表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

04「尋問」

「歩くために足の拘束を外すけど、余計なことをすればどうなるかは分かっているわよね」


 鞘から剣を抜き放ち、俺の足を縛っていた縄を切った。

 反抗すればそのまま切り捨てられそうな勢い。俺は「お姉ちゃん」の言うことに従った。

 素直に立ち上がると、「お姉ちゃん」は剣を納め、そのまま出入り口の方へと歩く。

 ついてこい、ということなのだろうか。

 こちらの方を振り向かぬまま、「お姉ちゃん」は口を開いた。


「アスカ、銃を抜いて、こいつの背中に向けときなさい」

「えぇー……そこまでする必要あるかなあ」

「念のためよ」


 アスカと呼ばれた妹の方は困惑していたが、うーんと少し考えベルトの右にホルスターから銃を抜いた。

 慣れた様子で撃鉄を起こすところを見るに、使い慣れている様子だ。

 こちらも反抗すれば撃たれるのだろうか……。

 そんな心配をしている俺に気付いたのか、アスカは銃口を向けながら言った。


「ごめんね、まあ何もしなければこっちだって何もしないから」


 安心させようとしてくれているのだろうか。

 もしそれなら銃口を下げるのが一番いいんだけど。それが向いてるだけで不安だ。



 牢屋から出された俺は歩くために足の拘束は解かれたが、少女二人とはいえ武器を持つ人間に抵抗する術はなく大人しく連行された。

 「お姉ちゃん」が先導し、その後ろを俺、更に後ろに銃を構えたアスカの順で移動していた。

 背後から銃口を向けられるという経験はもちろん生まれて初めてのことで、撃たれるかも、という緊張で冷や汗をかいていた。

 口はかわき、次第に喉や胃が痛くなり始める。

 移動をするとき、ちらっと後ろを向いたが、アスカは何も言わず困ったような笑顔を浮かべていた。

 危害を加えるようには見えないが、抵抗し暴れるようなことがあれば、彼女も拳銃の引き金を引くだろう。

 まあその前に先導する「お姉ちゃん」の方が振り向きざまに切り捨てるだろうが。

 こういうのって前門の虎後門の狼っていうんだったか? 後ろの方は狼というほどの恐怖はないが。


 連行される中であまり不審に思われないよう周りに目をやりながら内部の観察をした。

 牢屋の部屋から出ると通路が真っ直ぐ伸びている。端まで十分視認できるため、さほど距離はなさそうだ。

 通路の右側は壁だ。反対側には個室が三つ見える。

 そして壁、個室の扉、床に至るまで木製だった。金属製になっていたのは牢屋だけらしい。

 床を踏む度に軋むような音が小さく鳴るが、頑丈に組み立てられ足が抜けるということはなさそうだ。

 通路のところどころに傷も見えるし、作られてそれなりに時間が経っているのだろう。


 通路を抜けると、正方形の台座が浮いていた(・・・・・)

