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06「食事」

 扉の開く音に気付き、俺は目を覚ました。

 床が冷たくてどうにも熟睡にはならなかったらしい。まあ贅沢を言える身分ではないから仕方ない。

 金属の床をかつかつ鳴らす靴の音はひとつ。どうやら一人だ。

 身体を起こし、顔を確認する。その人物がアスカだと分かった。

 手には木製トレイを持っている。


「おまたせ、君の夕食だよ」


 アスカはしゃがんで、牢屋の下にある小さな隙間からトレイを通す。

 トレイの上には三つの食器がある。

 一つは小ぶりのパンが二つ乗った皿。見た目は普通のロールパンだ。

 一つはスープの入った深皿、スプーンも近くに添えてある。スープの色はクリーム色より少し黄色に近いか。トウモロコシのスープかな。

 一つは葉野菜のサラダが盛り付けられた皿。食べるためのフォークはあるが、ドレッシングはさすがにないか、まあそりゃそうか。

 

 質素ではあるがきれいに盛り付けられた料理だ。

 泥棒扱いされていた人間に出すレベルの食事じゃない。思ったよりちゃんとしている。


 アスカは食事を下から通すと、そのまま床に腰を下ろした。


「この世界じゃ一般的な食事がそれなんだ。

 異世界人の口に合うかしらぁ~ってミシェラは言ってたけど、あっ、ミシェラっていうのは耳の尖った白金髪のエルフね。うちのコックなの。

 それじゃ召し上がれ!」


 と、アスカは明るく言うも一つだけ問題がある。

 いや料理に不満はない。俺が一人暮らしというのもあって、こうして人が作ってくれた料理は久しく食べていない。

 料理は大歓迎だ、大歓迎なのだが……。


 俺の様子に気づいたのか、アスカは手をぽんと打った。


「あっ、そっか。手が使えないんだっけ」


 そうです。

 犬みたいに頭を突っ込んで食べれないことはないが、さすがに人間の尊厳は守りたい。

 何回も言うようだがな。

 俺はオタクだが性癖はいたってノーマルだ。

 美少女の前で犬のようにはしたなく顔を突っ込み飯を食べるといったことに興奮を覚えることは、断じてないと思っていただこう。


 俺が堂々内心で宣言している最中、アスカは立ち上がり牢屋の鍵を開け中へと入ってきた。

 そして慣れた手つきで腕の拘束を解いた。


「いいのか、俺がここで君を襲うかもしれない」

「カナタはそんなことしない。

 あっ、これはあたしの勘ね。結構よく当たるの」


 まだ出会って一日も経っていない人間に対してそこまで言えるものだろうか。

 もしくはその勘とやらに自信があるのか。

 女の勘は当たるとかよく言われるけど。


 アスカは俺の拘束を解くと、また牢屋の外に出て鍵をかけた。さすがに外に出させてはくれないわけね。

 外に出るとまた床に腰かけ、こちらに笑みを向けた。


「それにカナタに襲われたって、あたしならやり返せちゃうしね。

 これ(・・)もあることだし」


 アスカは腰のホルスターから一丁、拳銃を抜いた。

 リボルバー式ではない、であるならばカートリッジ式か。それにしてはグリップが細すぎるような。

 その拳銃はとにかく軽そう、というのが印象的だ。

 色は銀に近いがもう少し暗い色。細身の銃身をしており、彼女にも握りやすいつくりをしているように見える。

 アスカの腰には二つのホルスターがある。

 予備と考えるのが普通かもしれないが、もしかしたら二丁拳銃の使い手なのかもしれない。


 まあいくら女性でも扱えるような軽い拳銃でも撃たれたらさすがに痛いで済むまい。

 腕が自由になり、俺自身、向こうの世界よりパワーアップしている(当社比)とはいえ、こちらは丸腰なのだ。

 それにあの胡散臭い精霊の言う加護がどれほどのものかもまだ把握できていないしな、思い上がりは禁物ということだ。


 とにかく腕が使えるようになって、窮屈さはなくなった。

 改めて出された食事をいただこう。

 俺は両手を合わせた。


「それじゃあ……いただきます」


