第65話:決戦迫る
それは徐々に始まった。
ウボームの本拠地と思しき次元から、何か巨大なものがゆっくりと、しかし確実に蒼達のいる次元へ接近し始めたのだ。
動くエネルギー量から推測し、その大きさは大城市の中心エリアをすっぽりと覆う程であると推測され、仮にこの次元へ落下してきたとするなら、そのエリアは丸々破壊されることになる。
「そ……それってマズいじゃないですか!」
宮野の説明が終わるや否や、詩織が声を上げた。
「早く避難勧告出さねぇと! 知らせなけりゃ最悪とんでもない死者出んぞ」
「でも知らせたらパニックになるかも……。なんとかして安全に避難してもらわないとマズいことになるわね」
響と香子もそれに言葉を重ねる。
大城市の中心エリアは、タワーマンションや大型商業施設が立ち並ぶこの街の心臓部だ。
居住人口も、就労人口もスバ抜けて多く、そこが丸々破壊されるとなれば、どんなに少なく見積もっても数万人は死傷者が出るだろう。
「対応する猶予はどれくらいありますか?」
そして黙ってモニターを眺めていた蒼は、宮野に短い質問を飛ばした。
「到達予定時刻は72~120時間後です。3日~5日の猶予があることになりますが、その大きさを考えると異様なスピードと言わざるを得ません」
「嘘だろ!? 絶対避難間に合わねーぜ!?」
「でもやるしかないですよ! 今すぐ緊急避難勧告出しましょう!」
「ちょっと待って! 避難って言っても、受け入れ先だって必要だし、一斉に人が動いたら二次災害が起きるわよ!?」
早くもパニックを起こしかける魔法少女達。
当然である。
明々後日この街は消滅しますと言われているようなものだ。
冷静でいられる方がおかしい。
そう、おかしいのだ。
「大城市滅亡の危機が差し迫ってる中で、俺達相手に駄弁っていられるってことは、作戦があるんですね?」
おかしい奴が、同じくおかしい奴に問いかけた。
聞かれた方のおかしい奴は、穏やかな微笑みのまま、モニターのスライドを操作した。
すると、これまでは至って真面目に描かれていた説明資料が一転。
「超次元強襲作戦! 魔法少女×装翼勇者×ウボーム 大城市SOS!」という、無駄に気合の入ったフォントの文字が登場した。
唖然とそれを見つめる魔法少女部の面々。
「いや~……皆さんのこの街と市民を守りたいという想い。感動を受けました! ただご安心を。既に国へ報告し、今この瞬間にも市民の皆様には冷静沈着な避難を実施いただいております」
「冷静沈着って……まさかまた妙な機械で……」
「いえいえとんでもない! ちょっと市の各地に設置したアンテナから鎮静化疑似脳波を発させていただきましてね……」
「それが妙な機械って言ってんだよ!」
例によってドン引きする魔法少女達。
相変わらずやり方が悪の組織である。
まあ、それが結果として市民の安全に繋がるなら良いと、今は納得せざるを得ない。
コレがなければ詰みに近かったのは事実なのだから。
「それはそれとして、作戦を細かく教えてほしいんですが。強襲作戦って……俺達に乗り込めって言ってるように聞こえるんですけど」
「その通りです。あなた方には、次元の向こう側へ侵攻し、捕らえられた異次元の方々の救出に当たっていただきたいのです」
宮野の口から出た人道的作戦に、思わず沈黙する一同。
映画でよくある隕石破壊ミッション的な、爆弾敷設ミッションを覚悟していた蒼も、これには面食らっている。
「そんなんでいいんですか? 落ちてくる物体を破壊するとかそういうミッションではなく?」
「ああ、いえ、それは今大城市に集結しつつあるSSTと自衛隊のミサイル部隊で片付けられる見込みです。それで対ウボーム戦は実質終了予定ですので、問題には及びません」
「なるほど! それまでの間にティナちゃんのお友達を救助するってわけですね!」
「その通りです!」
