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妹様の一日

作者: 鹿沼部直作

そっーと、そっーと進むのだ安仁屋礼司あにやれいじよ。まだ廊下とはいえ、“対象”は最近、僅かな物音でも直ぐに目を覚ますほど敏感に研ぎ澄まされているようになっている。廊下とはいえ、物音一つ立てずに進む事に用心したことはない。


まずは廊下を抜き足差し足忍び足で歩き、部屋の前まで近づく。そしてドアノブをゆっくりとゆっくりと、音を立てないよう少しずつ回して行く。


そして回し終われば、次はそのドアをこれまた音を立てないよう、慎重にゆっくりとゆっくりと開ける。ここで少しでも手を抜こうものならば、ドアを開ける小さな軋む音が生まれてしまい、確実に対象に気づかれてしまうからだ。


その僅かな油断のせいで、前回は失敗に終わってしまった。あの時は一日中後悔してしまったっな。飯もうまく喉を通らず、ろくに眠ることも出来なかった。ずっと、あの時、ああすればもっととか思ってしまったり、幸せだったのかとか思ったりした。


っと、今は失敗した記憶を思い出すのはやめよう。今、俺がやるべきことは、このドアをただ静かに開けることだけ考えるんだ。他のことは一切考える余裕はないんだ。


悪戦苦闘の末、遂に、遂にこの憎き忌々しいドアを開くことに成功した。


長かった。たかが普通家の普通の部屋のドアを開けるためにこんなに骨を折る事になると、誰が想像出来ただろうか。


しかもこれを毎日しなければならないからな、まったく苦労するぜ。


だがこの部屋にはそれに見合うほどの価値と苦労あるのだよ。何故ならば、この部屋には俺にとって唯一無二の大切な妹が眠っているのだから。


薄い氷の上を歩くぐらい一歩一歩慎重ゆっくりと近づく。そして近づくたびに緊張と興奮により動機が激しくなる。


それによって呼吸も激しくなるが懸命に抑える。勿論、理由は荒い呼吸音を感知されて目が覚められると困るからだ。


こうして着々と歩を歩ませて妹のベッドに近くまで接近することに成功した。掛かった時間は2分。昨日は2分20秒なので20秒短縮出来た。


よしよし、これで後は起こせばいいだけになったがその前に寝顔を拝見しておこう。


見てください、この寝顔。息が止まってしまう程に可愛いらしく美しいでしょう? 童話に出てくるお姫様ですら霞むくらいの美しさだ。この美しさは、美の神・アプロディーテーも嫉妬してしまうのではないだろうか。


この寝顔。一日、否、一生見ていても飽きはしないが、そろそろ起こさないといけない時間まで迫ってきてしまったようだ。


ではいよいよ我が妹、安仁屋瑠衣あにやるいを起こす時がやってきた。


「とうっ!!」


掛け声と共にベッドにダイブ。ぐふっ、と聞こえる愛らしい我が妹のうめき声。


「おっー! はっー! よっー!うっー! 瑠衣!! ああ、俺の瑠衣、今日も瑠衣は世界一、いや、宇宙一可愛いよおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


今日も布団越しに瑠衣を抱きしめて、瑠衣の温もりと香りを堪能する。でも、毎朝これをしなければ一日が始まった気がしないのだ。


「や、やめろっ! このクソ兄貴!!」


布団越しに聞こえる瑠衣に似た謎の声、これは俺の幻聴なのだろうか? ああそうか、幻聴に違いないな。だって瑠衣が俺の事をそんな言い方するわけ無いからな。


「毎朝、毎朝、や、めてよっ!!」


朝から兄に抱きしめられることが余程嬉しいのか、瑠衣は寝起きなのにだいぶ元気みたいだ。これは兄としてとても嬉しいことだ。


「ああぁぁぁぁぁん! 可愛いよおォォォォ!! このままずっと抱きしめていたいよぉォォぉぉ!!!」


「このっ・・・いい加減に・・・・・・しろっっ!!」



突然布団から繰り出された拳、その拳は俺の顔面にクリーンヒットしてしまい、俺はベッドの下に転げ落ちてしまった。


「おおぉぉ~、痛いじゃあないか瑠衣。お兄ちゃんは肉体と心に深く傷を負ってしまったぞ」


ベッドから起き上がり、俺を見下ろす瑠衣。その冷えた眼差しで見つめられたらお兄ちゃんイケナイ世界の扉が開いてしまいそうだよ。


「はぁはぁ、じ、自業自得でしょ!! 毎朝!!毎朝!! 毎朝!! 毎朝!!」


「ごっ! すっ! んっ! すっ! はっ!」


腹を何度も何度も踏まれる。物凄く痛い。でも何故だろう、瑠衣に踏まれていると思うと無常の喜びを感じてしまう自分がいる。


うんうん、今日も妹様は元気で何よりだ。

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