第61話:導きと野望の果て
「あーん! もう! 何なのよ! アイツ全然役に立たないじゃない!」
いよいよ異次元に飲み込まれつつあるウボームの本拠地、セルフュリア共和国王都。
大聖堂の真ん中で地団太を踏みながら苛立ちを露にするオピス。
「貴様ふざけるにもほどがあるぞ! 貴様の身勝手な行動のせいで、このような事態を引き起こすなどと!! ザルド様! こやつを一刻も早く粛清すべきです!」
「もうよい……下がれ、デューよ」
「何故ですか!? なぜこの女を庇うのです!! こやつが来てから我が軍には異常ばかり起きている! 挙句の果てに前線基地の大破などと!」
「……もうよい」
「くっ……! 貴様……覚えていろ!!」
古くからの腹心の言葉をも、全く取り合おうとしないザルド。
デューはオピスめがけ捨て台詞を吐きつつ、暗い廊下を歩き去って行った。
「しかし……。前線基地があの状態になったのは手痛いのう……。奴らまさか直接攻撃を仕掛けてくるとは……」
「ああ、だがこれも神への試練。愚かなアマト先住民どもを一刻も早く抹消せねばならん」
「……」
あくまでも従順な配下でいようとするバーザさえも、既に気付き始めている。
アマトの地、あの異次元の向こう側に広がる世界は、恐らく自分たちよりも遥かに強力で、先進的だ。
初めはマナも操れず、魔獣も使役出来ず、融合術さえも使うことのできない野蛮人どもと見下していたが、彼らには「その必要がなかった」だけなのだ。
マナを操らずとも火、水、雷の力を自由に操り、魔獣、融合獣など使役せずとも、爆発する鋼鉄の槍によって巨大な目標を容易に粉砕する。
恐らく彼らからすれば、自分達の侵攻など蚊に刺された程度に違いない。
オピスが禁足地から出てくるようになってから、ザルドは明らかにおかしい。
以前では考えもつかなかったような奇妙な作戦を、全く考察無しに連発し、当然のような被害を受ける。
確かに向こう見ずな男ではあったが、これほどまでに愚かな判断を下す者ではなかっただろうに……。
バーザはそう思いつつも、口に出すのは憚られた。
今、それを口にすればウボームは泥沼の生存競争で滅亡まっしぐらである。
彼に残された道は、ウボームという組織の体裁を一日でも長く保つべく、ザルドたちの企みを手助けすることだけだった。
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「貴様……今更何をしに来た……! これで満足か! 我ら小次元の民が、アマトの地に勝てる道理など無いのだ……!!」
大聖堂を去ったデューが訪れたのは、大破したウボーム前線基地の地下牢。
辛うじて破壊を免れたその中に幽閉されているセルフュリア共和国、戦巫女長が力ない、だが強い怒りを含んだ声を上げた。
ダークフィールド展開の直後、宮野が出した緊急戦闘の指令は光風高校の付近に設置された地対超次元ミサイルを自動動作させ、計4発のミサイルがエネルギートンネルへ発射されていった。
そしてうちの3発が、ウボーム前線基地まで到達したのだ。
一発で地対艦ミサイルに匹敵する破壊力を持つそれは、前線基地の外壁を容赦なく爆砕し、魔獣の檻やリザリオス達を始めとする戦士たちの兵舎、ザルド達が集っていた前線指揮所をも地獄の業火に包みこんだ。
ウボーム軍アマト進行部隊は、その一度の攻撃で実質崩壊状態となってしまったのである。
「貴様、知っていたのか……?」
「私の言葉に奴が耳を貸したと思うか……!? 我々は……この世界を守る最後の砦……! にも拘らず無益な滅ぼし合いの末にこの有様だ……! あの世界も既に危機的状態……。最早この世界に未来はないぞ……!!」
「教えてくれ。巫女の長よ。あの地……アマトの地とは一体何なのだ?」
「貴様が知って何になる……! もう終わりだ……。天使たちは異形の怪どもに釘付け……。神を継ぐ者も、力の発現が遅すぎる……!」
声を震わせ、牢の石畳に拳を叩きつける巫女長。
周りの戦巫女たちもまた、力無く項垂れている。
もしや自分たちは誤った行動を取ったのではないだろうか……。
デューは様々な感情、思考を働かせつつ沈黙する。
異次元が空間を侵食する「ォォォォォォ……」という、不気味な轟きだけが場を支配していた。
「私達には好都合だけどね♪」
沈黙を裂いて突然響いた陽気な声に、その場の全員が振り向く。
「まー。なんか変な技使うみたいだけどぉ。あっちが片付いたら楽勝よね~」
「オピス!! 貴様は! 貴様だけは!!」
それまでの衰弱が嘘のように、牢の鉄格子から腕を突き出し、オピスの胸倉を掴もうとする巫女長。
無論、弱り切った彼女の動きなど、オピスは身軽に躱してしまう。
「デュー! 奴を殺せ! こやつが道標だ!! 殺せ! そうすれば世界の終わりを僅かでも遅らせられる!!」
ゲホゲホと咳き込みつつ、鬼のような形相でオピスを睨みつける巫女長。
「あーら怖い怖い。デューっちはこんなカルトオババより私の味方よねー♪」
「デュー! やれ!! 今が最後の機会だ! オピスをアマトの地に解き放ってはならない!!」
デューは咄嗟に腰の短刀へ手を伸ばし、オピスと巫女長を交互に見つめた。
片や恐るべき敵であり、自分達の計画を最後まで妨害してきた憎き存在。
肩や忠誠を誓ったザルドの今一番の腹心にして、自分よりも格上の幹部と化したオピス。
従うべきはどちらかなど決まっている。
だが、デューがアマト侵攻の前線で見てきたものは、巫女長の言葉に妙な重みを与えていた。
ふと、デューは上を見上げる。
地下牢を残し、跡形もなく消し飛んだ上部構造。
異次元に巻き込まれて消えていく、自分達の野望の砦。
デューは短刀を抜き、オピスにその剣先を突き付ける
「許せ」
その一言を残し、デューは短刀を自らの胸に突き立てた。
崩れ落ちるデュー。
「デュー!! 貴様! 逃げる気か! デュー!!」
巫女長の叫び声と、オピスの高笑いが、異次元へ消えゆく地下牢獄に響き続けた。





