第1話:滅亡世界
暗い……暗い世界。
厚い暗闇に覆われたその地上に、日の光は殆ど届かない。
正午とその前後数時間のみ、逢魔が時のような薄明かりが辺りを照らす。
その世界の一角、上半分以上を粉砕されたマンションの一室で、一人の少女が外の世界を見つめていた。
赤茶色と群青色が溶け合ったような昼下がりの空と、光の一つも見当たらない地上。
崩壊、荒廃、滅亡、終末。
およそ希望などどこにもない世界を見つめる瞳は、未だ光を湛えていた。
ふと、ジャリジャリと瓦礫やガラスを踏みしめる音が耳に入り、少女は身構えつつ、ベッドの陰に隠れる。
「今戻ったぞ……。新里?」
「ここです……。やっぱり身を潜めて暮らすのには慣れませんね……」
腕時計型デバイスの明かりに照らされた蒼の顔に、安堵した表情を浮かべながら起き上がる詩織。
異次元流に巻き込まれた二人は、幾多の次元階層を飛び越え、この世界へと不時着したのだ。
黒く、巨大な人型の物体が辺りを闊歩し、マイナスエネルギーを多量に含む未知の暗黒スモッグが方々から噴出しているため、二人はもう1週間コソコソと隠れながらの探索を余儀なくされている。
「大丈夫でした? ブレイブウィングは……見つからなかったみたいですね」
「腕と足は2~3回飛んだけど、一応は大丈夫だ。ブレイブウィングはまだまだ遠そうだよ。新里こそ体は大丈夫か?」
「少し良くなりました。ありがとうございます」
蒼の翼、ブレイブウィングは、この世界で二人が目覚めた時から行方不明のままだ。
一応存在を示すビーコンは蒼のデバイスへ飛んできているものの、暗黒エネルギーが電波を阻害し、未だ場所も、機体の状態も分からないまま。
元の世界へ戻るには、超高性能プロセッサーを搭載したブレイブウィングによる世界の位置する次元解析と、エネルギートンネルの観測が必要不可欠である。
そのため、二人はビーコンの反応を頼りに暗い世界を歩き続けているのだ。
「そろそろこの辺もヤバそうだ。アイツらの密度が上がってきてる気がするよ」
「やっぱり……私達のエネルギーを感知してるんでしょうか」
「分からん……。まあ、一息ついたら移動しよう」
「うー……。このお部屋ちょっと気に入ってたのにぃ……」
「……」
そんな詩織の愚痴に、蒼は何の反応も示さない。
不思議に思った詩織が彼の方を見ると、蒼は部屋の角に座り込んだまま、すうすうと寝息を立てていた。
よく見ると、バトルスーツの右肩と左足ふくらはぎ辺りがバチバチと発光している。
損傷し、それが修復された直後に見られる光りである。
その姿に、詩織は胸が締め付けられるようだった。
迫りくるオピスから蒼を庇い、敵に刺されたところまでは覚えている。
その後どうなったのか、蒼は黙して語らない。
だが、恐らく蒼は自分を助けるために尽力し、その結果が二人仲良く崩壊した異次元送りであるということは想像がついた。
「見捨ててくれても……よかったんですよ……?」
眠る蒼の隣に座り、ボソリと呟く詩織。
蒼と自分、世界にとって必要なのは、圧倒的に蒼である。
ただ素早いだけの自分とは違い、蒼はゼルロイドと戦う武器を作り、魔法少女達を繋げ、政府機関をも動かして人々を、世界を守ることが出来る。
その判断のもと、詩織は咄嗟に身を挺して彼を守ることを選んだ。
幾度も助けられた命をその瞬間、蒼に返す覚悟であった。
だが、彼はそんなことを考えてはいなかったらしい。
「先輩って……やっぱり頭おかしいですよね……」
詩織が見上げた空は、既に深い群青色に染まっていた。
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「ライトニング・スラッシュ!!」
「ドリルレーザー!」