 最初見たときは炭鉱にあるような滑車で動くリフトのように、上から吊るしてあるものだと思ったが、どこにも引っかかっておらず、台座だけがそこにある。

 明らかに異質。俺の世界には存在しない未知のものだ。

 先導している「お姉ちゃん」が台座に乗ると、重さで少し沈んだがすぐに同じ高さに戻った。

 本当に台座自体が浮遊しているのだと目の前で証明されてしまった。


「どうしたの、ほら早く乗って?」


 後ろからアスカがつんつんと俺を小突いて催促する。

 いやそれは良いんですけど、銃口で小突くのはやめてくれませんかね……心臓に悪い。


 人が台座に乗る度に、重さで少し沈むがちゃんと同じ高さに戻る。

 水に浮いた小舟に乗るような感覚に似ている。

 三人が台座に乗ると、台座は低い起動音を立てて上昇をゆっくりとはじめた。

 乗り心地はエレベーターと大差ない。滑車も何もないのに上昇しているのが不思議でならないが……。



 台座は上昇を停止した。

 乗った順に台座を降り、前に進むと開けた大きな部屋に出る。

 その部屋は広いが、中央に円卓があるだけの部屋だ。会議室と言われれば、確かにそういうものにも見える。

 中央の円卓はかなり大きい。三人くらいで両手を広げても足りないくらいの横幅がある。


 円卓の周りには三人の女が立っていた。

 一人は背が高い。アスカよりかなり暗めの茶髪、黒とまではいかないが焦げ茶というんだろうか。

 一人は角が頭から生えていた。ぼさぼさの白髪で、肌の色が浅黒い。

 一人は耳が尖っている。金髪だが、「お姉ちゃん」と比べるとやや白に近い金だ。


 円卓の手前まで歩かされると、先導していた「お姉ちゃん」がこちらを振り向く。

 そして俺の服の襟をつかんだと思うと、素早く足払いを仕掛けた。

 突然のことではあったが、腕を縛られた状態で、襟をつかまれ足払いを食らう。当然重心は崩れ、俺は無様に床に転がったのだった。

 中学や高校で柔道の授業のとき、同じ男に投げられたことはあっても、女に見事な足払い一本を食らったのはさすがにはじめてだ。


「じゃあ機関室に侵入した泥棒の尋問をはじめるわ」


 「お姉ちゃん」と呼ばれた少女は、腕を組み足元に転がる俺を見下しながら尋問を開始したのだった。



「まずあんたの目的と、いつどこでどうやってうちの船の機関室に侵入したのか教えてもらおうかしら」


 俺の見下すその目線は鋭く、余計なことを喋れば腰に下げた剣が再び抜かれて、今度は縄ではなく俺が斬られるのは明白だろう。

 だがこの質問に対し俺が用意できる答えはおそらく彼女にとっては余計なことになりかねない。

 ちなみに俺が用意できる答えは「異世界体験にきたら、牢屋でしたー!機関室なにそれしらなーい、てへっ☆」である。死ぬな、確実に死ぬ。

 考えろ……どうしたらこの場を生きて切り抜けられるのかを。


 彼女は船と言った。つまり俺が今いる場所は船の中だ。

 そしてなぜか泥棒扱いされている。侵入ということは彼女らが知らぬうちに、船の機関室にいたことになる。

 まああの胡散臭い精霊どもに無理やりといえる方法で飛ばされたのだ。

 彼女らに許可などとるまい。飛ばされた先が偶然船の機関室だったのだろう。


 少ない言葉であったが、多少推測することはできた。だがまったくヒントが足りていない。

 現状だ。現状を整理するくらいは、恐らくこちらにも許されている……はず。

 

「あ、あのさ、まずここはどこかを――ぶべっ」

「あんたに質問する権利なんてないのよ、こちらの聞くことに答えればいいの」


 俺が現状を整理しようと口を開いた瞬間、ブーツで顔を踏みつぶされた。痛い痛い痛い!

 だから、俺はそういう痛みを快感にする性癖とか持ってないから!至ってノーマルだから!

 踏みつけられ二回ほどぐりぐりとされたが、ひとまずどけてもらった。

 さてどうしたものか……。


「も、目的は……逃走……です」


 恐らく間違っていない。そして嘘もついていない。ほら現実世界から逃走するために異世界に来たわけだし。

 ……信じてはもらえないだろうけど。

 というか俺の言葉って通じるの? 異世界で言語の壁とかは存在しないの?

 まあこの疑問はさっきから彼女らの言葉を俺が理解できていることで解消できるのだが。


「いつどこでっていうのは……覚えていないです。無我夢中で……」


 これには嘘だな、完全に嘘。

 しかしこれが切羽詰っている俺が出した彼女の質問に対する答えだ。

 どこからか逃げてきた男が、無我夢中で飛び込んだところがこの船の機関室だった。辻褄は合っている……と思う。

 俺の言葉に、「お姉ちゃん」は目を細める。さすがに疑っているか。


「ウルガ、機関室の異常はジェルバ出発からあったかしら」

「いんや特には……ジェルバを発ったのはもう三日も前じゃ。わしは基本的に機関室におるし、こいつを見つけたのも飯で離れた少しの時間の後だからのう」


 後ろを振り向き「お姉ちゃん」は三人の方に声をかけた。

 ウルガというのは、角の生えたぼさぼさ白髪の女の名前らしい。

 年寄めいた言葉遣いで話しているが……見た目は目の前の「お姉ちゃん」どころか、後ろのアスカより年下に見える。


 会話から察するにこの船はジェルバというところを出発して三日経つという状況。

 俺の飛ばされた機関室には、ウルガという女がおり、見つけたのは食事で席を機関室を少し離れた時間の後。

 俺の言葉と矛盾が生じる、まずい状況だ……。


「つまりこの泥棒はいつの間にか気付かないうちに機関室にいて気絶してたってわけ?

