第26話:6億年の彼方より
「これが……蒼さんのご実家……」
「ご実家とは少々異なりますが、ご生家に違いはないでしょうね」
宮野とティナの眼前には、崩壊した民家。
街の中心から少し離れた場所にあるそれは、ほんの数年前まで生活があったという雰囲気を感じさせない、不気味な気配を放っている。
「いかがですか? 何か感じるものはありますか?」
「いえ、生きた者の気配はありません」
宮野はティナを伴って廃屋と化した高瀬家の中に足を踏み入れた。
ゼルロイドの襲撃を受け、盆を前に集まった蒼の家族全員が殺される凄惨な事件があったとされる場所だ。
ここに、蒼の、そして襲い来る脅威の真実がある。
そう語ったのは詩織だった。
破滅世界から戻った彼女が宮野に語ったのは、蒼の身に起きた…いや、今も起きている奇跡と悲劇。
「えい!!」
ティナが床板を剥がすと、詩織の言った通り、木造の民家には似合わない、鋼鉄の昇降機が姿を現した。
驚くべきことに、その電源は未だ健在で、操作パネルが青く光っている。
宮野がパネルを操作すると扉が開き、「グイイイイン」という駆動音と共に、地下へと下降を始めた。
「蒼さんのご実家だけあってやはりハイ・テクノロジーですね……」と、ティナがキョトンとする。
そんな彼女の様子に、宮野はフフっと小さく笑った。
「ティナさん。念のため、戦闘体制でお願い致します」
「お任せください」
ティナはそう言うと、腕に装着しているデバイスを操作し、彼女専用のコンバータースーツを装着した。
ちょうど、それと同時に昇降機が停止し、扉が開く。
暗闇に包まれた地下空間が、昇降機の明かりで微かに照らし出された。
ティナは角を光らせ、敵の存在を確認しながら慎重に昇降機から歩み出る。
宮野も懐中電灯と超小型エナジー銃を構え、それに続く。
「こんなものをいつの間に……」
地下空間には、SST本部と遜色ないほどの設備が置かれ、割れた謎のカプセルや、天体望遠鏡のようなものもある。
機材の隙間を縫い、二人は警戒しながら先へ進んでいく。
「彰さん! 気をつけて!!」
ティナが叫びながら身構えた。
宮野もすかさず銃を構え、ティナの視線の先を睨む。
そこには翼のような器官を備えた人影が佇んでいた。
しばしの沈黙。
「大丈夫です。亡骸です」
ティナが警戒を解き、人影に歩み寄る。
近づくにつれて、その異様な姿が明らかになった。
人の形こそしているが、手先には爬虫類のように鋭い爪を備えており、ミイラ化した肌は異様に青黒い。
真っ白な髪が耐え揃った頭部には2本角が生え、背中からは翼竜のような翼が伸びている。
胸には何かをもぎ取られたような窪みがあり、また、肩から腹にかけて巨大な裂創が体を貫いていた。
そしてその顔は……。
「これは……高瀬さん……!?」
顔を覗き込んだ宮野が声を上げる。
ミイラ化してはいるが、それは見覚えのある少年の顔であった。
「この体……破滅の眷属……」
ティナがミイラの体に手を当てながら呟いた。
宮野は何か手掛かりとなるものがないか、周囲に視線を巡らせる。
ふと、闇の向こうに青いランプが点滅しているのが見えた。
宮野はティナを促し、警戒しつつそのランプへ近づいていく。
「これは……」
光っていたのは施設の中枢システムの電源ランプだった。
どうやらスリープモードに入っているらしい。
宮野は恐る恐る、その電源スイッチを押す。
ポッと灯ったモニターに、施設全体へ回す電力がない旨の通知メッセージが流れ、宮野とティナの周囲だけが小さな明かりで照らし出された。
宮野がシステムに保存されているデータをチェックする。
「高瀬博士……あなたはやはりこの世界でも次元制御システムの研究を……」
出力されるデータには、蒼が破滅世界から持ち帰ったものとの類似が多く見られた。
しかし、その多くは、破滅世界のデータよりも初歩的なもので、新たなテクノロジーらしきものは見当たらない。
宮野はふと思い立ち、データを新順で並び変える。
すると、複数の映像データが現れた。
「これは……監視カメラの映像……? そしてこれは……!?」
宮野は記録日8月のデータに、見覚えのある黄色いコスチュームが映っているのを発見した。
彼は唾を飲み込み、その映像を再生する。
『高瀬先輩!! 香子先輩!! 博士!!』
突然詩織の悲鳴がスピーカーから響いた。
どうやら、中枢システムの真上にある監視カメラの映像らしい。
