第64話:繋がりを生むもの
「さて、まずは魔法少女としての覚醒おめでとう」
「なんでアンタが代表みたいなこと言ってんのよ……」
1週間と経たずにSST本部の医務室に逆戻りしてきた由梨花とカレンを満面の笑みで迎える蒼。
魔法少女になりたての少女のデータが取得できた喜びからか、やけにテンションが高い。
詩織や香子らとは異なる、不安定なエネルギーの状況が観測できただけでも大きな収穫だ。
手酷くやられたように見えた由梨花だが、実際には全然大したことはなく、精神面でのダメージがコンディションに悪影響を与えたものと思われた。
プラスエネルギーを糧にする魔法少女は、その精神状態が戦力に多大な影響を与えるものである。
「助けに来てくれてありがとうカレンちゃん……。でも……どうして私の居場所が分かったの?」
ベッドから起き上がった由梨花が、カレンの手を握りながら問いかける。
彼女は一瞬目を泳がせたが、やがて観念したように、眉を歯の字に曲げながら応えた。
「えぇと……実は……」
彼女が言うことには、由梨花が魔法少女である現場を抑え、それをダシにして自分を協力者として受け入れてもらおうとしていたらしい。
どこかの誰かが黄色い魔法少女にやったことに似ている。
割と不純な動機だが、由梨花は強く感激し、カレンを抱きしめていた。
由梨花の胸の中で恍惚とした表情になるカレン。
「アンタなんか入れ知恵したでしょ」
「してないよ! しかしまあ、自力で魔法少女の正体に辿り着くとは驚きだね。魔法少女部にスカウトしよう」
「あ、いえ。私は会長専属の魔法少女なので」
「そ……そうか……ちょっとショック……」
凹む蒼。
しかしすぐに気を取り直し、魔法少女に覚醒したことに関するヒアリングに移る。
「えーっと。覚醒した時、何か普段と違うことはあった? 自分の感情とか、外的な要因とかで」
「あの時は……とにかく会長を助けたいって思って……。そしたら光の結晶みたいなのが目の前に現れて、それを握ったら不思議と『変身!』って叫んでて……」
「アタシの時に似てるわね」
「あれ。お前もそんな感じだったの?」
「……今それは置いておいて。続けてもらいなさいよ」
なぜか不機嫌になる香子を不思議に思いつつ、蒼は質問を続けた。
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「興味深い……興味深いな……」
数時間後、蒼の自宅。
蒼が何やらパソコンに向かって呟いている。
そのモニターに映るのは、紫の魔法少女二人を捉えた蒼のアイポイントカメラの映像である。
「お風呂空いたよ~。……アンタまだそれ見てるの?」
そこへ、バスタオルを頭に巻いた香子が湯気を纏いながら部屋に入ってきた。
そのまま蒼の机の横に置かれた自身の机に腰かけ、ドライヤーで髪を乾かしている。
美しい黒髪が風でさらさらとなびき、蒼の頬を撫でた。
普通の男子高校生ならば、風に乗ってくるシャンプーと、少女の素肌の香りを前に理性を失いそうなものだが、蒼の興味は画面の中の紫コンビに釘付けである。
「この二人、よく見ると同じエネルギー場で戦えてるだけじゃなくて、二つの線で繋がってるんだよ。これまで観察されたことのない例だ」
「あ! ホントだ! これってアンタとアタシに発現したのとそっくりじゃない!」
「エンゲージって呼称は置いといて……。この二人のはその拡張版、宮野さんが追い求めてたのに近いよな」
魔法少女は身に纏うエネルギー場が反発し合い、共闘することができない。
謎多き戦乙女たちについて、数少ない「分かっていること」の一つである。
年々強くなっていくゼルロイドや、魔法少女の力が通じない敵の出現という問題に対して、真っ先に頭をもたげる問題だ。
蒼はその壁を越えて魔法少女と共に戦い、彼女達にエネルギーを譲渡できる。
逆に、魔法少女が彼にエネルギーを譲渡できた例もあるが、そのどちらも一方通行であった。
宮野はそれが双方向になった時、より強力な力が発現するに違いないと言って燃え上がっていたが、由梨花とカレンはそれに先んじて双方向のエネルギー譲渡を実現したことになる。
「エネルギー場を観測した限りでは、俺や皆の間で起きたようなプラスエネルギーの上昇は見られなかったから、疑似的なものだろうけど、大きなヒントになりそうな予感がするよ」
そう言いながら、動画を一から再生しなおす蒼。
その横にぺたりとくっつく香子。
蒼を見上げる表情は、少しムッとしている。
傍から見れば、湯上りの恋人がスキンシップを求めている中で、他の少女達に夢中になるのは如何なものかと思うだろう。
生憎、蒼はそういう心情を捉えるのは苦手であった。
香子が文句の一つでも言おうとすると、蒼が彼女の頭を優しく撫で始めたので、彼女は機嫌を直し、蒼の見つめる先へ自分も目線を移した。
「前に御崎先生は俺の力を魔法少女の力の“原油みたいなもの”って言ってたろ? この2人はその力で再生されて、繋がり合う能力を得た。この2人の間にあった何かが、その繋がりを発現させるカギなんじゃないかな?」
蒼が体内に秘める力は今尚謎が多い。
魔法少女の力、それ即ちプラスエネルギーを含む、多数のエネルギーが彼の内部で生成され続けているのだ。
以前、蒼が神を名乗る「コスモス」に触れた時、脳へ流し込まれた無数の情報の中には、それの一部がコスモス由来のものであるというものがあったが、現状を大きく変えるようなものではなかった。
唯一役に立ちそうなものといえば、蒼が魔法少女に力を与える能力は、本来、魔法少女を使役するマスター権限機能の一部であり、その機能がアクティブになれば、実質全ての魔法少女を彼の管理下に置いて支配し、力の付与、剥奪さえも自在という情報であった。
その権限を蒼は拒否したが、彼のエネルギーでの再生が、カレン覚醒、及び二人の結合現象の基礎となったことは確実だろう。
「アタシ、分かったかも」
頭を捻る蒼とは対照的に、香子はアッサリと、ある可能性に思い至った。
そして、それは、紛れもない正解であった。
「え!? 何!? 教えてくれ!」
「でもこれ……多分口で言ってもアンタ分からないと思う……」
「いや、多分いける。教えてくれ」
何の自信か、香子にズイズイと迫る蒼。
蒼の期待に満ちた表情を前にして、つい答えを言ってしまいそうになる香子。
だが、彼女は賢明であった。
「……いや、やっぱりダメ。アンタが自分で思い当たらないとダメだと思う」
「えー! そこは教えてくれよ~!」
「ダメったらダメ~!」
香子の肩に手を置き、ゆさゆさと揺する蒼。
笑いながら逃げる香子。
年相応とは言えない追いかけっこはやがて、いつの間にかシングルからダブルに変貌を遂げていたベッドの上でのじゃれ合いに変わり、二人はゴロゴロと転がり合う。
「はぁ……はぁ……えへへ……。じゃあヒント一つあげる」
蒼に組み敷かれる形になった香子が、少し乱れた息を整えながら言った。
その頬は軽く上気している。
「アンタがアタシの……アタシ達の想いをちゃんと分かるようになったら、きっとアタシ達はもっと強く繋がれるわ」
そう言い終えると、香子は蒼の身体を抱き寄せ、耳元でそっと呟いた。
「まず手始めに、今アタシが、アンタに何してほしいと思ってるか当ててみて……」