 訳が分からないわね……」


 「お姉ちゃん」は頭を抱えている。そりゃそうだろうな、俺だってまさに訳が分からないのだから。

 彼女らにとっても俺の状況というのは不思議なものらしい。

 気付かないうちに機関室にいてぶっ倒れていたっていうんだから、まあそりゃ確かに不思議な話だ。

 やれやれ、矛盾が生じて切り捨てられるかと思ったぜ。


「ミシェラ、食堂にこいつが隠れていたっていう可能性はないかしら」

「うーんどうでしょう……食糧庫はありますが、人が隠れられるようなものではありませんしぃ……ないと思いますねぇ」


 答えたミシェラは、耳の尖った白に近い金髪の女だ。

 随分とおっとりした喋り方、というか語尾を伸ばすゆっくりとマイペースそうな喋り方だ。大学で天然キャラ気取ってる女がこんな喋り方してた。

 そのミシェラの言葉を聞くと、「お姉ちゃん」はまた頭を抱えてうなりはじめた。すまんな、俺のせいで。


 後ろの三人のうち、残っていた暗い色の茶髪をしたショートカットの女が口を開いた。


「ねえ、ナギ。もうちょっと質問してみたら。逐一整理してたらきりがないわ」

「……マリエルの言うこともそうね。じゃあ尋問を続けるわ」


 と、「お姉ちゃん」いやナギは尋問を再開した。

 マリエル、というのは後ろにいるショートカットの女の名前だろう。


 後ろの三人がウルガ、ミシェラ、マリエル。目の前にいるのがナギ、後ろには銃を構えたアスカ。

 俺を囲む五人の少女の名前はここで判明した。

 状況自体は悪くないな。女の子に囲まれていることだし。

 腕を縛られ身動きが自由にとれず、しかも前の女は剣、後ろの女は銃を構えているということを除けば。


「あんた名前は?」

「……空野彼方」

「変な名前ね」


 ぐっ……ストレートに言われるときつい。

 周りからは「名前だけイケメン」と言われて、ちょっと嬉しいみたいに思ってたけど!


「あまり馴染みのない響きね、どこの名前かしら」

「ふうむ、東方の出身かもしれんぞ。知り合いにこやつに似た名前がいたかもしれん」

「……ウルガ、大雑把すぎて分からないわ」


 焦げ茶のショートカットの女マリエルが、ぼさぼさ白髪のウルガを諭す。

 あのウルガという女。見た目は幼いが喋り方は年寄か……。

 俺の世界の限られた中では、ロリババアと呼ぶが。

 こうして実物が目の前にあるっていうのは……結構いいな。


 余計なことが俺の頭を横切る。

 いかん、命の危機に瀕していることを忘れた。

 目の前のナギが剣の柄に手をかけている。

 


「そもそもこいつが本当のことを喋っているのかすらも怪しくなってきたわね」


 そういうとナギは腰の鞘から剣を抜き、その切っ先を俺の首筋に当てた。

 ひやりとした金属の冷たさ。もう少し力を入れれば皮が裂けそうだ。

 これは偽物で驚かせようとしただけですって言われても信じられない。

 ゲームオーバー寸前。もうだめかもしれんね。


「もう一度聞くわ。うちの機関室に侵入した目的とその手段はなに?」

「い、いや……だから話した通りで――」

「はあ? まだ白を切るつもりかしら」


 ナギの剣を握る手に力が込められるのがわかる。

 どうしたらいい……。

 いや、もうこのまま押し通すのは無理だ。

 一か八か……いやダメだと分かっていても話すしかない。


 意を決し、俺はこの世界に飛んだ経緯を話すことにした。


「お、俺はこの世界の人間じゃないんだ!」

「……はあ?」


 ナギは言うに事欠いてそれか、と言わんばかりに呆れている。

 もうどうにでもなーれ。


「精霊に言われて来ただけだ!

