第58話:燃えろ!騎馬戦
体育祭は午前から大白熱だ。
光風高校では毎年趣向を凝らした変則競技が次々その場で発表される。
これにより、特定の技能に長けた生徒が得意競技を狙って出場するのを防ぎ、生徒全員に活躍の可能性を生じさせるのだ。
最初はグループ対抗シャトルラン玉入れ、次は超難関テスト障害物走、その次は水鉄砲サバイバルゲームetc…
参加する生徒にも、見守る生徒にも予測のつかない競技メニュー故、誰もがグラウンドから目を離せない。
「よし! 走れ! 押せ! だーもう! 歯痒い!」
「あ! でも今度のラップは私たちのグループ優勢ですよ!」
「これがこの世界の伝統武術の融合ですか……!」
怪競技「徒競走相撲プロレス」に白熱する響と詩織とティナ。
リングの上にいた時間が長い選手が勝利という条件で、走って付いた差の分、長くリングの上にいることができ、その上では張り手と体当たりのみで相手をリングから叩き落し合うというチェスボクシング的競技だ。
「うわぁ……すごいしんどそう……」
「俺あんなの無理だわ……」
一方の蒼と香子はテントの日陰で休憩モードである。
ただでさえ体力のない2人のこと。
午前中の来客ラッシュですっかりヘトヘトだ。
「ほーら! 体育祭でそんなつれない顔したら駄目じゃない! もうすぐ最初の部活対抗戦よ! 私が店番するからみんな行ってきなさい!」
赤い鉢巻を締めた御崎が給水テントに現れる。
稀ではあるが、部の顧問やクラス担任も競技に引っ張り出されることがあるため、教員もそれぞれグループに所属するのだ。
ちなみに蒼達魔法少女部は赤のグループ“炎山”である。
「うっしゃー! アタシ達の力見せてやろうぜ!」
「イェーイ!」
「フー!」
最早手が付けられないほどヒートアップした3人は、デバイス操作であっという間に体操服に着替え、凄いスピードで選手入場ゲートへ走っていった。
どうも乗りきれない二人もそれに続き、小走りでゲートへと向かって行った。
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「はぁ!? 部活対抗騎馬戦!?」
選手入場ゲートに集められた各部の5人組に言い渡されたのは、5人騎馬による騎馬戦サドンデスマッチであった。
5人一組の騎馬を組み、最後まで残っていた騎馬のグループに全得点という、昭和のクイズ番組のようなトンデモ配点競技である。
「なるほどな……5人となりゃ、結構難しいぜ……」
体育競技に詳しい響が中心となって、急ぎの作戦会議が始まった。
何が難しいかというと、魔法少女部の身長差である。
4人が2人ずつ肩を寄せ合って土台となり、その上に一人が乗るのが5人騎馬の基本形なのだが……。
「ウチと香子がほぼ同身長で、詩織は頭一つ小さい、ティナはさらに頭一つ小さい、んで、蒼はウチらよりも頭一つ以上デカい……」
大前提として、上には最も軽量で小柄なティナが乗る。
前面にはパワーのある響と、相対的に重量のある蒼を置きたいが、前後共に左右の身長差が大きいので、安定感が無くなるのだ。
かといって、後ろに同身長の響と香子を置けば、前面の安定性がガタガタだ。
「ねえ、それって組む形変えたりできないの? 例えば新里さんが前、アタシと蒼、響さんが後ろで組んで、その上にティナちゃん乗せる、とか?」
香子の発案に、「おう! ナイスアイデア!」と指をパチンと鳴らして見せる響。
詩織も形がイメージできたようだが、興味のない分野にはとことん疎い蒼は、その話を聞いてもチンプンカンプンである。
「まあ、組めばわかる。やってみようぜ! おい蒼、まずお前そこに立ってみ」
言われるがままに立ち上がる蒼。
その左右やや後ろに、響と香子が並んで立って、蒼の肩に手を置く。
蒼の前に詩織が立ち、蒼の身体の左右へ後ろ手に手を回し、その手を響と香子が掴む。
響の指示に従って詩織の両肩に蒼が手を置けば、4人の土台が出来上がった。
「あとは蒼の肩にティナが乗るんだ」
「え!?」
「し……失礼します……」
「あ、ああ……うっ!!」
小柄ながら、実は意外と逞しいティナ。
