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その日の夜のこと。
佐々木健太はとんでもない吐き気と悪寒に襲われていた。
テレビの前のちゃぶ台には、食べかけの唐揚げ弁当。半分以上が残っている。残りはというと、たった今、彼が残らずトイレで吐き出していた。
この事態に健太は激しく動揺していた。
なぜなら、彼は、生まれてこの方、風邪一つ引いたことのない超健康体であった。
出生時、3033gのこの赤ん坊に、両親は「健太」と名付けたが、そこに込められた願いは、今更、言うまでもないだろう。
特に、父親は重度の健康オタク。自分はひ弱で何一つできないくせに、健太には子供の時から無茶苦茶をさせてきた。
朝の乾布摩擦はもちろん、生卵をがぶ飲みさせたり、やたら「エイドリアーン」と叫ばせたり、果ては、護摩行荒行の類いまで。
周囲が虐待ではないかとささやく中、純粋な子供は父親を師と仰いで素直に従い、少し知恵がついてその健康法に科学的根拠がないと分かってからも、ロマンの塊のような父親を憎めず、従った。
すると、何の因果か、偶然か、健太は運動神経はいたって平凡ながら超健康男児に育ってしまった。
そして、今年、十三才になる年、結婚まで実家暮らしであった男がこう言った。
「漢なら、十三で旅立つべし」、と。
その一言で健太は実家から遠く離れた中学に入学するハメとなった。
この時、ドン!と凄まじい物音がした。それは健太の門出を祝う祝砲ではなく、これを聞いた母親が貧血で倒れたのであった。
救急車で運ばれ、入院。
三日後に退院した母親は、今までの経験から夫に何を言っても無駄と分かっていたので、せめて、息子のため、安全安心の住まい探しに没頭した。
それで見つけたのが、白泉雫の親がオーナーのこのアパートだった。
母親は巻物のような手紙を送ったばかりか、直接に会いに行き、床に額をこすりつけて、なにとぞ、息子のことをよろしくと嘆願した。
すると、どういうわけか、雫までもがアパートの一階に住み、健太の食事や洗濯の世話を焼くようになった。
――というのが、佐々木健太のこれまで。
そんな一人暮らしが始まって早くも半年が経ったが、この日、彼は最大のピンチを迎えていた。
トイレから出てきた健太の顔はげっそり土色だった。
「くっ。俺が体調を崩すなんて……まさか、これが風邪を引くってやつか?」
健太はふらふらと押し入れに近づく。
扉を開けて、段ボール箱を引っ張り出す。
中には、漢方やら市販薬やら、古今東西ありとあらゆる薬がぎっしり詰まっていた。
心配性の母親が毎週のように送ってくるのだった。
不意に健太は寂しさを覚えて携帯はどこかと見まわした。
しっかりしろと頬を叩く。
一人暮らしをすると聞いただけで入院した母親のこと、風邪でも引いたと知ったあかつきには卒倒してそのまま帰らぬ人に……。
健太は本気でそれを心配した。
とりあえずは、「風邪」と書かれた箱を片っ端から開けて、カプセルや錠剤や粉薬をさもスナック菓子のようにばりぼりとむさぼり食った――注)彼は超健康体という設定です。真似しては駄目です――。
口の中がすさまじいことになり、慌てて流し台の蛇口をひねって水をがぶ飲みした。
視界がかすみ、頭がもうろうとしてくる。
健太はベッドに倒れ込んで気絶した。




