第8話:オーシャン・カオスノイド
「プラズマエナジーストーム!!」
「ライトニングミラージュ!」
闇の空に舞う二つの影。
その間を結ぶ、黄色と白のエネルギーライン。
時に近づき、時に離れながら、決して弱まることのない絆の輝きが、地を埋めつくす暗黒の眷属達を迎え討つ。
ブレイブウィングからせり出したファンが轟音と共に猛烈な突風を噴射する。
G-プラズマエネルギーとXクリスタルのエネルギー、そして詩織のプラスエネルギーを混合したエネルギー流が周囲の大気を揺らし、闇の空にオーロラのような妖光が現れ、周囲に存在する暗黒粒子を分解していく。
空を熱く覆っていた闇の雲が僅かに割れ、ほんの一瞬、辺りを微かな太陽光が照らした。
突風に巻き込まれたカオスノイドが跡形もなく消し飛ぶのは無論、そよ風程度の微風でさえも、彼らにとって致死量のプラスエネルギーだ。
発電所の立地する海岸線へ迫っていたカオスノイドの一陣はその一閃によって瞬く間に壊滅した。
だが、敵は尚も数を増し、発電所へと迫っている。
タカセベースからここまでの道中に存在した全てのカオスノイドが今、エネルギーを求めて発電所を目指しているのだ。
「プラズマエナジーボム!!」
蒼は前進し、連装砲塔から無数の光球を発射した。
迫る黒い軍勢の中へ着弾したそれは、半径数十メートルに及ぶプラズマ火炎を生じさせ、付近の全てを焼き尽くす。
さらに、プラズマ火炎の熱を餌となるエネルギーと見なしたカオスノイド達は、その蒼く輝く地獄の火炎へと次々に身を投じていく。
火炎よりも発電所の電気を求めて来る個体群には、エナジーキャノンで応戦し、さらに、発電所内や海岸線から這い寄ってきたはぐれ個体はアームブレード、エナジーショットで応戦する。
稀に反撃してくる個体さえ、自動展開するパッシブレーザーシールドがそれを遮断し、蒼には触手一本とて触れない。
その戦いはまさに一方的。
数多の戦いの果てに強化を重ねたブレイブウィングに、詩織から送られる速度増強のエネルギーが加われば、不定形な下等ゲル生物など敵ではないのだ。
一方の詩織も負けてはいない。
ブレイブウィングによって増幅されたエネルギーの供給を受け、完全な魔法少女の姿で変身した彼女は、蒼が攻撃できない、送電線の延長線上に群がる敵を次々に斬り伏せていく。
肉眼では瞬間移動しているかのように見える程の高速から繰り出される無数のエネルギーブレードに、カオスノイドは全く反応することが出来ない。
攻撃力に欠ける故、大型のゼルロイドやキメラゼルロイドには苦戦を強いられた詩織だが、耐久性皆無のカオスノイドに対しては、特効も特効である。
彼女の放つ質量を持った刃の幻影が辺りに吹き荒れるたび、数百体規模でカオスノイドが霧散していく。
ここ最近の鬱憤を晴らすかのように、彼女は刃の旋風を吹かせ続ける。
「全然減らないな……」
ただ、この優勢下においても、蒼は冷静だった。
ブレイブウィングに搭載されたエネルギー炉心はいつになく快調で、XクリスタルとG-プラズマコアは未だ半分以上エネルギーを蓄えているものの、ここから数時間、休みなしに押し寄せるカオスノイドの波を食い止め続けられるほどではない。
そもそも、ブレイブウィングは魔法少女支援装備であり、今回は敵のあまりの弱さに結果的にそうなっているだけで、本来単独で敵の大部隊を殲滅する用途に用いるような装備ではないのだ。
それは詩織も同じこと。
スピードによる攪乱と急所への一撃に強みを持つ彼女は、一度に無数の敵を相手取って何時間も戦い続けられるほどのスタミナはない。
ただでさえ、キズナリンクがなければ一瞬で変身解除されてしまうほど高密度なマイナスエネルギーに覆われたこの世界で、エネルギー消費の激しいライトニングミラージュを多用し続ければ、やがては蒼共々エネルギー切れに陥ってしまうだろう。
「はぁ……はぁ……。小止みになる気配が……全然ないんですけど……!」
「光に集まる蛾みたいだな……。とんでもない誘引力だよ」
「蛾くらい無害ならいいんですけどね……!」
二人は手を取り合い、互いのエネルギーを僅かながら回復させ合う。
『どうやら苦戦しているようだね』
突然デバイスを鳴らしたタカセ博士の声にビクッとする蒼と詩織。
「ええ、とても」と、蒼が短い返事を返すと、博士は『そうかそうか! やはり二人だけでは厳しい作戦だったか!』と、嬉しそうに応えた。
(何だこのサイコ親父は……)と、蒼は軽い戦慄を覚える。
詩織はこの親にしてこの子ありだとしみじみと思う。
そんなやり取りがあって一瞬、緊張が和らいだ直後、エネミーサーチャーがけたたましく鳴り響いた。
その警報が指し示すのは……。
「後ろ!?」
これまで全く意識していなかった背後の海。
振り返った蒼の目に映ったのは、海面を黒く染め上げた大きなうねり。
いや……。
それは海そのものと見まごうほど巨大なカオスノイドであった。
オーシャン・カオスノイドとでも言おうか。
「デカい……!!」
深海の超高圧環境で無数のカオスノイドが融合し、温排水の熱を求めてここまで這い上がってきたのだろうか……。
それとも、街から押し寄せるカオスノイドとはまったく別種の、海棲のものか……。
そんな考察が脳裏をよぎるよりも早く、蒼はエナジーキャノンを放っていた。
白い閃光が黒い海に突き刺さり、黒い巨体が激しい湯気と共に蒸発していく。
しかし、その閃光が焼いた穴は瞬く間に塞がり、同時にオーシャン・カオスノイドが全身を激しく波打たせ始めた。
何かが来る!
蒼が身構えるよりも早く、詩織が彼の体を抱きかかえて飛んだ。
彼が、自分の身に何が起きたか気づいたのは、直前まで自分たちが浮かんでいた場所を長大な鞭触手が薙ぎ払った後だった。
「ナイスアシスト!」「どういたしまして!」と、視線で合図を送り合った後、二人は後退し、次の攻撃に備える。
見れば、オーシャン・カオスノイドはゆっくりと身体を起こしつつ、上陸を開始した。
海中にいるときは全く分からなかったが、その体はムカデのように長大で、無数のカオスノイドが折り重なるように融合している。
ムカデの節のように見える部分も、その足も、全身を覆ういぼ状の突起も、全てが水圧で圧着した無数のカオスノイドのゲルボディであった。
海水の圧力から解き放たれたその体はボロボロと崩れ始め、零れ落ちた雫が数mの大型カオスノイドとなって分離していく。
そして、この間にも背後では無数のカオスノイドが発電所目がけて迫っていた。
『どうした!? 心拍数を見るに、突然のピンチにでも見舞われたかい!?』
「よく分かりましたね! その通りですよ!」
この期に及んで暢気な通信を入れて来るタカセ博士に、蒼が苛立ち交じりで応答する。
すると、博士はさらに嬉しそうに、『そうか! そうか!』とさらに満足げに笑う。
『そんな君たちに、我々も少しばかり増援を送ることにした。皆、最後の大舞台、頑張ってくれたまえよ!』
博士の声に合わせて、発電所の物陰から複数の人影が飛び出してきた。





