第19話:魔法少女部ワールドツアー
「あの……学校とかは……」
「ゼルロイド対策装置の増設工事という理由で全校舎緊急改築に入ります。当面は全校生徒リモートVOD授業ですので、皆さんの不在には誰も気づかないかと。まあご友人とのSMSは適当に誤魔化しておいてください。当然ご両親にもいい感じに説明済みですので」
「あたしパスポート持ってませんけど…」
「無論、既にSST権限で取得済みですよ。しかも航路の国々及び自治区域の政府や代表組織には話を通してありますので、出入国処理はそもそも不要です」
「筋トレ出来ねぇと困んだけど」
「ご安心ください。一般的なジムレベルの設備が整っています。無論、プロテインも十分なストックがありますよ。この“エーテルネスト”には」
宮野が見上げた先では、見慣れない航空機が整備を受けていた。
エーテルネストと呼ばれたそれは大型の旅客ジェット機程のサイズだが、胴体中央部が左右に大きく出っ張った独特なシルエットを持っている。
宮野によると、その部分に寝台区画と貨物区画があるらしい。
「既に貨物の積み込みも、技術班の搭乗も、メインエンジンの始動その他諸々の準備も済んでいますので、皆さんが搭乗すればすぐにでも発進が可能です。最初の訪問地は台湾ですね」
そう言いながら、宮野は魔法少女3人の背をグイグイと押す。
「ちょっと心の準備というものが!」とか「これ本当に私達がすべきことなの!?」とか「おい! このプロテイン旨くねぇやつだろ!」とか口々に反発し、せめて少しの猶予をくれと文句を垂れているが、笑顔でゴリ押す宮野の圧に負け、搭乗口からキャビンへと誘導されていく。
そしてとうとう3人が押し込まれたコクピット内には、御崎と蒼が待ち構えていた。
「おお、みんな遅かったな。この機体すごいぞ!」と目を輝かせる蒼には、宮野に反論して皆を一度家に帰すとか、そういう考えはなさそうだ。
「……。 はぁ~……アンタは気楽でいいわねぇ……」
蒼の完堕ちぶりを目の当たりにし、香子はついに観念したようで、コクピットに据えられたシートに腰を下ろした。
それに倣うように、詩織と響もしぶしぶシートに座る。
宮野の言った通り、エンジンは始動されていたが、ジェットエンジン特有のキーンという音は聞こえない。
その代わり、翼に白いエネルギーラインが走り、翼の後縁部から光の帯が生じている。
「エーテルネストは史上初のX-プラズマコアエネルギー動力輸送試作機なの。今回の旅にはこれのお披露目会っていう意味合いもあるわ」
当然のようにコクピットのパイロットシートに座っている御崎が、タッチパネルを操作しながら解説を始めた。
計器類は簡素化され、飛行に必要な操作の殆どが自動化されているらしい。
彼女が話している間にも、機は格納庫を離れ、エレベーターに乗り、上昇を始めていた。
エレベーターの内部はオレンジ色の光でライトアップされ、無駄にヒロイックな見た目に彩られている。
「いつの間に作ったんだよこんな設備……。一応税金だろ……」
という響の呟きに、「まあ割と最近よね~」「仮にも防衛チームなわけだから、多少こういう設備も必要だと思うのよね~」「一応国に話は付けてあるから~」等と御崎が返していると、エレベーターは停止し、今度は機体前方から眩い太陽の光が差し込んできた。
ドーム状になっていた天井が開口し始めたのだ。
側壁は左右に、そして天蓋は上に向かって開き、同時に短い滑走路がせり出していく。
目の前に広がる景色は、SST本部が隠された山間部。
どうやら山の山頂が変形してこの機専用のカタパルトになっているらしい。
「じゃあ、行くわよ?」
御崎の問いかけに、蒼は「ええ。よろしくお願いします」と頷き、他の3人はため息交じりに了承する。
「それじゃ、エーテルネスト! 発進!」と、御崎がレバーを引くと、機は短い距離を緩やかに滑走し、ふわりと宙に浮いた。
エーテルネストはX-プラズマコアエンジンの動作を確かめるように2~3度旋回した後、西へと航路を取る。
大城市の街並みは瞬く間に彼方へと消え、眼下には朝日を浴びて輝く太平洋が広がった。
こうして、魔法少女部ワールドツアーがあまりにも強引かつ唐突に始まりを告げたのである。





