03「目を覚ますと」
長い間眠っていたと思う。身体がだるくて動かない。
それとも異世界に来るっていうのは、倦怠感を伴うほど身体に負担をかけるのだろうか。
いまだ朦朧としているが、俺は意識を取り戻した。
薄目を開けると、どうやら今自分は横たわっているようだ。地面が近い。
頬から伝わる温度は冷たかった。
今自分が横たわっている地面は土ではなく、鉄のような金属であると気付くのに時間はかからなかった。
段々と開き始めた目に見えたものは、頑丈そうな鉄格子だ。
少し目を逸らすと、同じように金属製の壁が見える。
どうやら今自分がいる場所は牢屋らしい。
……えっ、牢屋?
頭が覚醒し、身体を動かそうとしても動かない。
これは倦怠感とかしばらく寝ていたから身体が覚醒していないからそういうものではない。
拘束されている。
自分の身体に目を向けると、麻縄のようなもので縛りつけられていた。
身体と腕を一周、足首の辺りでまた一周。縄は二本。
まるで芋虫のような状態で、俺は牢屋に横たわっていた。
今いる状況をようやく把握できた俺はたまらず、大声で叫んだ。
「なんじゃこりゃあああああ!?」
はめられた。
俺ははめられた。あのクソ胡散臭い精霊どもに言葉巧みに心の隙を突かれ、そしてはめられた。
何が生命の保障をするだあ?
完全に詰みじゃねえか! 異世界体験開始早々、俺ピンチ!
焦って身体をうねうね動かすが、そんなやわな縛り方じゃない。ただ縄が食い込んで痛いだけだ。
こういうのが好きな性癖の持ち主はもちろんいるだろう、しかし俺は違う。断じて違う。
焦っても仕方がないことを早々に悟り、周りの状況を改めて確認する。
俺の牢屋自体も狭い。三畳くらいだ。
寝る分には申し分ない程度で、生活するには狭すぎるだろう。
あとトイレもない。今は大丈夫だが、もよおしたらどうしよう。
正面は鉄格子で、周りの壁も鉄板だ。
鉄格子の下の方には食事を渡すことに使うのであろう小さな長方形の隙間がある。横30センチ、縦10センチといったところか。
が、俺は軟体動物とかじゃないので、この隙間から脱出は不可能だ。
あまり身体の自由がきかないためしっかりと確認はできないが、どうやらこのフロアはそこまで大きくはないようだ。
俺の入っている牢屋が一つあり、その外は通路だ。
右はすぐ行き止まりで、左の方には扉が見えた。あそこが唯一の出入り口なのだろう。
出入り口までは距離でいうと5メートルとかそれくらいだろうか……あまり長くはない。
推測するに、異世界の牢屋=城の地下というのが俺の概念にはあるが、城の地下ではない。もっと建物の規模は小さい。
あと先ほどから気になってはいたが、飛行機のエンジンのようなごーっという音が聞こえる。
揺れはないが、何か乗り物に乗せられているのだろうか。
だとすれば牢屋があるほど乗り物はかなり大きいことになる。
がちゃり。左方から扉の開く音が聞こえる。
鉄製の床を靴で歩く、かつかつといった音が聞こえる。
たくさんは聞こえないから一人だ。
音の響きも小さいし、男ではなさそうだ。女か子供か……。
どちらにせよ今の俺に何かできることはないが。
鉄格子の前に人が立った。俺は顔を確認するために、横たわったまま顔を上に向けた。女、というかは少女だ。
第一印象は太陽、だった。
金に近い明るい茶髪。
その髪は頂点で結ばれ、アップにされている。
耳の後ろからも髪の束が垂れているところをみると、解くとそれなりの髪の長さの持ち主だろう。
その顔にはにこやかな笑みが浮かんでいる。
人懐こそうな笑顔だ。
俺には兄弟姉妹がいないから分からないが、たぶん高校生になるかならないかくらいの年齢のような気がする。
顔を確認すると、その服装に目がいった。
簡単にいうと露出が多い。
えんじ色のぴちっとした服、というかスポーツをする人間が着るアンダーアーマーみたいなものだろうか。
その上から恐らく革製であろうジャケットを着ている。
手には指先が出ている手袋をしているようだ。
下は同じようにえんじ色のスパッツをはき、その上に短いショートパンツだ。
どちらも丈が短く、へそが見えたり太ももが眩しかったりで目のやり場に困る。
が、俺の目を引き付けたのは腰のベルトだ。
腰のベルトにはホルスターが二つ。その中から拳銃と思しき取っ手が見える。
俺の世界なら銃刀法云々あるだろう。
しかしここは恐らく異世界。本物の拳銃。
……俺はここで死を覚悟していた。
俺が死を覚悟していると、少女はしゃがんで鉄格子の外から俺の顔を覗き込んだ。
「おはよう、泥棒さん。ごめんね、ちょっと縛らせてもらったよ」
……。
えっ、泥棒ですか。どこですか。すぐ警察に電話を……。
なんて冗談を言ったら、鉛玉をぶち込まれて異世界で死を迎えかねない。いやこの子が撃つかどうかは分からないけど。
泥棒は恐らく俺だろう。
異世界に飛んだら、この乗り物のような場所の内部にいて、意識を失っていたところを発見。
怪しいと思った人間が、拘束してこの牢屋に入れた。
推測するにこんな寸法だろう。
「あっ、目が覚めたことをお姉ちゃんに報告しに行かなきゃ、じゃあちょっと待っててねー」
そう言い残すと、少女は小走りで鉄格子の前から扉の外に行ってしまった。
お姉ちゃん……。
というと、彼女には姉妹がいて、彼女は妹な訳か。
この乗り物のような場所には当然他にも人がいるわけだが……何人いるのか。
まあ何人居ても、俺は抵抗できないから無駄なんだけどね。無駄無駄無駄。
そう時間はかからなかった。
先ほどの少女がまた小走りで鉄格子の前にやってきた。後ろからもう一人近づいてくる音がする。
また顔を確認しようと俺が顔を上げた瞬間、前の鉄格子が開いた。
呼ばれた人間は鍵を持ち、この鉄格子を開けたようだが……。
その人間も女だった。先ほどの金茶髪の少女よりは年上だが、こちらも若い。
姉妹だから似ていると思ったが、違う。真逆といってもいい。
第一印象、怖い。
俺を見る目つきが怖い。明らかに侮蔑を込め、今この瞬間殺されてもおかしくない。
髪の色は輝くような金。
後頭部の頭頂に近いあたりで縛り、二本の髪の束が垂れている。要はツインテールだ。
服装も正反対だ。露出は限りなく少ない。
きっちりと着込まれた黒を基調とした軍隊の衣装のような服。肩からはマントをつけている。
両手には手袋をしている。
下もロングパンツとブーツで、全身どこを見ても露出は少ない。
腰から下げているのは恐らく剣が納刀されている鞘だろう。
装飾は少なく質素なつくりだ。
何か余計なことを言えば剣を抜かれ殺されて、ゲームオーバーになるだろう。
俺の直感はそう告げる。
目の前に立つ「お姉ちゃん」と呼ばれる少女は、俺を見下しながら一言だけ言った。
「出なさい、泥棒。尋問をはじめるわ」