 まずはスープかな。少し湯気が立っているし、まだ温かいのだろう。右手にスプーンを持ち、一口分すくって口へ運ぶ。

 うまい。

 久しぶりに誰かが作ってくれた料理を口にしたと思う。

 味は素朴なものだが、トウモロコシの甘味とコクが口に広がる。

 市販のコーンスープとどこが違うかと言われると、俺はそこまで料理に詳しいわけではないので説明できない。

 しかしこのスープには人が作った温かみを感じた。


 次にサラダを食べる。

 人の手が加わったとは言いづらいが、食べやすい大きさにちぎられていたし、野菜自体もみずみずしく新鮮だった。

 見た目はレタスに近い薄い黄緑色で、シャキシャキとした食感だ。

 野菜もここしばらくは食べていなかったな、と思い返した。


 そしてパンだが、これは驚いた。手作りだ、恐らく。

 小ぶりなロールパンだが、手に持つとまだ温かい。二つに割ると、柔らかく伸びる。

 口に入れるとふわふわとした食感と優しい風味が広がる。

 既製品のパンはすぐ千切れて、味もしっかりついている。別にまずいわけではない。

 しかし恐らくこのパンは窯で焼いて作られたものだ。その熱が手に持つと分かるし、出来立てだから食感もふわふわだ。

 手作りのパン、さらに出来立てとなると食べる機会は多くないだろう。

 内心感動していた。


 ふと食事の乗ったトレイからアスカに目を移す。

 こちらをまじまじと見つめ、俺の食事を観察しているようだった。

 俺の視線に気づくとアスカはまたにこっと笑みを浮かべた。


「おいしい?」

「えっ、ああ……久々にまともな食事とってる……おいしい」

「そっか。よかったあ、ミシェラも喜ぶよ」


 アスカはほっと安堵した顔を見せた。

 ころころと表情の変わる子だ。



 俺が食事を終えるのに、そう時間はかからなかった。

 空いた食器をトレイに置き、手を合わせて小さく「ごちそうさま」を言う。

 

 トレイを牢屋の下から出すとアスカが受け取ってくれた。

 受け取ったトレイを見てアスカは首を傾げていた。


「うーん……ちょっと少なかったかな?

 うちは女所帯だからさ、男の子が食べる量とかよくわからなくて」

「いや、満足だったよ、ありがとう。

 それより女所帯ってことはこの船は女しかいないってこと?」

「そうだよ。さっきの尋問にいた人で乗組員全員。

 私とお姉ちゃん、お姉ちゃんがこの船の船長。

 船長補佐兼航空士がマリエル、整備士のウルガ、そして料理人のミシェラの五人。

 少ないって思うかもしれないけど、この船自体が高性能だからね、特に問題はないよ」


 驚いたな、乗組員がたったの五人。

 船を動かすにはたくさんの人間がいるものだと思っていたが。

 どうやら異世界の船にはそういうこともないらしい。


 しかし女だけで五人か……。

 考え方によっては、俺は女に囲まれて船の中にいる(牢屋に捕らわれてる)わけだ。

 監禁ハーレムとは新しいな。ちょっと嬉しい。


「そういえば、アスカは?

 何か役割とかはもってないのか?」

「あー、あたしはねぇ――」


 言葉を遮るように、機械音が牢屋内に響いた。

 おそらく警報だろう。

 アスカはトレイを床に置き、出入り口の方へ身体を向けた。


「あちゃー、何かあったみたいだね。

 トレイそこに置いといてくれるかな、後で取りに来るよ」

「えっ、ちょっと待て。

 一体何があったんだ?」


 俺の言葉を聞くと、アスカは考えるように指を顎に当てた。

 結構呑気なことしてると事態を呑み込めていない俺にもわかる。


 そしてアスカは考えがまとまったのかこちらを振り向いた。


「簡単に言えば私の役割は荒事の処理、かな。

 そして今は私の出番がきたってこと。

 要は――他の空賊が襲撃してきたってことじゃないかな」


 アスカは特に焦る様子もなく、ただいつも通りだと言わんばかりにそう告げた。

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