 異世界体験してみないかって……俺も興味があったから乗った!

 そしたらすぐ気絶させられて……気付いたら牢屋だ!

 機関室に侵入? 違う、俺はそこに飛ばされただけなんだ! 目的も何もなくて、偶然そこに来てしまった……。

 頼む、信じてくれ……」


 自分で言っていて本当に訳の分からない説明だと思った。

 とはいえ既にさっきでっち上げたものでは、目の前の剣が俺の首筋を離れることはもうない。

 ならばこそ荒唐無稽なものだとしてもだ。

 必死さ。

 「こいつは嘘をついていない」か、もしくは「嘘をつくにしてももっとマシな嘘をつけるだろう」と思わせる。

 それでこの場を切り抜ける。

 ……切り抜けられたらいいなあ。



 と半ば人生を諦めていた俺を見て、ナギは一つため息をついて剣を鞘に納めたのだった。

 俺は賭けに勝った。


「……あんたねえ、命は一つしかないんだからもうちょっと大事にした方がいいわ。

 そんなバカみたいな話に命を賭けるなんてどうかしてる」


 俺を見るナギの目は相当呆れているように見えるが、既に殺意はないようだ。

 いやね、俺だってまともな言い訳が思いつければそうする。

 というかあの胡散臭い精霊はどこにいった。

 これだけ命の危険があったのに、全く守る気配ないじゃないか!

 契約違反だろ!

 俺は誰に聞かせる訳でもない悪態を心の中で叫んでいた。


「丸腰で気絶してた時点でそこまで害のある侵入者ではないかもと思っていたけど……ただのバカね」


 ちょっと酷い。

 まあ相手に俺が害を与える存在ではないことが分かってもらえたのは幸運だった。


 ふとナギの顔を見上げれば、顎に手を当て何か考えるように俺の姿をまじまじと眺めていた。


「な、なにか……変か?」

「変ね。あんたの格好、さすがは異世界人って感じ」


 先ほどからバカにされてばっかりのような気がする。ギャグではない。

 今の俺の格好はいつも通りだ。Tシャツに紺のジーパン。どっちも量販店でまとめ買いしているやつだ。

 

「まあその二文字を掲げているのは、なかなかいいセンスしてると思うわよ?」

「えっ、読めるのか、この字」

「バカにしてるの? 『自由』って読むんでしょ、当然よ」


 驚いた。

 言葉が通じるだけではなくて、俺の世界の文字をこちらの世界の人間は読むことができるのか。

 不自由がなくて良いけど、なんだか異世界って感じはしないな。


 ちなみにこの二文字を書いたのは俺だ。

 無地のシャツに後から書き足すのが俺流。

 まあ素人が書き足しているので洗えば落ちるのだが。たまに書き足さないといけないのが玉にきずかな。

 向こうの世界でこの姿を見た人間のほとんどは「ダサい」としか言わない。

 それだけに褒められたのは意外だ。俺のセンスはこの世界なら通用するかもしれんな。


 ナギは踵を返し、背中越しに言った。


「尋問は以上よ。アスカ、客人(・・)を部屋に連れていきなさい」

「はーい、お姉ちゃん。さあ、立ってー」


 アスカは銃を納め、横たわっていた俺を起こす。

 ふと距離が近いことに気付く。いいにおいだ……。

 向こうでは女の子と距離が遠くなって久しいからな。

 思わずにやけそうだ。まあそんな顔見せたら、また剣抜かれかねないと思うし。鉄の心で耐えた。


 しかし「客人」ね。

 尋問で俺の疑いはどうやら晴れたと思ってよいのかな。



 そうして、アスカに連れられ俺は牢屋に帰ってきた。

 牢屋よ、俺は帰って来たぞ!

 うん、そう甘くないって知ってた。知ってたよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