02「異世界体験ツアー」
喋った。
話し合いをしている姿を見ていたから喋るのだろうとは思ったけど、俺でもわかる流暢な日本語だ。
だがこの状況の理解が追いつかず、俺はバカみたいに口を開けたままぽかんとしていた。
夢だ。これは夢だ。
もしくは幻視及び幻聴かもしれない。
ずっと家に居て落ち込んでいたものだから、ちょっと頭もおかしくなったのかもしれない。
コンビニ食ばっかりで栄養も偏っていたし、風邪をひいてしまったのかも。
近いうちに医者に診てもらうか……。
俺がそう自分の中で纏めると再び身体を寝かせた。夢なのだから寝て起きれば覚めるのだ。
その様子を見た赤トカゲは「あれ?」みたいな顔をして首を傾げた。
すまんな、言っていることは理解しているのだが頭が追いついていないんだ。
すると下半身が蛇の姿をした少女が、後ろから赤トカゲの頭に拳骨を落とした。
「サラ! 任せておけっていうから何かと思えば! そんな唐突に言って理解できるわけないでしょうが」
「いってぇな、ディー! このニンゲンが適格者だからすぐ話が纏まると思ってこういう切り口にしたんだよ! わりぃか!」
と、今度は赤トカゲと蛇少女は俺をよそに言い争いをはじめてしまった。
傍で見ていた鳥はおろおろし、モグラはやれやれといった感じで首を左右に振った。
……いつものことなのかもしれない。
赤トカゲと蛇少女が言い争いをやめると、こちらに向き直り赤トカゲが改めて説明をはじめた。
「こほん……僕たちはとある世界の精霊です、僕がサラ、言い争ってたのがディーで、鳥っぽいのがルフ、モグラっぽいのはノノ」
赤トカゲのサラが順を追って紹介をした。
その紹介に合わせて他の精霊たちが頭を下げる。
随分礼儀のしっかりした精霊だ……。
そんなことを呑気に考えていた俺に、サラはぱっと明るい顔を見せた。
「今この世界に絶望している。そんな君に朗報さ!」
「ただいま私たちの世界では異世界体験ツアーを行っています」
「い、今なら、よ、四精霊の加護キャンペーン付き……です」
「……さらに三回の体験延長オプションもつけるんだな」
サラに続いて、ディーは礼儀正しく、ルフはおどおどしながら、ノノは至ってのんびりと俺にその異世界体験ツアーとやらを紹介した。
キャンペーンとかオプションとか通信販売の番組でも見ているみたいな文句だな……。
異世界っていうファンタジーとこのお得感満載の文句がどえらいミスマッチだ。
そのまま続けて四精霊たちは異世界体験ツアーを説明しはじめた。
四体で一気にしゃべったり、他の精霊の言ったことを補足したり違うと否定したりで分かりづらい説明になったが、まとめるとこうだ。
まず俺はたくさんの適格者の中で、最もその世界に適合しているということ。
異世界に飛ばされることに興味関心があり、この世界を面白くないと思っている人間が適格者とされているらしい。
今現在の俺を見れば、確かに。
この世界に失望、というかこの世界から消えてなくなるなら異世界に行くのも悪い話ではない。
次に異世界に飛んだあとはしっかりと生きていけるように、自分たち四精霊がしっかりとサポートするということ。
これは鳥の姿をしたルフが説明した四精霊の加護キャンペーンというものらしい。
どうやら彼らの世界は決してこの世界と比べ安全とは言えず、そのまま飛べば生命の危険もあるらしい。
しかしそこを精霊の加護をもって生命の危険から守る、ということだ。
……ここは正直胡散臭さが尋常じゃない。そもそもこいつらにそんな力があるようには見えない。
そして異世界で過ごす中でいくつかの節目を迎えるらしい。そこで体験をやめるかどうかを選択できる。
モグラのノノが説明した三回の体験延長オプションというやつだ。
節目が訪れるタイミングは短くはないがそこまで長い期間で訪れるものではない、という何とも曖昧な答えだった。
いずれにせよ体験中生命の保障はするが、それでも危ないと思ったら帰還するか否か選択することができるらしい。
また帰還する際、戻ってくるとこの世界では時間は経過していない。つまり異世界体験をはじめた時間に帰ってこれるとのことだ。
ここまでの説明を受け、俺は真剣に考えていた。
最初は何の事だかさっぱりでそもそもこいつらが何者かいまだよくわかっていないし、その上でこいつらの提案に乗るなどさすがにできないと思っていた。
しかし提案だけ見れば魅力的だ。
生命の保障云々のところはかなり怪しいが、それでもこの世界から消えてなくなれるなら、とすら考えていた。
俺は説明を受け、あまり時間をおかずに答えた。
「よし、行こう。その異世界体験とやら受けよう」
「うん、君ならそう言うと思ったよ」
サラは満足げに頷いていた。まあ向こうからすれば会社で契約とってきたようなものだ。仕事を果たしたと思ったのだろう。
我ながら浅慮な行動であったとは思う。
しかしそれほどこの世界に居たくないという思いが十分にあった。
であればこそ、この怪しげな勧誘に乗った。
俺はふと思った疑問を四精霊に尋ねた。
「ところで異世界にはどうやって行くんだ、光とかに包まれるのか?」
「……それは大丈夫なんだな」
ごん。
鈍い音と共に俺の後頭部に激痛が走った。意識が遠くなる。
遠くなる意識の中、いつの間にか後ろに回り込んでいたノノが身体以上のハンマーを担いでいた。
……お前ら仮にも精霊ならそんなアナログな方法とるんじゃねえよ。
悪態をつきながら俺は意識を失った。




