第62話:赤い約束 紫の安寧
暗い、暗い闇の中。
辺り一面で蠢くのは、形容のしがたい形状をした黒色の化け物たち。
先ほどまで聞こえていた少女達の勇ましい声も、悲鳴も、助けを求める叫びも、もう何も聞こえない。
「たす……けて……」
誰かの声が聞こえる。
「悪い……お前はずっと……。ウチが……ウチがもっとお前の力になれてたら……」
漆黒の闇の中、一つ、蝋燭の灯のような赤い光が浮かび上がる。
「蒼……大丈夫だ……最期まで……ウチらは一緒だぜ……」
黒い空に白い光が走り、やがて、全てが……崩れた……。
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「御崎先生! 蒼が目を覚ましました!!」
蒼の耳に、香子の声が聞こえてくる。
近くにいるのだろうが、何か妙にホワホワとした音だ。
まるで壁を隔てているような……。
「うおっ!? 何じゃコレ!?」
違和感を覚えた蒼が目を開けると、半透明なガラスを隔てて、響が彼の顔を覗き込んでいた。
どうやら蒼は治療用カプセルの中に入れられているらしい。
「よぉ。大丈夫みてぇだな」
「何が……ってうおっ!? 腕がねぇ!?」
「右足もだぜ」
カプセルに入れられた蒼は、両腕と右足を失っていた。
ただ、お馴染みの白い粒子が彼の身体の再構築を始めており、徐々にではあるがそれは元に戻りつつある。
「えっ……!? 俺……何がどうなってこんな状況なんだ……!?」
意識も記憶も混濁し、蒼は今自分が置かれている状況がよく分からない。
「体育祭で……敵を倒して……」
「取り込まれてた二人を助けるためのエネルギー源になって」
「エネルギーが足りなくなって、体を分解して使って失神したんすよ」
「気ぃ失ってんのにまだエネルギー放出止めないもんだからビビったよな!」
香子と詩織が蒼を覗き込む輪に加わる。
「そうだよ! あの二人は大丈夫なのか! あとティナは!?」
「安心しろ。二人とも助かったよ。ティナも今別室で寝てる。お前も最初は頭と胴体しか残ってなかったんだが……。な……なぁ香子……?」
響が笑いつつ、しきりに香子の顔色を伺っている。
蒼が「どうした?」と聞くと、香子が口先を尖らせながら、響の方を向き、コクリと頷いた。
「い……いやな。お前がヤバいと思って見てたら、なんかウチの腹の飾りからビーム出てな……。それでお前の身体の消耗が止まってな……。その……こういうのって香子の役目じゃん?」
「響さんちょっと……ズルい。アタシも蒼にエネルギー分けてあげたかった……」
と言って膨れる香子。
「初めての現象だもんな……。なんか……ごめんな。ウチなんかが奪っちまって……」
「先輩その言い方はどうかと思います……」
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「いやぁ~皆さん素晴らしいデータが取れましたよ~」
ようやく体の再生を終えた蒼が、香子の手を借りてカプセルから這い出ると、ホクホク顔の宮野が現れた。
「えーっと……どれの事ですか?」
「どれもこれもです! 次元の向こう側にも攻撃が出来ましたし、誘拐されていた魔法少女も救出出来ました。ティナさんにエネルギーの変換能力があることも分かりました……」
「そして何より……」と、蒼と響にズイズイと顔を近づける宮野。
「お二人はエネルギーを相互に譲渡することが可能ということも判明しました! これが本当に大きな発見ですよ! それぞれを増幅し合う特性があるエネルギーリンク……。今は一方通行ですが、これが同時に発現したらどうなってしまうのでしょう!!? 高瀬くんのさらなる強化、加えて一般人による魔法少女との相互支援にますます現実味が出てきましたよ!」
早口でまくし立てる宮野。
「増えますよ~。これは予算増えますよ~」とニコニコで部屋から出て行った。
今からこのデータを引っ提げて政府首脳陣と秘密会談らしい。
「ん? なんかサラッと流したけど、今救出した魔法少女って言ってなかった?」
「はい。その通りですよ……」
香子が宮野の早口の中から、重要なフレーズに気が付いた時、部屋の入口が再び開き、今回救出された生徒会長、小森 由梨花が現れる。
配布されていた捜索願より少し痩せているが、体は至って健康そうだ。
「魔法少女……会長が!?」
「ふふっ……変身……」
簡素な患者衣が、魔法少女のコスチュームへと変化していく。
紫と白を基調とした、美しくも儚げな少女の姿が、紫の粒子の中に浮かびあがった。
「おお……! おおおおおお!! 紫の魔法少女! カライン騒動の間に行方不明になってたから、てっきりどこかで死んじゃったのかと思ってた!」
蒼がしれっと失礼なことを言いつつ駆け寄ろうとし、足に力が入らず転倒した。
呆れている香子に肩を貸り、何とか立ち上がる蒼。
「ええ、謎の敵が世間を賑わしている間に、あの敵たち……ウボームの斥候部隊に捕まってしまったの……」
彼女は、君たちの助けになるなら……と、ウボームの前線基地であったあらゆることを洗いざらい話し始めた。
その次元ではエネルギー場がなぜか発生しないこと。
「巫女長」「戦巫女」と呼ばれる異次元世界の戦乙女たちが捕らえられていたこと。
敵組織の構成。
自分が「ある人」を殺すために改造されたこと。
そして、敵の元で受けた様々な仕打ち……。
時に怒りに、時に恐怖や悲しみに声を震わせながらも、彼女は蒼達が知り得ない敵情を惜しみなく提供した。
ティナでさえ知らなかった敵の内情や敵次元の環境の情報は、今後の戦闘において極めて有利なものとして働くことだろう。
だが、手枷足枷を嵌められ、敵の兵舎に放り込まれた時のことを話している途中で、彼女は思わず泣き崩れてしまった。
それと同時に彼女のコスチュームから光が失われ、変身が解ける。
元の生徒会長の姿になった由梨花を響と詩織が優しく抱き締めた。
「よしよし……辛かったよな。もう大丈夫だぜ」
「ここは安全ですから。心配しないでください。今まで人知れず戦ってくださってありがとうございます」
2人の温もりに包まれて、優しい言葉をかけられ、ようやく落ち着きを由梨花は「ありがとう……ありがとう……」と涙を流して、魔法少女部の面々と固い抱擁を交わす。
由梨花はもう3年生であり、部活の引退シーズンを過ぎつつあるため、魔法少女部に入ることは叶わないが、今後はより近い立場の街の魔法少女として、蒼達をサポートすると誓いを交わしたのだった。
この時、皆の意識が由梨花に集中していたためか、部屋のドアのすぐ傍で何者かが一連の会話を盗み聞きしていることに気付く者はいなかった。





