第10話:明日への飛翔
「香子! 何考えてんだ!? く……開かねぇ……!!」
「博士!? どうして!!」
閉ざされた個室……次元転移装置に響く、金属を叩く音と二人の叫び声。
だが、既にそのエネルギーの殆どを出し尽くした彼らに、その扉を突破する手立てはない。
「……」
『超次元転移開始……。フェイズ1……転移先次元座標確認、ロックオン……』
扉の向こうの香子は蒼を見つめて黙りこくり、先ほどまで饒舌だったAIタカセ博士は、冷淡な機械音と化している。
「先輩! ダメです……! 出口ありません!」
「くそっ! 何の事情も説明せずに……!!」
扉の破壊は無理と判断し、通気ダクトや、他の出口を捜索する蒼と詩織。
だが、そんなものはどこにもない。
「ねえ、蒼君。ありがとう……」
香子の声が、蒼のデバイスから聞こえてくる。
「ありがとうじゃない! このドア開けてくれ香子!!」と、蒼が叫ぶが、香子はにっこりと微笑み、首を振った。
「最期に、会いに来てくれてありがとう……。他の皆の分も言っておくね……。ありがとう」
「違う! まだ……まだ最期じゃない!」
「私達ね、すごく怖かったんだ。人類が滅びて、守るものを全て失って、ただ最期の時を待ち続けることしか出来なくて……。でも、最後にあなた達が来てくれた……」
「香子さん! そんなこと言わないでください!! まだ終わりじゃありません! 諦めないでください!!」
「ううん。諦めるんじゃない。あなた達に託すの。私たちが掴めなかった未来を、希望を……」
蒼と詩織は懸命に説得するが、香子の覚悟は完全に決まっていた。
それでも尚、「頼むから……!」と蒼は扉を両手で叩く。
無論、何度叩いても、引いても、結果は同じだ。
しかし、何度も扉を叩くうち、ふと彼の目にあるものが映った。
それはドアの右隅、ぱっと見では分からない程綺麗に組み合わされていたが、よく見ると、4つのネジで固定されたパネルになっている。
装置のメンテナンスパネルへのアクセス口であった。
「そっちが強硬手段なら、俺も無理やり出させてもらう!」
蒼はそのパネルを外し、中に据えられたメンテナンス用USBソケットとデバイスを直結した。
内部からドアの制御システムをハッキングして脱出しようというのだ。
「!? くっ! ぐあああああああ!!」
だが、その目論見は外れた。
いや、読まれていたというのが正しいだろう。
ドアの制御システムにアクセスした瞬間、凄まじい量のデータが逆に、蒼へと流し込まれて来たのだ。
「くっ!! ぐ……ああああ!!」
デバイスを介して脳に送り込まれるデータ。
博士のAIが蒼のデバイスを瞬く間にハッキングし、彼の筋肉の動きまでも制限している。
ケーブルを切断して蒼を助けようとした詩織も、マジックコンバータースーツをハッキングされ、後ろ手に拘束されたような体制で固定され、床に崩れ落ちる。
「なんだよ……何のデータだ……!! くああ!! 何だこの記憶は……!? 」
困惑する蒼の脳にタカセ博士の声が聞こえてきた。
『これは君の脳に入っていた無数の記憶の断片を最適化し、破損していた箇所を修復して、整合性の付くよう再配置したデータさ。あとはオマケの私のテクノロジーデータだね』
「俺は……あの時……いや!? そんなはずは……!?」
『困惑しているようだね。まあ、元の世界への旅路の最中に再生するといいだろう。24~48時間程度の旅になるだろうし』
「や……やめてください! 今はこんなことしてる場合じゃないんだ! カオス骸体の攻撃を防いでもう一度電力を……!」
『ああ、アレだがね、嘘が多分に含まれているんだ。すまない』
「な!?」
唖然とする蒼。
博士は特に気にも留めず、答え合わせを始めた。
カオス骸体が迫っていることは事実。
しかし、その攻撃をもう一度防御するのはシールド設備の損傷度からして不可能。
さらに、発電所を再度動かして、蒼達の世界へ飛ばすのは、燃料の残量から考えて不可能。
そもそも満充電でも、蒼達二人が限度だった。
加えて、魔法少女達に授けた疑似マジックコンバータースーツは、一度の変身で命を使い切るため、蒼のマジックコンバータースーツの上位互換では決してないことも明かされた。
「おいちょっと待てよ……。ってことは……」
『言っておくが、彼女達は全て承知で変身した。これは紛れもない真実さ』
「じゃあなんで……」
『笠原くんも言っていただろう。君たちの為に戦い、君たちに託すためさ。既に敗北し、滅びゆく我々が、自分達の命の意味を君たちに求めた。それだけのことさ』
蒼には理解が出来ない。
当然だろう。
蒼はまだ生きる意味も、戦う意味も、何も失ってはいないのだから。
『理解できなくてもいい。いや、むしろ最後まで理解できないほうがずっといい。君達は元の世界に戻って、勝つんだ。我々のようにならないためにもね』
「俺達が……勝つには……どうすればいい!?」
『敗北した我々がそれを知るはずがないだろう。だが……君に一つ忠告をしておく。自惚れるな、蒼。如何なる天才も、その手を広げた範囲しか守ることはできない。それを弁えなかった身の程知らずどもが動き回った結果が我々の世界さ。各地にこんな基地など乱立させてな』
「親父……」
『超次元転送 フェイズ3 転送開始まで 1分』
蒼の金縛りが解けた時、既に博士のAIは無機質な口調に戻っていた。
詩織もその話を何らかの方法で聞いていたのか、拘束が解けた後も、床に突っ伏した姿勢ですすり泣いている。
「蒼くん。もうすぐお別れだね……」
扉の向こうから、香子が蒼の方を覗き込んでいる。
蒼は自分の無力感に苛まれながら、その窓の位置に手を置き、香子の手と強化ガラス越しに合わせる。
「君を……救いたかった……」
「ううん。もう私は救ってもらったから……。蒼君の命と引き換えにね……」
「じゃあやっぱり……。俺はあの時……」
「蒼君……向こうの世界の私のこと、大事にしてあげてね! 二人で、一緒に未来を掴んで……!」
「ああ。約束する。絶対に!」
分厚いガラス越しには、互いの体温すら伝わらない。
だが、その手の間には、確かな温もりがあった。
『超次元転送……開始。強い衝撃があります』
そのアナウンスと同時に、部屋が眩い輝きに包まれる。
「さよなら……ありがとう……! 蒼くん!!」
デバイスから聞こえているはずの香子の声が、蒼はその時だけ、直接耳に聞こえた気がした。
「先輩!!」
強い衝撃に備え、詩織が蒼にしがみ付き、蒼も彼女をしっかりと抱きしめる。
次の瞬間、二人の意識は激しい閃光と衝撃の中に消えていった。