その重量は、思ったよりも大きかった。
「なあこれ、重量の殆ど俺に来てねぇか?」
「す……すみません……!」
「ま、まあいいじゃねぇか! 魔法少女部を背負って立つ男だろ!?」
「なんか私と高瀬先輩の体勢いやらしくないですか……?」
「だ……大丈夫大丈夫! 確かにちょっとその……それっぽい姿勢だけど……」
いざ組んでみると、珍しい男女混成騎馬というのもあって、周囲の視線が気になる形になってしまった。
特に蒼は、後ろ2人の胸が背中に当たるわ、詩織の尻が前に当たるわ、ティナの尻と胸が肩と頭に当たるわ、女の子特有のいい匂いに包まれるわで、男子たちの熱い視線が突き刺さる。
「これしか綺麗に組める形が無いんだから仕方ねぇだろ! 勝ちたかったら多少の羞恥心は捨てるべきだぜ!」
と、誰よりも顔を赤らめて響が言った。
フォーメーションを再考する暇もなく、選手入場が始まってしまったので、全員が覚悟を決める。
「せっかくだし、勝ちたいですね」
「そうね。ここまでやったんだから、あっさり負けて退場はカッコ悪いわ」
「他の色の鉢巻を奪えばいいんですね! わたし頑張ります!」
「お! みんないい感じに気合入ってきたじゃねぇか! 部長! 気合入れていこーぜ!」
響が頭で蒼の肩を叩く。
周りと比較しても体格や重量で明らかに不利なのは百も承知ながら、蒼は妙な安心感や心強さ、そして万能感を覚えた。
彼は絆や団結力で何でも解決できるとは考えていないものの、この感覚に心を委ねてみてもいいな、と、思ったのだった。
「……よし! 魔法少女部の力、見せてやろう!」
「「「「おー!」」」」
グラウンドに入場しようと一歩前進した魔法少女騎馬だが、早速全員の足が絡まり、盛大に崩壊したのだった。
/////////////////
「オラァ! オラァ!」
「取りました! 取りましたよ!」
競技が始まると、魔法少女部の騎馬は意外にいい戦いっぷりを見せていた。
詩織の反射神経で正面衝突を避け、パワフルな響がタックルで相手を崩す。
香子は冷静に周囲を見回し、後ろを突こうとする騎馬をいち早く知らせる。
蒼もその体格を生かし、響のタックルのウエイトとなり、方向転換の支点となり、全員をサポートする。
だが、何よりも魔法少女部にとって有利に働いたのはティナであった。
「ちょっ……危ないだろそれ! ていうかズルいだろ!」
漫画研究部の騎手が抗議の声と共に指さすのは、彼女の頭部に生えた2本の角である。
鉢巻はその片方に結びつけられているのだが、無駄に尖っているその角は、相手の攻撃を躊躇させるのに十分すぎるものだった。
というか、傍目から見れば明らかにズルい。
「男ばっか5人も集まってる部がか弱い女の子の角くらいで喚くんじゃねぇ!」
「うっ! およそか弱いとは思えないのだが!!」
響のタックルでグラグラと揺れる漫画研究部の騎馬。
その隙をつき、ティナが見事に相手の鉢巻を奪い取った。
「やった! 7本目ですよ!」
「いいぞー! ティナちゃん!」
「よっ! 角巨乳ロリ!」
「勝負の世界は何でもありやでー!」
「はああああん! ティナちゃん可愛いいいいい!! 私もお尻で敷かれたい!!」
「間に挟まりてぇー!」
午前の部のトリだけあって温まり切った観客席は、まさにダークホースの活躍を見せる魔法少女部騎馬に次々賛美の声を上げる。
体育祭においては、盛り上がりこそ競技の正義である。
変な部がユニークなフォーメーションで強豪を撃破していく様に、ヒートアップしていく会場。
だが、生き残りが4騎に絞られてくると、一筋縄ではいかなくなってきた。
相撲部の騎馬が相手では、響のパワーと蒼の重量ではとても敵わず、ティナの角にも躊躇なく手を伸ばしてくるので、逃走を余儀なくされた。
新体操部の騎馬は軽やかなステップで香子側に回り込んでは、ティナの鉢巻をかすめ取りにかかってくる。
レスリング部は蒼よりも大柄な部員ばかりで、ティナの腕が相手の鉢巻まで届かない。
4つの騎馬がフィールドの隅に陣取ったまま、にらみ合いが続く。
