美しき調和は訪れない
最後の夜、離れの部屋に三枚の布団を敷いて川の字になって眠ろうとしていた。人間性を取り戻しつつある不比等と、久しく肌を近付けることのできなかった絵里。この二人に挟まれて、龍馬は当たり前のようにある幸せを感じた。それはある意味では日常性への復帰であった。かつて不比等の忌み嫌った日常性も実は悪くはないものなのではないか。非日常でさえもそれが当たり前になればやがては日常となる。そう考えたとき、人間は日常というものから逃れることはできないもので、大切なのはその日常というものとどう付き合うかということなのではないかと思える。
停電はしばらく続いている。苦心してかき集めた蝋燭をこのときとばかりに並べて、出来得る限りの灯りを作った。やがては終わってしまう夜を終わらせないようにしようと努める自身の姿から、龍馬は少年時代の頃を思い起こさせられた。終わってほしくはない夜というものが、果たして生涯にどれだけあることだろう。それもこんなに幸福で、悲しい夜が。しかしその感情さえもいずれは日常の中に消えていくのだと悟ったとき、どこかから流れてきた風が蝋燭の火を叩いた。その揺らぎの中で、龍馬は左右の二人が眠ってしまっていることに気付いた。眠ってしまわないようにと明るくしておいたのが却って良くなかったのだなと、龍馬は何故かしら冷静な心持ちで考えた。
視線を障子の方へ向ける。昨日まではなかった穴の向こうには見事なまでにくっきりとした月が浮かんでいる。いつの間にやらまた寅次郎が開けた穴だろう。まさに天文学的な奇跡とでも言うべきか、ちょうどその穴の大きさと月の大きさがぴたりと重なっている。その光景を見たとき、龍馬はいつかこの静けさも破られるのだろうなと本能的に直感した。
正しく次の瞬間、そのために開けられた穴の向こうから黒い銃口が覗き、静寂を引き裂くようにして永遠を告げる火花が赫いた。