第11話:予兆
「ぬん! はっ!」
大城市郊外の林道に響く勇ましい声。
まだ日も登らない薄暗い早朝であるにも拘わらず、その一角は日光が差しているかのように煌々と輝いていた。
天色のエネルギーフィールドを纏う28歳の魔法少女、小宮山 氷華である。
日課の見回り兼、大城市外縁林道のランニング中、数体のゼルロイドを発見した彼女は、即座に変身し、討伐を開始した。
カオススモッグを纏っているが、その量は極めて微弱で、SSTが設定した戦闘・逃亡のガイドラインに則るなら、彼女でも全く問題なく戦えるレベルだ。
事実、イノシシのような姿で現れた彼らは、氷華の振るう絶対零度の刀の前に成すすべなく切り捨てられていった。
あらゆる敵をその一閃をもって斬り捌いてきた彼女からすれば、数多居る雑魚ゼルロイドの一種に過ぎなかっただろう。
ただ、彼女の目には、奇妙なものが映っていた。
「こんなもの見たことがないぞ……」
黒い粒子となって霧散を始めるイノシシ型ゼルロイドの背中には、無数のイボのような突起が、ボシュボシュと煙を吐きつつ蠢いていたのだ。
氷華は慌ててマジフォンを取り出し、それを撮影してSSTへと送ろうとしたが、カオススモッグ濃度測定アプリの終了に手間取り、撮り逃がしてしまった。
「くっ……! どうも機械は苦手だ……」と、呟きながら、彼らが躍り出てきた獣道を覗くと、その奥の方で別の個体が顔を覗かせているのが見えた。
氷華の姿を見るや否や、その敵は逃走を始めたので、彼女は「待て!」と言いながら後を追い、鬱蒼とした藪の中へと突っ込んでいく。
朝日に照らされ始めた暗い山に、地鳴りのような不気味な音が轟いた。
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「あー! 一戦終えた後のシャワーは気持ちいいな!」
SSTのシャワールームにバカでかい声が木魂する。
「そうだねー! やっぱりみんなで戦うとリズムもゴキゲンだね!」
別の少女がそれに負けじと、声を張り上げる。
「あなたたち……もう少し……静かに出来ないの……?」
また別の少女がその大声コンビに顔をしかめながら文句を垂れた。
魔法少女部部長代行 “響”、魔法少女パッション☆ビートこと“明音”、そして、黒紅の魔法少女“西藤 雫”の3人だ・
最近は魔法少女の共闘が増えたため、こうやって街の魔法少女達がSST本部で屯することが増えた。
シャワーを浴びた彼女達がラウンジに出ると、そこにも見知った顔がチラホラ見える。
「あら、佐山さんお疲れ様。今日もカッコよかったわよ」
「へへっ……サンキュー」
ラウンジの個室スペースで参考書と睨めっこしていた紫の魔法少女“由梨花”が、顔を上げ、響に微笑みかけた。
ウボームに数か月間捕えられていた彼女は、授業で遅れた分の取り戻しに精を出している。
そのすぐ隣では、彼女のサポートを務める藤色の魔法少女“カレン”が、飲み物を差し入れたり、参考書を捲ったりと、甲斐甲斐しくお節介を焼いていた。
「蒼……お前の想いは……立派に結実してんぜ……」
響はそう呟くと、「カラオケルーム行こー!」という明音の誘いを断り、帰路を急いだ。
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響は蒼の部屋の前でスゥ……と深呼吸する。
香子と顔を合わせるのはいつも気が重い。
響は彼女の事を大切な仲間だと思っているし、香子も響を頼りにしてくれる。
だが毎回彼女が玄関を開けた時、蒼の帰宅を期待して目を輝かせている香子の目が、スッと下を向く瞬間。
アレばかりは本当に慣れないものだ。
「ごめんな……香子。今日も……ウチだ」
そう呟きながら、響はカギを開け、ドアノブに手をかける。
そこには「蒼!?」と、叫びながら走ってくる香子の姿が……ない。
「あ?」
不審に思い、リビングへ向かうと、香子の後ろ姿があった。
鼻歌を歌いながら、どうやら料理をしているらしい。
珍しい。
珍しすぎて、かえってそれが響に異様な不安を煽った。
まさかとうとう心が完全に……。
「お……おい?」
「あ! 佐山さん! 今日もお疲れ様!」
「あ……ああ……?」
おかしい。
テンションがおかしい。
だが、その笑顔には間違いなく、いつもの聡明で凛々しい香子の雰囲気がある。
「どうしたんだ……? 大丈夫なのか?」
「そう! そうなの! アイツが帰ってくるの!!」
「アイツって……蒼と詩織か!?」
「うん! さっき、蒼の声がして……。“香子、もうすぐ二人で戻るぞ”って!」
響は困惑した。
言っていることだけをとらえれば、香子は完全に乱心状態だ。
だが以前、ウボームの本拠地へと乗り込んだ時、彼女は蒼の声をテレパシーのように聞き、彼が囚われた地下空間へと皆を導いた。
必ずしも妄言とは言えない。
「佐山さん、もうご飯できるから、ちょっと待っててね」
香子は目線もはっきりとしているし、言葉も明瞭だ。
(蒼……お前……ホントに戻ってくるんだろうな……?)
響は半信半疑のまま、食卓に着いた。