眼鏡をコキ上げながら、詩織をズバッと指さす宮野。
「でも宮野さんにしては……と言うと失礼だけど、随分優しい作戦ですね。そういうの切り捨てる人かと思ってました」
香子がサラッと放つドギツイ言葉にも怯むことなく、宮野はニコニコしている。
「いえ、私も最初は救うのは困難と踏んでいたんですよ。この世界の方は由梨花さん以外いないようでしたし……。ただ、ティナさんがどうしてもと言うので、ちょっと生体実験につき合っていただく代わりにですね……」
「前言撤回!」
「オイ! 蒼! やっぱこの組織やべーぞ!!」
ぬけぬけと笑う宮野に対し、声を荒らげる香子と響。
が、蒼は「あー……なるほど」という表情でその話を聞いていた。
「いやゴメン。その件俺もちょっと噛んでるわ……」
なんでも、ある日宮野に、ティナの感情認識能力に関する実験をやってほしいと頼まれ、ティナも了承していることから、喜んで引き受けてしまったというのだ。
その結果誕生したのが、今まさに大城市民を冷静沈着に避難させている疑似脳波であり、ティナはその発生装置の中でコンバーターにされているという。
狭い会議室に充満するサイコの波動に、魔法少女達は軽い眩暈を覚えた。
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「オイ! ティナ! 大丈夫か!?」
SST本部の地下実験施設。
カプセルの中に浮かぶティナに向かって叫ぶ響。
だが、ティナは目を覚まさない。
「ティナちゃんは今、意識を全て脳波に変えて、街の皆に冷静沈着な避難を呼びかけてるんだ。深層心理の中に強い印象を与える形でね」
「だ……大丈夫なの?」
「もちろん。安全性は俺で実証済みだから」
「先輩って当然のように自分を実験材料にしますよね……」
響は一瞬、蒼を睨むような視線を送ったが、すぐにため息をつき、「ったくオメーはよぉ……」と、呆れたような声を上げた。
「そりゃ、お前からすりゃ自分の身は好きに使える実験資材かもしれねぇけど、それを後から聞かされるウチらの気持ち考えたことあんのかぁ? ティナの件も相変わらず相談も報告もしねぇしよぉ……」
「悪い悪い。ただ、君らには普段から無理させてる分、俺だけで解決出来ることは極力一人で済ましちゃいたいんだよね。ティナちゃんもそんなこと言ってたし」
そう言って笑う蒼に、響はますます呆れ顔だ。
「いかがです? 彼女の覚悟。ここまで尽くしていただいたとあっては、我々も彼女の望みを叶えて差し上げるべきでしょう」
ただ、宮野のこの言い草には、響は相当カチンと来たようだ。
手近にあった柱に拳を叩きつけ、宮野を睨みつけ、叫ぶように言い放つ。
「ったりめーだ! 別にこんなマネしなくたってウチらは助けに行くぜ!? なのにこんな訳の分からねぇ交渉みたいなこと仕掛けてきやがって!」
「たはは……お手厳しい。ただ、この作戦に乗っていただく以上は、我々の指示に従っていただきますので、よろしくお願いします」
ケロッとした宮野の言い草に、腹の虫が収まらない響が、思わず掴みかかろうとした時「はい、そこまでよ佐山さん」と、御崎が二人の間に割って入った。
「宮野くん、これで今すごいテンパってるのよ。許してあげて」
「だ……だけどこんな無茶苦茶なやり方で……!」
「そこの天才少年は置いといて、凡人がいきなり街消滅の危機を全力で回避しようとしたらこうもなるわ。ここからは私が彼とあなた達をサポートするから、手助けをしてもらえないかしら。この通りよ」
「あなたもまずはこうでしょ!!」と言って宮野の頭を抑えながら、頭を下げる御崎。
よく見れば宮野の髪はぼさぼさで、ここ数日まともにケアも出来ていない様子だった。
彼を制する御崎もまた、肌の血色が悪く、目の下に大きな隈をこさえているとあっては、響も引き下がらざるを得なかった。





