第17話:繋がれた輪
「えーっと……それでは、俺と新里の帰還を祝って……何で俺が自分で祝うんだよ!」
「いいじゃない。蒼が部長なんだから」
「そうそう! ウチはもう二度と代表なんざやらねーかんな!」
「ほほほにふほひひいへふ」(このお肉美味しいです)
「うわ! 新里さんやめなさいよはしたない!」
あの大死闘から一週間。
蒼達は被害を免れた大城商店街で帰還祝いを開いていた。
高校生としては少し奮発した、しゃぶしゃぶ屋である。
乾杯の音頭もほどほどに、早速肉に貪りつく詩織。
「うう……お二人とも無事に戻って来られて良かったです……。私のせいで蒼さんや詩織さんが死んでしまったらどうしようかと……! うわーーーん!!」
「主様! よくぞご無事で!! 我ら戦巫女一同、主様の為に死力を尽くす所存!!」
「巫女長! こ……! この食材の山……! 我々が食べても構わないのですか!?」
「馬鹿者! まずは主様がお召し上がりになってからだ!」
「いや……。好きに食べてくださいね……?」
そしてこの帰還祝いには、別のグループも混じっている。
魔法少女部が入っている座敷のすぐ隣には、蒼達が救出したセルフュリア共和国の戦巫女たち。
「はぁ……我ながら情けない……。私がいち早く異変を察知していながら街の災厄を防げなかったとは……。あと道場と家焼けるし……。当面はSST本部で寝泊まりか……」
「元気出してよー! ほら! いっぱい食べて辛いことは忘れていこー!」
「ちょっと待ちなさい……。そんなにお肉入れちゃダメ……。お鍋の温度が下がるでしょう……?」
「ここ鴨肉ないん!? 嘘やろ!?」
「はい。先輩あーんしてください」
「ちょっとカレンちゃんそんな……。みんないるのに……!」
その向かいでは、街の魔法少女たちが4人ひとテーブルで鍋を囲み、談笑している。
そして店の奥の二人掛け席では、宮野と御崎が店を眺めつつ、小さく乾杯をしていた。
店内は魔法少女と、SST関係者率10割である。
何を隠そう、ここはSSTが母体となって運営する店舗なのだ。
店の地下にはシェルターへ続く非常通路があり、さらに、店の奥にはAZOTの制服と武器が隠されている。
地域や街によって店の業態は異なるが、全県民避難が命じられた沖縄を除く全国46都道府県に240店舗が展開済みだ。
その最大の任務は、地域の魔法少女の支援、そして地域住民の安全確保である。
マジフォンを持つ魔法少女に限り、無料でサービスを受けることができ、さらに、バイト先としても機能する。
大城市のSST本部のような、大規模施設を配置できない中小規模都市でも魔法少女を支援でき、さらにAZOTの駐在所、及び住民の避難場所としても使えるので、増えた予算の大部分を使い、さらなる拡大を行っている最中だ。
次はより地域性を押し出した……例えば北海道向けのSST運営農園、牧場や、関西のSSTタコ焼きチェーン、四国のSSTうどんチェーンなどを検討しているらしい。
羅列するとふざけた企画に思えるかもしれないが、このおかげで北海道、東北、中四国、九州で魔法少女の活動が活発になり、カオスゼルロイド被害が減少を始め、検討されていた国土の生存圏縮小計画が一旦白紙に戻ったのだから、なかなかバカに出来ないものである。
「俺達が留守にしてる間に、宮野さん達頑張ってくれてたんだなぁ……」
香子にここ数か月のSSTと魔法少女の動向を聞いた蒼が感慨深そうに言った。
蒼が思いつかなかったようなアプローチで魔法少女を効率的に支援して見せた宮野の手腕もさることながら、それをものの数か月で実行した情熱たるや、壮絶なものがある。
蒼は異次元に散った自分の父親の言葉を反芻する。
「如何なる天才も、その手を広げた範囲しか守ることはできない」
蒼の武器やサポートアイテムは、確かに魔法少女を助け、多くの命を救った。
しかし、彼が救えた魔法少女は全て、彼が干渉できる範囲の出来事。
彼が感知できない遠方では、誰の助けも受けられず、魔法少女が、そしてその庇護下にあった人々が命を落としていたのだ。
蒼は味方ゼロの環境下に身を置いて改めて、SSTの有難みと宮野達の頼もしさを実感したのだった。
「ウチらだって頑張ったんだぜ」
響が蒼の言葉に、真面目な顔で口を挟んだ。
「死んだ奴も、何人かいるからな」とも小さく付け加え、彼女は話を続ける。