見れば、白衣の男性が倒れ伏し、その隣で通常ともSXとも異なるコスチュームを纏った詩織が、血みどろの少年と、重傷を負った青髪の少女を抱きかかえて叫んでいる。
画面奥であのミイラの怪物が煙を噴き上げながら力尽きているのが映っていた。
「一体何が……」
宮野はそう言いながら、一つ前のデータを再生しようとしたが、それより前のものは全てデータが破損していた。
仕方なく、一つ後のデータを再生する。
『蒼と……香子ちゃんを……あのカプセルに……』
『博士! あなたも早く!』
『駄目だ……カプセルは二つしかない……二人を……早く……』
詩織と博士と呼ばれた白衣の男性の話し声が聞こえる。
詩織は青髪の少女をカプセルの中に入れ、博士の指示のままにパネルを操作する。
一通りの操作を終えた詩織は少年の元に駆け寄り、その胸に自分のクリスタルを押し当てた。
だが、何も起こらない。
『どうして……どうして再生しないの!? 先輩!!』
詩織の悲痛な叫び声が響く。
『早く……蒼を……』
博士は奥に見えるカプセルを指さしている。
詩織は博士と少年を交互に見た後、少年を抱き上げ、カプセルに入れた。
そしてパネルを操作し……膝から崩れ落ちた。
詩織が何かを叫び、博士が何か返事をしている様子が映し出されるが、その部分の音声データが破損しており、何を話したのかは聞き取ることができない。
分かることは、その後、次元制御装置が作動し、カメラの電源が落ちたことだ。
「次元転送……送信履歴……無制限……? 受信履歴……6021820280809……送信者……Sou Takase……?」
その数字とアルファベットの並びが意味するものを理解した時、宮野は驚愕する。
そしてその後、数年の時を経て再起動したカメラには、少年が格納されていたカプセルが砕け、見覚えのある大柄な少年が転がり出てくる映像が残っていた。
その先の映像は残っていない。
「6億年後の高瀬くんが送ってきたデータで……高瀬くんが蘇った……」
宮野は西暦602182028年08月09日のデータを凝視する。
彼も化学知識やプログラム知識はあるが、そのデータの羅列は全く理解不能だ。
強いて言うなら、蒼が作ったメカたちに組み込まれた彼独自のプログラム言語に似ている。
宮野はそれを持ち帰り、解析しようとしたが、データにはロックがかかっていた。
このシステム内から動かすことはできないようだ。
何とかこの施設から有用な情報を持ち帰らなくてはと、動かせる限りのデータをSSDへ取り出していた宮野の耳に、ティナの叫びが聞こえた。
「彰さん! 敵です!!」
振り返ると、ティナがX-トリニティランチャーを構え、施設の天井を見回している。
「あーあー。ようやく見つけたと思ったら使い物にならなくなってるじゃない」
「せっかく手に入れたのに勿体ないわね。アハハ!!」
「ボクこんな気味の悪いヤツ私使いたくないんだけど!」
声のする方を睨む二人。
そこには、ミイラを囲んで談笑する三人の少女……いや、三体の怪物がいた。
息をのむティナと宮野。
「オピス……!」
ティナが声を震えさせながら呟いた。
姿は以前と大きく異なっているが、彼女には分かる。
三体のうちの一体は、間違いなく故郷の仇、オピスだ。
「カライン……ベヒモス……」
宮野もまた、残る二体に心当たりがあった。
気味の悪い笑い声や話しぶりが、カラインとベヒモスのそれに酷似していたのだ。
「おいおいおい~。まーたカラインとか変な呼び方してるぞアイツら」
「あら? あなたは確か……ティナ……とか言ったっけ?」
長身の個体と、筋骨隆々の個体が視線をティナと宮野に移した。
それだけで、宮野は体が硬直し、動けなくなる。
本能的な恐怖が体を支配しているのだ。
「ああああああああ!!」
突如、ティナが吠えた。
同時にX-トリニティランチャーを乱射する。
ティナは敵の気配や感情を察知する能力に長ける者。
彼女が感じた恐怖や殺気は、宮野が感じたそれとはまさしく桁違いだったのだ。
三体はその光弾をひらりと躱し、宙に浮かび上がる。
そして、宮野がカラインと呼んだ個体が手をかざし、ポツリと言った。
「私の名前はヴルペース。その響きの悪い名前、二度と呼ばないで」
激しい衝撃波がティナと宮野を襲い、辺りが激しい閃光に包まれた。
光が収まった後、三体の姿はなく、滅茶苦茶に破壊された施設の瓦礫が散乱しているだけだった。