灰色の瓦礫に埋もれた街を、二つの影が走り抜ける。
コンバータースーツに身を包んだ詩織の短刀が、蒼の右腕から繰り出される螺旋光線が、襲い掛かってくる黒い人型の物体を切り結び、貫き、霧散させる。
本来は、こんな派手な戦闘は避けるべきであった。
だが、次なる隠れ家を探す道中、人型達が密集する住宅街跡地に入り込んでしまい、戦いを余儀なくされたのだ。
世界を包む暗黒エネルギーのせいか、魔法少女の力は大幅に減衰し、立っているだけでコスチュームが分解し、激しい苦痛に見舞われる。
しかも、魔法少女を助けるエネルギー場も展開しない。
そのため、詩織はコンバータースーツでの戦いを強いられていた。
いや、むしろコンバータースーツがあったおかげで、辛うじて戦えると言った方が正しいかもしれない。
「見えた……! 新里! 一点突破だ!」
「了解です!」
押し寄せる敵の波の中に見えた微かな綻び。
蒼が指差したその先目がけ、手を繋ぎ、突き進む二人。
その手の間に激しい光が生じ、直後、詩織の姿が魔法少女のそれに変わる。
体を暗黒エネルギーに蝕まれる苦痛に一瞬顔を歪める詩織だが、蒼の手から送り込まれる力に支えられながら、白と金色の風を右手に纏っていく。
蒼も同時に、胸のXクリスタルにエネルギーを集め、そこから伝導するエネルギーを収束した左腕を前に突き出した。
「いくぞ!」
「はい!」
「「エナジードリル・スクリュー!!」」
二人は手をガッチリと握り合ったまま、光の渦を纏って敵を跳ね飛ばしていく。
まさしく大海の波を貫くドリルとなって、敵の包囲網の隙を突き抜けることに成功した。
だが、高密度のプラスエネルギーに反応して、あちこちに潜んでいた人型達が四方から迫ってくる。
詩織はすぐさまコンバータースーツに戻り、蒼と共に地下道へと身を隠した。
無論、その地下道にも人型がいる。
二人は互いを庇いつつ、暗い地下道を駆けて行った。
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地下鉄のホームからメンテナンス用通路に入ると、敵の姿はなかった。
二人はゆっくりと歩きながら、乱れた息を整える。
「ビーコンの反応は……。うん。ちょっと強くなってるな」
「良かった……これだけ戦って遠ざかってたら目も当てられませんし」
しばらく歩き続けると、保線作業員用の休憩室があったので、二人はそこを今夜のキャンプ地とした。
ありがたいことに、2段ベッドの仮眠室が備えられていて、その下にはなんと、緊急用の乾パンと長期保存水のセットが4箱も置かれていた。
崩落事故で閉じ込められた時用のものらしい。
二人はそれを拝借し、ささやかな晩餐を行う。
「食べたらさっさと寝ておこう」と、通路に警戒センサーを設置し、蒼はそそくさとベッドの上段に飛び乗った。
詩織も下段に潜り込み、目を閉じる。
蒼に引きずられつつではあるが、この異常な世界でのサバイバルに慣れてきた自分に、詩織は少なからず驚きを覚えていた。
疲れからか、
「ずっとこのまま先輩と……滅亡世界探検も悪くないかも……」
「もしこの世界から人類が滅亡していたら……私達はアダムとイヴ……!?」
などという病的な妄想さえ脳裏を掠め始めた時、ベッドがガタンと大きく揺れた。
「ん!? なんだこれ!?」
同時に聞こえたのは、蒼の素っ頓狂な叫び。
飛び起きた詩織の眼前に、蒼の腕が振り下ろされた。
「……さん……す……きょう……生きて……」
彼の腕に光るデバイスに表示されるのは、ラジオの周波数。
そして、そこから発せられた声は、間違いなく人間の声であった。
「ブレイブウィングからの信号に乗って流れてきたんだ。この世界……生きてる人いるぞ!」