「正直、ウチは今回の一件でお前の有難みが身に染みて分かったよ。それに、お前の辛さもちょっとは分かった気でいる」
俯きがちに、そう言った後、響は蒼の目をしっかりと見据える。
「その上でこんなこと言うのは絶対おかしいことは分かってる。でも……頼む。もう、あんな無茶はしないでくれ……! 体張って出来ることならウチが何でもやる! ウチには無駄に固い体しかねえが、お前には皆を、この世界を救える力があんだ……! だから……!」
勢い余って、蒼の腕を掴み、そのままギリギリと締め付けながら、感情を吐き出す響。
いつの間にか、その頬には涙の筋が出来ていた。
あの時、異次元に消える詩織と蒼をただ見送った責、蒼の代理という唯一無二の重圧、香子のケア、何もかもを背負って過ごしたこの数か月が終わった安堵からか、その弱さを蒼にぶつける。
蒼は腕に走る痛みを気にも留めず、彼女の肩を優しく擦った。
「ありがとう。無茶させちゃったね……」
「ホントだよ! バカ……!」
「でも、俺は響が思う程凄くない。俺じゃ世界はどうにも出来ない。俺が守れるのは、この手の届く範囲だけだから……」
響だけではない。
蒼もまた、自分の上位互換とも言える父親と、彼の率いた魔法少女たちが為すすべなく壊滅する様を見せつけられてきた。
むしろ、これまで以上に身を粉にして戦い、武器を設計し、エネルギーを提供しようと考えていたくらいだ。
「なに暗いこと言ってるのー! 手が届く範囲しか守れないのならさ! こうすればいいんだよ!」
暗く淀んだ雰囲気漂う魔法少女部席に飛び込んできた魔法少女パッション☆ビートこと“明音”が、突然蒼の手を握った。
呆気にとられる響の手も取り、ギュッと握る。
「ほら! これで守れる範囲が広がったでしょ! ほらほら! 詩織ちゃんと香子ちゃんも俯いてないで! ほらティナちゃんも!」
明音はそれぞれ負い目を感じて押し黙る詩織と香子にも促す。
恐る恐る、詩織は蒼と、香子は響と手をつなぎ、ティナもそれに続く。
「ね! これで守れる幅は何倍にも広がったよ! これが人の強さでしょ! 皆もどんどん手を繋いでいこー! あ! 新曲降りてきてる! 君の手の温もりがボクの手を温めて~♪」
歌い出した明音に促されるままに、魔法少女達の、セルフュリアの戦巫女たちの、そしてSST所属の店員達の手が繋がれていく。
明音はその様子を眺めながら、ますますインスピレーションが刺激されたようで、一層テンションを上げて歌い続ける。
面食らっていた戦巫女長や、暗い表情をしていた詩織や香子も、徐々にその歌声に肩を揺らし始めた。
繋がれた手が、やがて一つの輪となって連なる。
(繋いだ分だけ、守れる範囲は広がる……か。この繋がった手が、今の俺が守れる……守るべき範囲……!)
蒼の胸に、熱い思いが込み上げる。
「うわ!!」
次の瞬間、蒼が声を上げた。
突然、蒼の胸のX-クリスタルが光を放出し始めたのだ。
白、赤、青、黄色、緑。
即ち魔法少女部の皆の色。
そして、紫、天色、紅、橙、若草、藤……。
今この輪に連なる魔法少女達の色が蒼のクリスタルに次々と浮かび上がり、その内部で多数の色が激しい光の奔流となって渦巻く。
「こ……これは……!!」
Xクリスタルの輝きはさらに増し、やがて、白い光線が次々と放たれた。
その光線は、輪に連なる魔法少女達の宝玉が生ずる場所へと吸い込まれていく。
それは、蒼と詩織、香子、響の間で発現するキズナリンクによく似ているが、明らかに異なる点が一つあった。
蒼から魔法少女達への一方通行なのだ。
まるで何かを分け与えているかのように……。
「あっ……! 蒼! 凄い……! 私もう……! 抑えられない!!」
香子が激しい声を上げたかと思うと、その胸から青い光が放出される。
変身だ。
流水のようなエネルギーがその体を包み、やがて、青色の魔法少女、魔法少女アクエリアスが現れる。
「蒼……! これ……!」
彼女が指差したのは、胸の宝玉。
激戦の中でヒビが刻まれ、真の力を奪われていたそれが、傷一つなく修復……。
いや、修復されただけではない、結晶の形が変わっている。
蒼のX-クリスタルを思わせる、X字型になっているのだ。
それに呼応するように、ブローチも、肩のプロテクターも、身を包む青いコート状のコスチュームも、全てが変容している。
辺りに舞い散る光の粒子は、青、そして……。
白。





