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健太と雫は二階建てのこじんまりとしたアパートに着いた。

健太が階段をのぼる。雫もあとにつづく。


健太は203号室の鍵を開け、ドアを開けた。


「今日は、白泉は実家に帰るんだよな?」

「はい。週末は実家で過ごすのが約束ですから。学校を出る時、父に連絡を入れたので、もうすぐ迎えに来ると思います。……それで、佐々木くんには謝らないといけないことがあって」

「謝る?」

「私、今朝、その……不覚にも朝寝坊してしまったんです」

「あー、今日は珍しく家を出るの俺の方が早かったもんな」

「本当なら、今晩と明日の分の佐々木くんのおかずを作らなくちゃいけないはずなのに、そのせいで作れなかったんです。ごめんなさい」


雫は深々と頭を下げる。


「あ、別に謝ることないって。だいたい、白泉が料理を作るギリはないわけだしさ。俺の方はコンビニ弁当で全然余裕だから」


健太は沈んだ雫の顔を見て付け加える。


「ま、コンビニ弁当よりも白泉の料理の方が断然美味しいけどな。ほら、あれだ――月とスッポンってやつだ。もちろん、白泉は月の方な」

「ふふ、佐々木くんは優しいですね。そうだ、こうしませんか。来週の月曜日は、佐々木くんの好きな物を私が作るというのは。いつもは栄養面を考えてバランスの取れた食事を心がけてますが、今回は特別です。何かリクエストはありますか?」

「急に言われてもな、ちょっと待ってろ……。肉か、魚か……いや、その前に、和食か、中華か、洋食か……ぶつぶつ」


「そんなに悩むのですか?私、佐々木くんって何を作っても美味しいって食べてくれるから、てっきり、好き嫌いとかそういうのない人だと思っていました」

「好き嫌いくらい普通にある。ちなみに、ほうれん草はこの世の食べ物の中で一番嫌いだ」

「えぇえーっ!私、ものすっごく、佐々木くんにほうれん草出してましたよ!ほうれん草は鉄分などの栄養が豊富なので」

「ま、白泉の料理は全てにおいてグレードが高いから、嫌いな物でも普通に食べられるってだけの話だ」


「ん、もう!それならそうと早く言ってください!ああ、どうしようっ!この話、もっとしていたいのに、そろそろ父が迎えに来ますし。どうすれば……あ!メール!明日日曜日の暇な時間でいいので、メールに、佐々木くんの好きな物と嫌いな物を全て残らず書いて私に送ってください。できれば、事細かく順位付けもして。その方が私もあとあと助かりますし……」

「後々、助かる?」

「それはその、後々というのは、将来という意味で――」

「将来?」

「もう!どうだっていいでしょ!とにかく、佐々木くんは私にメールをすれば、それでいいんですっ!」

「分かった、分かった。メールするって」


ふくれっ面の白泉に健太は苦笑いを浮かべる。


それから、少しの静寂。


「?」

「?」


両手を差し出した雫を見て健太は「ああ」と部屋の中へと入る。

再び現れた彼の手には、洗濯カゴがあった。そこには昨日から今日までの洗濯物が入れられてある。


「今朝の寝坊のこともあるし、白泉が疲れてるなら――」

「ね、寝坊のことはもう言わないでください。……実を言うと、昨日、マンガを読むのに夢中になってしまって、寝るのが遅くなったってだけであって」

「へえ、白泉もマンガとか読むんだな」

「だから、佐々木くんは余計な心配は無用です。佐々木くんのお世話は私が好きでやっているだけですから」


雫は洗濯カゴを受け取ると、健太の足元、彼が履く学校指定のシューズへ目を落とす。

なぜか、ごくりと生唾をのんだ。


「それから、その靴も――」

「ああ、毎週毎週、靴まで洗ってもらうのはさすがに悪いって。洗う時は俺が洗うからさ。それに、白泉も男が履いたこんな臭いもんを洗うのは嫌だろ?」

「佐々木くんのは臭くなんかありません!むしろ、いいにお――」


雫はハッとして顔を赤らめる。


「さあ!佐々木くん!いいから、早く、私に靴を渡してくださいっ!」


雫の勢いに圧倒されて健太は靴を脱いだ。雫はしゃがみ込んで、それに手をかける。はあはあと舌を出して息を荒げる。


その後、何事もなかったかのように立つと、くるりと背中を向けた。

廊下、それから、階段を降り始める。


健太がドアから顔を伸ばした。


「白泉!いい週末を過ごせよ!おじさんとおばさんにもよろしくな!」

雫は振り返って微笑む。

「はい!佐々木くんも!メール、絶対に忘れないでください!あと、何を食べたいかのリクエストも、必ず!」

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