どの部も明らかに弱い魔法少女部の騎馬を崩したいと思っているものの、その隙に背後を取られるのではないかという懸念から、一歩を踏み出せずにいる状態だ。
「おい、みんな大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……ちょっと厳しいかも……」
「俺もかなり足腰と肩に来てるぞ……」
「す……すみません!」
持久戦になった時不利なのは魔法少女部である。
特に片側の香子と、核である蒼がウィークポイントだ。
立っているだけで消耗する炎天下。
二人から騎馬が崩れるのは時間の問題だった。
「打って出ましょう! 戦わずに崩れて負けなんて情けないです!」
「そ……そうだな……。香子! もうひと頑張りできるか!?」
「ええ……もちろん! アタシ……結構負けず嫌いなんだから……!」
「蒼、ウチは相撲部以外の相手なら絶対踏ん張って見せるからな!」
「私もレスリング部以外なら絶対鉢巻取って見せます!」
「なら、狙いは一つだな……行くぞ!」
最もひ弱であろう魔法少女部がいち早く動き出し、会場が再び大きくどよめく。
詩織を先頭に突っ込む先は、誰もが予想した通り、新体操部の方向。
それに合わせ、新体操部の騎馬が香子側を突き崩そうと軽やかに動き出す。
「香子! 蒼! 踏ん張ってくれよ!」
響が足にグッと力を入れ、騎馬を勢いよく旋回させにかかった。
蒼は体全体を使い、その回転の軸となる。
香子もまた、姿勢を崩しそうになりながらも響の動きに追従した。
「行きますよ!」
詩織の掛け声とともに、新体操部の騎馬目がけて突進する魔法少女部。
詩織が相手の騎馬の土台にぶつかり、前面二人の間にグリグリと身体を押しつけにかかった。
騎馬の上では、ティナと相手の騎手が手と手で組み合い、硬直状態だ。
「香子! 行くぞ!」
「うん!」
響と香子が息を合わせ、力いっぱい騎馬を押し出す。
2度、3度、4度……!
5度目の押し出しで、とうとう新体操部の土台がぐらりと揺らいだ。
「みんな! 押せえええ!!」
「「「はああああ!!」」」
蒼の声に合わせて、思い切りタックルを繰り出す魔法少女部。
その一撃で相手の騎馬が崩れ、見事魔法少女部は賭けに勝った。
だが喜びも束の間。
既に相撲部とレスリング部はガッチリと組み合って鉢巻を奪い合っている。
「こ……こうなったら最後まで行くわよ!!」
明らかに限界を超えている香子が、全身から滝のような汗を流しつつ叫ぶ。
だが、魔法少女部の戦意もまた、限界を振り切れていた。
もはや迷いはない。
いつの間にかピタリと合った息で、勢いよくその筋肉と筋肉のぶつかり合う修羅場へ突っ込んでいく。
最早会場のボルテージは最高潮である。
「ティナ! ウチと香子が思い切り持ち上げてやる! その一瞬で両方の鉢巻分捕れ!」
「はい! やります!」
「いくぞおおお!!」
「「「「「お―――――!!」」」」」
詩織が2大勢力の横合いへタックルを仕掛けたと同時に、響と香子がティナの足場となっていた手を持ち上げ、彼女を宙へと打ち上げた。
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「いやー! 惜しかったわね!」
「ゼヒュー……ゼヒュー……」
「え゛ぇ゛……え゛ぇ゛……」
約10分後、魔法少女部のテントの裏で、とんでもなく荒い息を吐きながら横たわる香子と蒼がいた。
ティナは見事、相撲部の鉢巻を奪取したものの、レスリング部のそれには僅かに届かず、持ち上げた衝撃で蒼と香子が崩れ、2位でフィニッシュとなってしまったのだ。
「悔しいが、ウチとしては何も言うことねぇぜ。最高に清々しい気分だ!」
「はぁ……はぁ……同じく、です」
「くぅ! わたしの腕があとほんの数センチあれば……! わたし、牛乳飲んでもっと大きくなります!」
「競技では負けちゃったけど、これは部の得点として大きいと思うわ! 午後の部も頑張りましょう! あと体力残ってる人! ちょっと給水所手伝って!」
記念撮影には支障をきたしたが、魔法少女部の給水所はますますの盛り上がりを見せていた。





