しかしてないよ」
ホテルの部屋に出現したシャイニングゲートから出てくる蒼と、迎える魔法少女部の面々。
蒼が腕時計型デバイスに組み付いたサポートメカ「コンドルキャリバー」を操作すると、ゲートはみるみる収縮し、コンドルキャリバーのドリルパーツの中に吸い込まれていった。
「なんか結局お前任せになっちまって悪ぃなぁ」
響が配達されてきた辛い麺料理を啜りながら言う。
初日は観光がてら4人で散策しつつ、魔法少女を探していたのだが、これが思いのほか効率が悪い。
検討した結果、カオスゼルロイド出現地へドリルコンドルを飛ばしてシャイニングゲートを形成させ、そこへ携帯型シャイニングゲートを経由して蒼が飛び、駆け付けた魔法少女にXクリスタルを託して即座に撤収という流れが最も効率的ということになったのだ。
シャイニングゲートのシステムをエーテルネストから拝借した蒼が、ものの3時間程度でこの小型システムを構築してしまったのだから驚きである。
「君らが出たらちょっと目立ちすぎちゃうからな。俺が勝てないような敵が出た時に来てくれたらいいからさ。それまではゆっくりしててよ」
「アンタのスペックでピンチになる方が稀だと思うけどね……」
「今回は敵の多さにちょっとビビったけどね」
蒼は笑いながら椅子に腰かけ、注文していた肉の煮込み料理に箸をつけた。
「にしてもコレよく出来てますね。なんかこう……パワーアップのロマンとかは皆無ですけど……」
詩織がカード型のパンフレットを指先でクルクルと回しながら言う。
カードサイズのそれには繁体で「【関係者外秘】魔法少女がX化したら、まずすべきこと」と書かれ、QRコードが記載されていた。
X化した魔法少女は、カオススモッグへの耐性を獲得し、カオスゼルロイドにダメージを与えられるようになるという基本能力の底上げの他、他の魔法少女のエネルギー場に突入して共闘することが可能になる、接触した魔法少女をX化できるようになる等の副次的な能力が発現する。
QRコードを読み取れば、それらに関する説明と、AIによる質疑応答やアドバイスが受けられるサイトに飛ぶことが出来るのだ。
また、蒼が運営している魔法少女用グループSNSにアクセスができるようになり、国内外の魔法少女とのやり取りが可能になる。
これによって魔法少女同士の相互扶助コミュニティの形成を図り、最終的に世界の全魔法少女のX化を目指そうという試みだ。
蒼が見つめるスマホには、早くも12人に増えた台湾のX魔法少女のアカウントが映っていた。
蒼が託した力は、着実に共有されているようである。
「先輩~。今日はここ行きましょうよぉ! いろんなマンゴーが食べ比べ出来るんですよここ!」
詩織がパンフレットを片手に蒼へ迫る。
「ああ、せっかくだし行ってみようか。紅琳や御崎先生からの連絡も来ないし……いや、今先生から連絡来た」
「む~……ひと働きって感じですかぁ?」
「……いや。これは……。よく分からないな……。えっと……」
御崎から送られてきたメッセージを、蒼が首を傾げながら読み上げると、魔法少女たちもまた首を傾げた。
「ペストに侵されたような外見で、細菌の反応がない遺体?」
「ほんの少し前まで生きていたのに、少し目を離したらペストで即死!?」
「ペストって何でしたっけ……?」
蒼はしばらく思考したが、そのような手段で攻撃を行う生物など思いもつかない。
「強いて言うならば、ペストを媒介する生物はノミだが……。イマイチ釈然としないな。紅琳に聞いてみるか……」
そう言いながら、蒼は紅琳へメッセージを送る。
すると僅かな間をおいて、紅琳から着信が入った。
蒼が通話を開始すると、紅琳の興奮した音割れ音声が大音量で響き渡り、蒼は思わず顔をしかめる。
「ちょっと……落ち着いてくれ……鼓膜が裂けるかと思った」と、蒼が紅琳をなだめると、電話の向こうで呼吸を整える音が聞こえ、やがて、やや落ち着いた、それでも十分に大きな声で彼女の声が聞こえてきた。
「それ!! 妖怪の仕業ですっ!!!」





