第4話:タカセベース
「おお……。これはすげぇ……」
「ぱっと見は悪の秘密結社の基地っすねこれ……」
凛に案内され、倒壊したビルや地下通路を幾多も乗り越え、潜り抜けて辿り着いた先には、一棟のタワーがそびえていた。
タワーを守るように、数棟のビルが花弁のように周りを囲んでいる
その外側は爆心地のように大地が抉れ、堀のようになっていた。
「あれは敵を防ぐための外堀みたいなものなのか?」
「まあ……そうですね。結果的にですが……」
「結果的に?」
「すごいデッカい敵の攻撃を何度か受けて、こんなことになっちゃったんです。おかげでそれ以来、あのブヨブヨはタカセベースまで上がってこれなくなってます」
「こんな規模の攻撃してくる敵がいるんですか!?」
「はい……。思い出したくもないですけどね……」
あまり長く立ち話をするのは危険なのでと、凛は話を打ち切り、持っていた照明弾を宙に向けて放った。
すると、タワーの方から大型のドローンが飛来し、3人のもとへ着陸する。
その下に装着された籠に3人が乗ると、それはゆっくりと浮かび上がり、タワー目がけて飛行を開始した。
眼下に見える堀の底には、無数の人型がブヨブヨと蠢いており、詩織は「ヒッ……」と小さな悲鳴を上げる。
ただ、その量はすさまじいものの、協力して堀を越えようなどと考える思考力や協調性はないようで、ただただ我先にエネルギー源へ辿り着こうと、もつれ合っているだけのようだ。
「ところで凛さん。さっき話してたデカい敵について教えてほしいな」
「……それは私の口から聞くよりも、高瀬博士に聞いた方が分かりやすいかと思います」
恐らく、よほど恐ろしい思いをしたのだろう。
そういう感覚が分からないのか、それとも好奇心が勝るのか、「え~……触りくらい教えてほしいな~」と食い下がる蒼を詩織が肘打ちで制した。
だいぶマシになったとはいえ、この男の無神経は健在のようだ。
「タカセベースには生存者の方が結構いるんですか?」
脇腹を押さえて蹲る蒼を尻目に、詩織が尋ねた。
凛は一瞬引きつった顔を浮かべつつ、少し俯き加減に応える。
「生存者さんは……居ることは居ます……。ただ……」
「た……ただ……?」
凛は黙って顔をそむけた。
その表情や口ぶりから、自分もあらぬ地雷を踏んでしまったことに気付く詩織。
恐らく、いつかのテレビで見た夜戦病棟のような様相を呈しているに違いない。
食料も水も、満足な医療設備もないまま、次々に倒れていく負傷者達……。
眼前に迫りつつある灰色の塔に、詩織はえもいわれぬ不安を抱いたのだった。
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「どうぞ」
招き入れられた塔の中は薄暗く、足元の避難誘導等がまばらに点灯している。
壁は所々剥がれ落ち、およそまともな居住環境とは言い難かった。
そして、まるで人の気配がない。
「人類最後の砦……ね」
蒼がポツリとつぶやく。
無神経な彼でさえ、異様な雰囲気は感じ取っているようだ。
廊下に連なる小部屋には、人の名前が書かれた紙が貼られているが、その全てに黒い縦線が引かれている。
その意味を察した詩織は、激しい眩暈に見舞われた。
倒れ込みそうになった彼女を、蒼が抱き寄せて支える。
その様子を、凛は申し訳なさそうな目で一瞥し、また歩き出した。
「タカセ博士、生存者を連れてきました」
塔の地下最深部に通された二人の眼前には、ゴウンゴウンと重低音を響かせて稼働する巨大な機械群と小さなモニター。
凛が青く光るボタンを押しながら話しかけると、モニターに光が灯った。
『今更になって生存者とは珍しいな! 時既に遅しかもしれないが、ようこそタカセベースへ!』
突然室内に響き渡った無神経な言葉に、ビクンと身体を震わせる詩織と蒼。
「博士、この二人は厳密にはこの世界の人間ではないそうです。しかし、もと居た世界では博士のご子息だったと……」
『なにっ!? 異世界から私の子がやってきただと!? どれどれ……母さんには似ていないな……』
伸縮自在の謎アームで詩織にズイと寄り、謎カメラで彼女の全身を舐めるように眺めまわすタカセ博士。
『世界が違うとわが子の性別までも違うものなのか……』などと、謎の感動に浸っている。
「いや……あの……博士の息子さんはあっちです……」
凄い圧で迫られ、驚きと恐怖で固まりながらも、詩織は蒼を指さした。
『おお! そうだったのか! 確かに君は若いころの私によく似た顔をしているな! まさかここまで成長したわが子の顔が見れるとは!』
詩織の周りから瞬く間に撤収するカメラ群とモニター。
今度はそれが蒼の周りに殺到した。
「この世界の俺はこれくらいまで生きられなかったってことですか?」
その状況に全く動じず、博士の言葉へ質問を返す蒼。
『ああ……中学に入る間際にね……。もっとよく……顔を見せてくれないか?』
父と子、感動の再会。
かと思われた直後、蒼を激しい閃光が襲った。
「―――!!」と、目の眩みに声にならない悲鳴を上げる蒼。
『いやぁ~。ちょうどいい顔グラフィックが撮れたよ! ありがとう異世界のわが子よ!』
そう言って、モニターの中でやや老けた画像処理を施された蒼の顔が笑う。
詩織はこの親にしてこの息子ありだと、先ほどとは別の眩暈を覚えたのだった。
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既に肉体を失い、AIとして生きながらえているタカセ博士は、あまりにも絶望的な現状を、事細かに語った。
人類の9割9分9厘以上の生存が絶望的であること。
地球表面の8割超が破壊し尽くされていること。
そして、この基地にも最期の時が迫っていること。
「カオス骸体?」
『そうだ。外にいるカオスノイドを生み出した元凶であり、地形を変えるレベルの暗黒粒子熱線をバラまく傍迷惑な破壊神のアバターさ。もう2度もこの基地の上飛ばれて、シールドで電力は使い果たすわ、周りの地形は変わるわ、食料と水の供給が出来なくなるわで生存者の大半が死んでしまってね。しかも、もう3日としない間に、3度目の攻撃が来そうなんだ』
「だったら早く避難しないと!」
詩織が思わず立ち上がる。
しかし『どこへ?』と聞き返され、押し黙ってしまう。
何日もこの世界を彷徨えば、安全な逃げ場など無いことがよく分かる。
『まあ、一応他次元への退避という手はある』
「だったらそれを今すぐ……!」と再び立ち上がる詩織をマニュピレーターで抑えつけながら、タカセ博士は言葉を続ける。
『生憎、電力が全く足りないんだ。今は少し前ここに落下してきたあの未確認飛行物体から電気を分けてもらっている状態で、どう計算しても人1人を飛ばすためのエネルギーをチャージするのに1週間はかかってしまう。最寄りの発電施設と接続できれば、まだ可能性もあるんだが……』
「だったら俺に任せてください。その飛行物体があれば、ひとっ飛び送電線張ってきますよ!」
壁の発電機に接続されているブレイブウィングを指さしながら、蒼が言う。
成程、ブレイブウィングがその場を動けなかったのは、こんな理由があったのだ。
「ついでに!」と、蒼は発電機のすぐ横に備えられた蓄電設備にG-プラズマコアを接続すると、エネルギーを送り込む。
XクリスタルとG-プラズマコアが淡く発光すると、蓄電ゲージが2メモリ、3メモリと回復していく。
緊急節電モードに入っていた基地の電力システムが回復し、闇に包まれていた室内の明かりが続々と点灯していく。
「はぁ……はぁ……これでしばらくは電力持つでしょう……」
『ほう! すごいじゃないか異世界の我が子! 設備が整っていたら解剖実験させてほしいところだ!』
「いやぁ、所詮貰い物みたいなもんですよ」と、最高のサイコ発言をスルーする蒼。
流石に半分にも達さなかったが、2~3日分基地内を明るく照らす程度の電力は確保できたらしい。
突然明るくなった基地に驚き、各々の部屋で最期の時を待っていた者たちが蒼達のいる部屋、すなわち集中制御室に集まってきた。
凛曰く、今の生き残りは全員魔法少女らしい。
『ああ! そうだそうだ! 笠原くん! 異世界から蒼が迷い込んできてるぞ!』
やってきた少女たちの顔を見回していたタカセ博士が一人の少女めがけ、マニュピレーターアームを激しく振りだした。
「蒼くん……蒼くんなの!?」
振り返った蒼の視界の先には、元居た世界と変わらない、恋人の姿があった。





